50歳で「一生に一度の恋」に落ちた不倫夫 密会部屋での逢瀬の果てに、思わぬ展開が待っていた

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許されないと知りながら「一生に一度の恋」に落ちてしまう……。恋愛小説の類でしばしば起こる展開だが、現実でもありえない話ではない。
“許されない”の形は様々だろうが、不倫関係というのもそのひとつ。そして世間からのクリーンなイメージが求められる立場の人間であれば、なおのこと“許されない”度合いは強そうだ。
参議院議員の身でありながら、当時妻子のいた元神戸市議の橋本健氏と恋に落ちた今井絵理子氏は、週刊新潮に不倫が報じられた後も関係を解消しなかった。今夏の参院選では今井氏を支える橋本氏の姿が確認されているし、さらには今月中の入籍まで取り沙汰されている。
今井氏は許されざる「一世一代の恋」を成就させたケースになりそうだが、とはいえ、誰もがそううまくいくわけではないはずだ。『不倫の恋で苦しむ男たち』などの著作があり、男女問題を30年近く取材してきたライターの亀山早苗氏が今回取材したのは、結婚とはまた別の方向を目指す、とある男性の「一生に一度の恋」である。これが彼だけの珍しい話ではないことは、レポートのてん末をお読みいただければわかるはずだ。
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【写真】“手つなぎ不倫”ハシケンと街頭演説する今井絵理子氏 人は一生に何度、「本当の恋」をするのだろう。恋をするたび、これが最後の本当の恋だと思う人もいれば、もっといい恋が待っていると思う人もいるかもしれない。「本当の恋」かどうかは自己評価にすぎないし、それでいいのではないだろうか。 大出龍太さん(52歳・仮名=以下同)は結婚して26年。すでに就職した長男、大学生の次男がいる。「50歳直前まではごくごく普通の人生すぎて、特筆すべきところは何もありません」 龍太さんは照れたようにそう言うが、“普通の人生”などどこにもない。あるのは“その人ならではの人生”だ。 彼の人生は「50歳でガラッと変わった」という。ごく普通に生きてきたのに、人生はどこでどうなるかわかりませんねと彼はつぶやいた。 龍太さんは謹厳実直なサラリーマンの父と愛情深い専業主婦の母の長男として、東京に隣接する県に生まれ育った。父の影響で小学生のころから剣道を始めたが、本当は嫌でたまらなかったという。「僕はまったくスポーツもできないし、武道系の志みたいなものも理解できないんですよ。だけど父にやらされたので、しかたなく中学までは続けました。受験勉強が忙しいという理由でやめて、高校時代は天文部。星を見るのが何より好きだった」 そんなロマンティシズムを抱いた少年は、大学を卒業すると、とあるメーカーに就職した。そこで出会ったのが5年先輩の冬美さんだ。「仕事を教わっているうちに、男前の彼女への尊敬が恋心に変わりました(笑)。彼女に引っ張られるようにつきあい、『30歳のうちに結婚したい』と言われて言うなりになったんです。入社して3年で結婚するなんて、神経太いなと周りからは言われましたが」 結婚が早すぎると思ったのは確かだ。彼の両親も、同じような理由で難色を示した。ところがすでに冬美さんは妊娠していたから、彼は逃げることなどできなかった。それも彼女の策略だったことはあとで知った。「避妊していたし、彼女と関係をもったのはほんの数回。でも妊娠したと言われたら信じるしかありません。結婚式のとき、彼女の同期から『やられたね。冬美、避妊具に穴開けたって自慢してたわよ』と聞きました。そんなことをする人なのかと驚きましたが、結婚をやめるわけにもいきません。そうまでして結婚したいと思っていた彼女の心情を考えると、少しせつない思いもありました。彼女は『私があなたを出世させるから』と張り切っていた。どんな結婚生活になるかわからなかったけど、もう後戻りはできなかった」 結婚と同時に彼女は会社を辞めた。出産後、落ち着いたらまた仕事を探すと言う。龍太さんはそのあたりは妻に任せることにした。就職して3年では収入は多くないが、冬美さんの父親が、自身の経営するマンションの一室を無償で貸してくれたので、なんとか生活することができた。妻の秘密を知っても… 冬美さんは妊婦でありながら家事万端、すべてうまく整えてくれた。仕事ができる女性は、家事も手際よくこなしていくのだなと思った記憶があるという。 彼は直属の上司にかわいがってもらい、仕事の幅を広げていった。「その上司がやけに『奥さんは元気か?』と聞くんですよね。嫌な予感がして、妻の同期に聞いたら、やはり冬美はその上司とつきあっていたらしい。上司にとっては、いい厄介払いができたんじゃないですか、僕が結婚したから。それで哀れみもあって引き立ててくれたんじゃないか。そんな気がします」 それでも彼は「運命」には逆らわなかった。冬美さんは、実際、「いい妻」だったから、自分が過去を気にしなければいいんだと彼は覚悟を決めた。 子どもがふたり生まれ、冬美さんは40歳のときに仕事を見つけて働くようになった。帰国子女で英語とスペイン語に堪能だったから、派遣会社に登録すると、貿易関係の仕事がすぐに見つかった。今なら産休や育休を使って、もっといい働き方ができたかもしれない。「それなりの時給でけっこう稼いでいたみたいです。でも、彼女は子どもを最優先させていました。もっとバリバリ働ける人生もあったはずなのにと思ったけど、冬美はいつも『私は今がいちばん幸せ』と言っていた。僕も、冬美が作ってくれる楽しい雰囲気の家庭が好きだった。子どもたちも元気過ぎるくらいで、4人で出かけるのは楽しみでした。妻の過去を思い出すことはなくなっていった」とつぜん恋に落ちて 中学生にもなると、息子たちにはそれぞれの世界ができていく。上の子はサッカーが好きで、下の子は鉄道が大好き。スポーツ好きの冬美さんは長男の試合をよく見に行っていた。次男に教えられて自らも「鉄男」になった龍太さんは、鉄道の写真を撮るために次男とふたり旅をしたこともある。「僕は星好きですから、次男に星のことも伝授したりして。次男はそれがきっかけになったのか、大学で天文学を学んでいるようです」 仲のいい家族だと自分でも思っていた。ところが今から2年ほど前、龍太さんはまるで身体と同じ大きさの落とし穴にはまるように、恋にスポンと落ちてしまった。「恋というものをしたことがなかったんでしょうね、僕は。学生時代、淡い恋をしたことはあるけど、実は妻が初めての女性なんです。結婚後は、女性とは友だち止まり。恋をする実感が乏しかったし、数少ない女友だちとめんどうなことになるのも嫌だったし。結婚しているのに他に女性を作ったら、生活が煩雑になるでしょう。僕はシンプルに生きていたかったんです」 それなのに 恋に落ちた。相手は医師である。仕事帰りの深夜、彼女が運転する車に、彼が接触して転倒したのだ。「そのころ、たまたま仕事が忙しくて寝不足が続いていたんです。その日は仕事が一段落したので、同僚と軽く一杯やった。同僚と別れるまでは大丈夫だったんですが、ひとりになったとたん、ふらふらして。自分でも危ないなと思っているのにコントロールが利かない。ちょうど金曜日で人も多かった。歩道と車道の区別がない道で、僕がふらっとしたのと後ろから車が来たのが同時で、コンとぶつかっただけなのに転倒しちゃったんです」 ケガがないのはわかっていたが、車から降りてきた女性はすぐに車に乗せて病院へと連れて行ってくれた。その病院に勤務する医師だったのだ。「頭は打っていないと言ったのに検査してくれて。頭だけでなくあちこち検査してくれました。『心配だから、今晩だけ入院してください』と言われました。ちょうど疲れていたし、そのままぐっすり眠って。朝起きたら、彼女が枕元にいたんです。一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。ご家族に連絡もしてなかったけど大丈夫ですかと言われて、ようやく事の次第を思い出した」 あわてて妻に連絡をし、説明をして大丈夫だからこのまま退院すると告げた。その日は仕事を休むことにし、その医師から警察に届けたことなどを聞かされた。「さらにいくつか検査をし、あれこれ説明してくれたあと、彼女は『山本佳耶子といいます』と名乗りました。僕も名乗って名刺を渡した。とにかく大丈夫だから、今日は帰りますと言うと、彼女が『お腹すいてません?』と。そういえばもう昼近くなっている。『私は今日、外来が入っていないので、ぜひランチでも』って。とっても感じのいい女性だったんですよ。もう少し話していたい、この人のそばにいたいと思った」 佳耶子さんの言葉に甘えてランチをともにした。加害者と被害者がランチをとっているって変ですねと佳耶子さんは言い、彼は「そうですね」と笑った。そして「ダブル不倫」へ… 幸い、彼はごく軽い打撲が脚にあっただけで、他はなんともない。倒れた衝撃すら感じなかったのだから、車に当たっていないのではないかとさえ思っていたという。「初対面の女性とランチをとるなんて、僕の人生にはほとんどあり得なかった。しかもとても透明な感じの素敵な女性だし。医師であることなんて忘れて、僕は彼女に見とれていました。あまりに見つめてしまったので『何かついてます?』と言われて。いや、きれいなので見とれましたと素直に言ったら笑われました」 龍太さんは当時を思い出したのか、うれしそうだ。 1週間くらいしたらまた診察に来てほしいと言われて行った。何も問題ありませんと言ったら、彼女は心底ほっとしたようだった。彼は「親切にされたお礼がしたい。食事にでもいきませんか」と思い切って言ってみた。佳耶子さんは「いいですよ」と気軽に答えた。「あとでふたりで振り返って、『どうしてあんなにスムーズに恋が始まったんだろうね』と話すことがあります。ふたりとも結婚していて、しかも浮気などしたこともなくて、まじめに仕事をしてきた。なのに僕も彼女も、あの事故が終わってしまうのを阻止したいかのようだった。僕の身体に問題がないと結論づけたらもう会えなくなると、彼女は不安を覚えていたそうです。だから食事でもと言われてうれしかった、と。僕は食事を断られたら、心配だからまた診察してくださいと言うつもりだった」 お互いに「このまま離れたくない」と思っていたのだろう。何度か食事に行き、お互いのこれまでを尋ね合い、聴きあった。4歳年下の佳耶子さんは両親も医師で、夫は研究者。高校生になったばかりの娘は、遠方で寮生活を送っているという。お互いの背景がわかっても、もっともっと相手のことを知りたかった。そして知れば知るほど、欲望を隠しきれなくなっていった。 ある日、暗黙の了解のようにホテルに行った。そうしなければ自分がどうにかなりそうだったと龍太さんは言う。そして佳耶子さんも同じ思いを抱いていた。「アパートを借りる」 ただその後、コロナ禍となり、佳耶子さんは多忙を極めた。佳耶子さんが勤務する病院では新型コロナに罹患した患者を診てはいなかったのだが、それでも他から回ってくる別の病気の患者でロビーがあふれていたという。「僕も出社したり在宅になったりを繰り返していました。思ったように仕事が進まない時期もあった。それでも佳耶子とは連絡を密に取り合っていました。彼女のいない人生だけは考えられなくなっていた」 昨年の春ごろのことだ。佳耶子さんが「アパートを借りる」と言い出した。「勤務先が遠いのでと言っていたけど、彼女は僕と会える場所を作ろうとしたんだと僕にはわかった。だから僕も家賃を払うと言ったんです。そうしたら『いいの。安いところだから』って。行ってみたら、広めのワンルームでしたが、セキュリティもちゃんとしているマンションでした。決して安い家賃ではないはず。彼女は僕に抱きついてきて、『一緒にいられればいいの。それだけ』と。うれしかった。ここがふたりの愛の城なんだなと」 部屋で使うものをふたりでネットを見ながら購入した。ベッドやテーブル、キッチンで使うものなどを一緒に選ぶのは楽しかった。彼女は彼に鍵を渡した。「ふたりだけの秘密。彼女はそう言いました。ここに来る日は連絡をとりあうこと、でも私は週末、ほとんどここにいると思うと言うんです。『うちの夫、実はほとんど帰ってこないの。研究室に泊まることもよくあって』と。寂しそうでしたね。僕もなるべく週末は来るよと思わず言ったけど、実際にどうやって妻に嘘をつこうかと考えてしまいました」妻とは絶対に別れない 次の金曜の夜、彼は「今日は会社に泊まりかも」と妻に言った。もとは妻の勤め先でもあったから、泊まりの仕事などほとんどあり得ないことはわかっているはずだった。それでも妻は「そんなことあるの?」といいながら疑っていないようだった。「自分でも気分が浮き立って、周りから見たらおかしいと思うだろうと感じていたのに、実際には妻も同僚たちも、誰も気づかない。もちろん、気づかれたら困るんだけど、オレはこんな素敵な女性と関係をもっているんだぞと知らせてやりたいような気持ちもあった。恋すると分別がなくなりますね」 ふたりだけの秘密。佳耶子さんの言葉を思い返しては自分を律した。ふたりは密に連絡をとりあい、会えない日々が続くと平日の夜、その部屋へ行くこともあった。会いたい思いが募ると仕事が手につかなくなるが、会えるとホッとし、一緒に過ごすと、身も心もとろけるように安らいだ。「先のことなど考えていません。彼女は高齢の両親が夫を頼りにしているところがあり、夫も両親を大事に思ってくれているから離婚は考えられないと言う。うちも長男はもう独立して家を離れたけど次男はまだいるし、妻に非はないので自分から離婚を言い出すつもりはありません。でも佳耶子とは絶対に別れないつもりです。ただ、ともに時間を過ごせればいいんです。会えないと胸が痛くてたまらない」妻もまた… ところが今年になって、龍太さんは平日昼間、偶然、ホテル街を歩いている妻をタクシーの車内から見かけた。赤信号で車が止まったとき、すぐ脇のホテル街を妻と男がこちらに向かって歩いていたのだ。彼はあわてて目をそらし、再度、見直して確認した。 相手は異動する前の自分の上司であり、独身時代の妻の上司でもあった男性だった。ふたりは腕を絡めてベタつきながら歩いていた。上司は定年間際のはずだ。ふたりはいつの間にか、復活していたのか。「妻は独身時代の恋を引きずっていたんでしょうか。なんとも言えない気持ちでしたね。どう言ったらいいんだろう。ショックというのとは少し違う、複雑な感じ。ただ、少し時間がたつと、妻もまた、恋をしているならそれでいいんじゃないかとも思えてきました。僕が唯一の恋を全うしたいと思っているのと同じように、妻にも元上司との恋が唯一無二かもしれない。僕が泊まりだと言ったとき追求してこなかったのは、自分も追求されるとまずいからでしょう。狐とタヌキみたいな夫婦だなと笑いがこみ上げてもきました」 こうなると老後の生活はどうなるかわからないなと、龍太さんは感じている。家庭生活は続けながら、それぞれ恋をしている人と過ごす時間をもつのもいいかもしれない。冬美さんにも「秘密」がある。似たもの夫婦ということなんでしょうかねと、龍太さんは少しだけ虚ろな笑いを浮かべた。 *** およそ2年前から始まったという、龍太さんの「一生に一度の恋」。弁護士相談プラットフォームを運営する株式会社カケコムが実施した2020年のアンケート調査では、不倫関係の70%が3年以内に終わっているというから、あと1年が龍太さんと佳耶子さんにとっての山場ということになる。 不倫を続けつつも、龍太さんは自ら家庭を壊すつもりはなく、佳耶子さんとの結婚も考えてはいない。関係を割り切っていると見えなくもない。妻が上司と関係をもっていたこと、そしてそれが継続中だと知れば怒ってもよさそうだが、そうもしない。ここからも彼の性格や人間性が窺える。 一方の佳耶子さんはどうか。 業務上の必要にかられてというのを口実に、密会のためのマンションまで借りだした。龍太さんと比べると、すこしのめり込みすぎているような印象を受ける。片方が距離感を誤り不倫関係が終わったケースは、過去の亀山氏の記事でもたびたび取り上げてきた。 もし、龍太さんの「一生に一度の恋」が終わってしまえば、残るのは上司と不倫を続ける妻との暮らしである。どうなるか分からないという「老後の生活」の可能性として、想定しているのだろうか。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
人は一生に何度、「本当の恋」をするのだろう。恋をするたび、これが最後の本当の恋だと思う人もいれば、もっといい恋が待っていると思う人もいるかもしれない。「本当の恋」かどうかは自己評価にすぎないし、それでいいのではないだろうか。
大出龍太さん(52歳・仮名=以下同)は結婚して26年。すでに就職した長男、大学生の次男がいる。
「50歳直前まではごくごく普通の人生すぎて、特筆すべきところは何もありません」
龍太さんは照れたようにそう言うが、“普通の人生”などどこにもない。あるのは“その人ならではの人生”だ。
彼の人生は「50歳でガラッと変わった」という。ごく普通に生きてきたのに、人生はどこでどうなるかわかりませんねと彼はつぶやいた。
龍太さんは謹厳実直なサラリーマンの父と愛情深い専業主婦の母の長男として、東京に隣接する県に生まれ育った。父の影響で小学生のころから剣道を始めたが、本当は嫌でたまらなかったという。
「僕はまったくスポーツもできないし、武道系の志みたいなものも理解できないんですよ。だけど父にやらされたので、しかたなく中学までは続けました。受験勉強が忙しいという理由でやめて、高校時代は天文部。星を見るのが何より好きだった」
そんなロマンティシズムを抱いた少年は、大学を卒業すると、とあるメーカーに就職した。そこで出会ったのが5年先輩の冬美さんだ。
「仕事を教わっているうちに、男前の彼女への尊敬が恋心に変わりました(笑)。彼女に引っ張られるようにつきあい、『30歳のうちに結婚したい』と言われて言うなりになったんです。入社して3年で結婚するなんて、神経太いなと周りからは言われましたが」
結婚が早すぎると思ったのは確かだ。彼の両親も、同じような理由で難色を示した。ところがすでに冬美さんは妊娠していたから、彼は逃げることなどできなかった。それも彼女の策略だったことはあとで知った。
「避妊していたし、彼女と関係をもったのはほんの数回。でも妊娠したと言われたら信じるしかありません。結婚式のとき、彼女の同期から『やられたね。冬美、避妊具に穴開けたって自慢してたわよ』と聞きました。そんなことをする人なのかと驚きましたが、結婚をやめるわけにもいきません。そうまでして結婚したいと思っていた彼女の心情を考えると、少しせつない思いもありました。彼女は『私があなたを出世させるから』と張り切っていた。どんな結婚生活になるかわからなかったけど、もう後戻りはできなかった」
結婚と同時に彼女は会社を辞めた。出産後、落ち着いたらまた仕事を探すと言う。龍太さんはそのあたりは妻に任せることにした。就職して3年では収入は多くないが、冬美さんの父親が、自身の経営するマンションの一室を無償で貸してくれたので、なんとか生活することができた。
冬美さんは妊婦でありながら家事万端、すべてうまく整えてくれた。仕事ができる女性は、家事も手際よくこなしていくのだなと思った記憶があるという。
彼は直属の上司にかわいがってもらい、仕事の幅を広げていった。
「その上司がやけに『奥さんは元気か?』と聞くんですよね。嫌な予感がして、妻の同期に聞いたら、やはり冬美はその上司とつきあっていたらしい。上司にとっては、いい厄介払いができたんじゃないですか、僕が結婚したから。それで哀れみもあって引き立ててくれたんじゃないか。そんな気がします」
それでも彼は「運命」には逆らわなかった。冬美さんは、実際、「いい妻」だったから、自分が過去を気にしなければいいんだと彼は覚悟を決めた。
子どもがふたり生まれ、冬美さんは40歳のときに仕事を見つけて働くようになった。帰国子女で英語とスペイン語に堪能だったから、派遣会社に登録すると、貿易関係の仕事がすぐに見つかった。今なら産休や育休を使って、もっといい働き方ができたかもしれない。
「それなりの時給でけっこう稼いでいたみたいです。でも、彼女は子どもを最優先させていました。もっとバリバリ働ける人生もあったはずなのにと思ったけど、冬美はいつも『私は今がいちばん幸せ』と言っていた。僕も、冬美が作ってくれる楽しい雰囲気の家庭が好きだった。子どもたちも元気過ぎるくらいで、4人で出かけるのは楽しみでした。妻の過去を思い出すことはなくなっていった」
中学生にもなると、息子たちにはそれぞれの世界ができていく。上の子はサッカーが好きで、下の子は鉄道が大好き。スポーツ好きの冬美さんは長男の試合をよく見に行っていた。次男に教えられて自らも「鉄男」になった龍太さんは、鉄道の写真を撮るために次男とふたり旅をしたこともある。
「僕は星好きですから、次男に星のことも伝授したりして。次男はそれがきっかけになったのか、大学で天文学を学んでいるようです」
仲のいい家族だと自分でも思っていた。ところが今から2年ほど前、龍太さんはまるで身体と同じ大きさの落とし穴にはまるように、恋にスポンと落ちてしまった。
「恋というものをしたことがなかったんでしょうね、僕は。学生時代、淡い恋をしたことはあるけど、実は妻が初めての女性なんです。結婚後は、女性とは友だち止まり。恋をする実感が乏しかったし、数少ない女友だちとめんどうなことになるのも嫌だったし。結婚しているのに他に女性を作ったら、生活が煩雑になるでしょう。僕はシンプルに生きていたかったんです」
それなのに 恋に落ちた。相手は医師である。仕事帰りの深夜、彼女が運転する車に、彼が接触して転倒したのだ。
「そのころ、たまたま仕事が忙しくて寝不足が続いていたんです。その日は仕事が一段落したので、同僚と軽く一杯やった。同僚と別れるまでは大丈夫だったんですが、ひとりになったとたん、ふらふらして。自分でも危ないなと思っているのにコントロールが利かない。ちょうど金曜日で人も多かった。歩道と車道の区別がない道で、僕がふらっとしたのと後ろから車が来たのが同時で、コンとぶつかっただけなのに転倒しちゃったんです」
ケガがないのはわかっていたが、車から降りてきた女性はすぐに車に乗せて病院へと連れて行ってくれた。その病院に勤務する医師だったのだ。
「頭は打っていないと言ったのに検査してくれて。頭だけでなくあちこち検査してくれました。『心配だから、今晩だけ入院してください』と言われました。ちょうど疲れていたし、そのままぐっすり眠って。朝起きたら、彼女が枕元にいたんです。一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。ご家族に連絡もしてなかったけど大丈夫ですかと言われて、ようやく事の次第を思い出した」
あわてて妻に連絡をし、説明をして大丈夫だからこのまま退院すると告げた。その日は仕事を休むことにし、その医師から警察に届けたことなどを聞かされた。
「さらにいくつか検査をし、あれこれ説明してくれたあと、彼女は『山本佳耶子といいます』と名乗りました。僕も名乗って名刺を渡した。とにかく大丈夫だから、今日は帰りますと言うと、彼女が『お腹すいてません?』と。そういえばもう昼近くなっている。『私は今日、外来が入っていないので、ぜひランチでも』って。とっても感じのいい女性だったんですよ。もう少し話していたい、この人のそばにいたいと思った」
佳耶子さんの言葉に甘えてランチをともにした。加害者と被害者がランチをとっているって変ですねと佳耶子さんは言い、彼は「そうですね」と笑った。
幸い、彼はごく軽い打撲が脚にあっただけで、他はなんともない。倒れた衝撃すら感じなかったのだから、車に当たっていないのではないかとさえ思っていたという。
「初対面の女性とランチをとるなんて、僕の人生にはほとんどあり得なかった。しかもとても透明な感じの素敵な女性だし。医師であることなんて忘れて、僕は彼女に見とれていました。あまりに見つめてしまったので『何かついてます?』と言われて。いや、きれいなので見とれましたと素直に言ったら笑われました」
龍太さんは当時を思い出したのか、うれしそうだ。
1週間くらいしたらまた診察に来てほしいと言われて行った。何も問題ありませんと言ったら、彼女は心底ほっとしたようだった。彼は「親切にされたお礼がしたい。食事にでもいきませんか」と思い切って言ってみた。佳耶子さんは「いいですよ」と気軽に答えた。
「あとでふたりで振り返って、『どうしてあんなにスムーズに恋が始まったんだろうね』と話すことがあります。ふたりとも結婚していて、しかも浮気などしたこともなくて、まじめに仕事をしてきた。なのに僕も彼女も、あの事故が終わってしまうのを阻止したいかのようだった。僕の身体に問題がないと結論づけたらもう会えなくなると、彼女は不安を覚えていたそうです。だから食事でもと言われてうれしかった、と。僕は食事を断られたら、心配だからまた診察してくださいと言うつもりだった」
お互いに「このまま離れたくない」と思っていたのだろう。何度か食事に行き、お互いのこれまでを尋ね合い、聴きあった。4歳年下の佳耶子さんは両親も医師で、夫は研究者。高校生になったばかりの娘は、遠方で寮生活を送っているという。お互いの背景がわかっても、もっともっと相手のことを知りたかった。そして知れば知るほど、欲望を隠しきれなくなっていった。
ある日、暗黙の了解のようにホテルに行った。そうしなければ自分がどうにかなりそうだったと龍太さんは言う。そして佳耶子さんも同じ思いを抱いていた。
ただその後、コロナ禍となり、佳耶子さんは多忙を極めた。佳耶子さんが勤務する病院では新型コロナに罹患した患者を診てはいなかったのだが、それでも他から回ってくる別の病気の患者でロビーがあふれていたという。
「僕も出社したり在宅になったりを繰り返していました。思ったように仕事が進まない時期もあった。それでも佳耶子とは連絡を密に取り合っていました。彼女のいない人生だけは考えられなくなっていた」
昨年の春ごろのことだ。佳耶子さんが「アパートを借りる」と言い出した。
「勤務先が遠いのでと言っていたけど、彼女は僕と会える場所を作ろうとしたんだと僕にはわかった。だから僕も家賃を払うと言ったんです。そうしたら『いいの。安いところだから』って。行ってみたら、広めのワンルームでしたが、セキュリティもちゃんとしているマンションでした。決して安い家賃ではないはず。彼女は僕に抱きついてきて、『一緒にいられればいいの。それだけ』と。うれしかった。ここがふたりの愛の城なんだなと」
部屋で使うものをふたりでネットを見ながら購入した。ベッドやテーブル、キッチンで使うものなどを一緒に選ぶのは楽しかった。彼女は彼に鍵を渡した。
「ふたりだけの秘密。彼女はそう言いました。ここに来る日は連絡をとりあうこと、でも私は週末、ほとんどここにいると思うと言うんです。『うちの夫、実はほとんど帰ってこないの。研究室に泊まることもよくあって』と。寂しそうでしたね。僕もなるべく週末は来るよと思わず言ったけど、実際にどうやって妻に嘘をつこうかと考えてしまいました」
次の金曜の夜、彼は「今日は会社に泊まりかも」と妻に言った。もとは妻の勤め先でもあったから、泊まりの仕事などほとんどあり得ないことはわかっているはずだった。それでも妻は「そんなことあるの?」といいながら疑っていないようだった。
「自分でも気分が浮き立って、周りから見たらおかしいと思うだろうと感じていたのに、実際には妻も同僚たちも、誰も気づかない。もちろん、気づかれたら困るんだけど、オレはこんな素敵な女性と関係をもっているんだぞと知らせてやりたいような気持ちもあった。恋すると分別がなくなりますね」
ふたりだけの秘密。佳耶子さんの言葉を思い返しては自分を律した。ふたりは密に連絡をとりあい、会えない日々が続くと平日の夜、その部屋へ行くこともあった。会いたい思いが募ると仕事が手につかなくなるが、会えるとホッとし、一緒に過ごすと、身も心もとろけるように安らいだ。
「先のことなど考えていません。彼女は高齢の両親が夫を頼りにしているところがあり、夫も両親を大事に思ってくれているから離婚は考えられないと言う。うちも長男はもう独立して家を離れたけど次男はまだいるし、妻に非はないので自分から離婚を言い出すつもりはありません。でも佳耶子とは絶対に別れないつもりです。ただ、ともに時間を過ごせればいいんです。会えないと胸が痛くてたまらない」
ところが今年になって、龍太さんは平日昼間、偶然、ホテル街を歩いている妻をタクシーの車内から見かけた。赤信号で車が止まったとき、すぐ脇のホテル街を妻と男がこちらに向かって歩いていたのだ。彼はあわてて目をそらし、再度、見直して確認した。
相手は異動する前の自分の上司であり、独身時代の妻の上司でもあった男性だった。ふたりは腕を絡めてベタつきながら歩いていた。上司は定年間際のはずだ。ふたりはいつの間にか、復活していたのか。
「妻は独身時代の恋を引きずっていたんでしょうか。なんとも言えない気持ちでしたね。どう言ったらいいんだろう。ショックというのとは少し違う、複雑な感じ。ただ、少し時間がたつと、妻もまた、恋をしているならそれでいいんじゃないかとも思えてきました。僕が唯一の恋を全うしたいと思っているのと同じように、妻にも元上司との恋が唯一無二かもしれない。僕が泊まりだと言ったとき追求してこなかったのは、自分も追求されるとまずいからでしょう。狐とタヌキみたいな夫婦だなと笑いがこみ上げてもきました」
こうなると老後の生活はどうなるかわからないなと、龍太さんは感じている。家庭生活は続けながら、それぞれ恋をしている人と過ごす時間をもつのもいいかもしれない。冬美さんにも「秘密」がある。似たもの夫婦ということなんでしょうかねと、龍太さんは少しだけ虚ろな笑いを浮かべた。
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およそ2年前から始まったという、龍太さんの「一生に一度の恋」。弁護士相談プラットフォームを運営する株式会社カケコムが実施した2020年のアンケート調査では、不倫関係の70%が3年以内に終わっているというから、あと1年が龍太さんと佳耶子さんにとっての山場ということになる。
不倫を続けつつも、龍太さんは自ら家庭を壊すつもりはなく、佳耶子さんとの結婚も考えてはいない。関係を割り切っていると見えなくもない。妻が上司と関係をもっていたこと、そしてそれが継続中だと知れば怒ってもよさそうだが、そうもしない。ここからも彼の性格や人間性が窺える。
一方の佳耶子さんはどうか。
業務上の必要にかられてというのを口実に、密会のためのマンションまで借りだした。龍太さんと比べると、すこしのめり込みすぎているような印象を受ける。片方が距離感を誤り不倫関係が終わったケースは、過去の亀山氏の記事でもたびたび取り上げてきた。
もし、龍太さんの「一生に一度の恋」が終わってしまえば、残るのは上司と不倫を続ける妻との暮らしである。どうなるか分からないという「老後の生活」の可能性として、想定しているのだろうか。
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部

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