雨の中、びしょ濡れの男児は、近所の男性に「妹は皮がむけている」と訴えた──。これが全ての始まりだった。神奈川県警は1月11日、当時3歳の長女に熱湯を浴びせて大やけどを負わせたとして、傷害の疑いで橋本佳歩容疑者(25)を逮捕した。だが事件は4年前に発生し、裁判で有罪判決も下った。一体、何があったのか。
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【写真をみる】「橋本容疑者」と「新しい彼」のツーショット 凄惨なネグレクトとは対照的だ 異例の展開を、多くの報道機関が一斉に報じた。例えば、テレ朝newsは11日、「4年前の長女大やけど放置事件で母親逮捕 熱湯かけたか」の記事を配信し、YAHOO!ニュースに転載された。担当記者が言う。
「2019年9月、橋本容疑者には、大やけどを負った長女を放置したとして、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が下されました。ところが、同じ事件であるにもかかわらず、神奈川県警は今回新たに傷害容疑で逮捕したのです。分かりにくい事件ですが、原点から時系列で追っていくと経緯が理解しやすいと思います」橋本佳歩容疑者 事件が明らかになったのは19年3月4日のことだった。当時、橋本容疑者は5歳の長男、3歳の長女の3人家族で、1歳年下の自称運転手の男性と同棲していた。 この日の夕方、雨の中をパジャマ姿で外に出た長男が、近所の男性に助けを求めた。「長男は雨なのに傘も差さず、びしょ濡れだったそうです。そして近所の男性に『お母さんがいない』、『お母さんに会いたい』と必死に訴えました。すぐに男性は異常な状況を把握しました。さらに長男が『妹がいる』とも打ち明けたので、妹についても訊きました。すると長男は『皮がむけている』と答えたというのです」(同・記者)治療よりパチスロ 男性は長男と共に、橋本容疑者ら4人が暮らすアパートに向かい、部屋の中に入ろうとした。ところが、長男が渋ったという。 そこで男性は警察に連絡を取った。駆け付けた署員が部屋の中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。「長女は背中から腰にかけて食品用のラップが巻かれ、布団に横たえられていたのです。意識がもうろうとしていたといいますが、大やけどを負いながら何の治療も受けさせてもらえなかったのですから当然でしょう」(同・記者) 後に開かれた公判で、どれほど重傷のやけどだったか検察が明らかにしている。それによると、《真皮に達する「2度」のやけどが全身の8・5%、皮下組織まで達する「3度」のやけどが14%》だったという(註1)。 これほどの大やけどとなると、複数回の皮膚移植が必要だ。しかも、治療も受けさせてもらえず放置されていたため、ブドウ球菌敗血症を発症していた。そのままの状態が続いていれば、死亡していたのは間違いない。「長女が大やけどを負ったのは3月1日と見られています。同居していた男性が『病院に連れて行ったほうがいい』と提案し、橋本容疑者も必要性は認識していたことが、警察や検察の捜査で分かっています。しかし、彼女はパチンコ店に行きたいという気持ちが抑えきれず、加えて治療費の負担が嫌になり、インターネットで治療法を検索しました」(同・記者)草加市の注意喚起 ネットで調べた治療法に従い、橋本容疑者は長女の身体にワセリンを塗り、脱脂綿を貼るなどした後、上半身をラップでくるんだ。「形ばかりの治療が終わると、橋本容疑者は男性と共に外出、パチンコ店でパチスロに興じたのです。長女を放置したまま3月4日までパチンコ店に通い続けました。もし長男が近所の男性に助けを求めなければ、ずっと長女を放置していたでしょう」(同・記者) 署員が部屋に踏み込み長女を保護した時も、橋本容疑者と同居男性はパチスロに興じていた。帰宅したのは午後9時だったという。「神奈川県警は、橋本容疑者と同居男性を保護責任者遺棄の容疑で逮捕しました。2人は容疑を認め、長女と長男を放置してパチンコ店に通っていたことも供述しました。あまりにひどい犯行内容に、報道各社は全国ニュースとして報じました。特に民放キー局は、夕方のニュースなどは主婦層が視聴することもあり、力を入れたのです」(同・記者) 事件の前年にあたる18年5月、橋本容疑者は2人の子供と共に埼玉県草加市から横浜市鶴見区に転居した。「草加市は橋本容疑者に特別な注意を払っていたようです。彼女が転居した際、横浜市に『子供を連れて転々としている。見守ってほしい』と要請していたことも分かっています(註2)」(同・記者)職員との面談を拒否 鶴見区に転居した橋本容疑者は子供2人と共に暮らしていたようだが、程なくして同区内に住む男性のアパートに移った。こうして4人での生活が始まった。「橋本容疑者が鶴見区に住むようになってから半年後の18年11月、彼女の母親が横浜市の児童相談所に『娘の育児に心配がある』と相談していました。橋本容疑者が子供を怒鳴ったり叩いたりしているという内容です。職員が橋本容疑者と同居男性に面談すると、橋本容疑者は『長女のおむつが取れず、イライラしてお尻を叩くことがある』と説明しました」(同・記者) ところが、年が明けた19年1月から長男が保育園に来なくなった。そこで同30日に鶴見区の職員が同居男性の部屋を訪問した。「長男と長女が元気なことは確認できましたが、同居男性が橋本容疑者は体調を崩して送り迎えができないと説明、職員を追い返してしまいました。その後も職員は電話で連絡を取ろうとしましたが、2人と話すことはできませんでした」(同・記者) 当初、横浜市の担当者は毎日新聞の取材に対し「一時保護の緊急性はないと判断した。こういう事態になり残念だが、対応自体に問題はない」と回答していた(註3)。 だが当時の林文子・横浜市長(76)は定例会見で、「市の対応は十分ではなかった」と釈明した。執行猶予の理由 19年3月25日、横浜地検は保護責任者遺棄罪で橋本容疑者と同居男性を起訴した。「起訴内容は神奈川県警の逮捕容疑と同じでした。ここで重要なのは、彼女は『誤ってシャワーで熱湯をかけた』と供述していると報道各社が報じたことです。故意に熱湯をかければ傷害罪が成立しますが、そうではないというわけです」(同・記者) 5月23日、横浜地裁で初公判が開かれた。橋本容疑者と同居男性は、共に起訴事実を認めた。「初公判で検察は『子供2人でシャワーを浴びさせたら長女がやけどをしていた』という橋本容疑者の供述調書を読み上げました。一方、7月に開かれた第2回公判の橋本容疑者に対する被告人質問では、『長女が一人で入浴中、水の出る蛇口を止めてしまい、お湯だけ出る状態になっていた』と説明したのです」(同・記者) 供述調書の内容と被告人質問での回答が食い違った。だが、記憶違いは誰にでもあるとは言える。「結局、橋本容疑者の説明に矛盾があることは、裁判の大きな争点にはなりませんでした。あくまでも保護責任者遺棄罪の裁判であり、故意にシャワーを浴びせたかどうかは重要ではなかったからです。9月に判決が出て、2人には執行猶予が付きました。裁判官は判決理由について、『2人が別れて就業や自立を目指すとしている』、『事実を認め、事件当時の生活態度や育児姿勢についての内省を深めた』と説明しました」(同・記者)異例の逮捕 判決が下り、少なくとも刑事司法のシステムでは一区切りがついたはずだった。ところが今回、傷害容疑で橋本容疑者だけを改めて逮捕するという異例の展開になった。朝日新聞は「神奈川県警は判決後も捜査を続けていた」と報じている(註4)。「朝日新聞は、長女のやけどの程度が背中からお尻までと範囲が広く、おまけに重傷だったことから、神奈川県警は継続的な捜査を続けてきたと伝えました。県警は複数の専門医から聞き取りを行うなどして、『橋本容疑者が長女に対し、故意に大やけどを負わせた』と判断、逮捕に踏み切ったのです」(同・記者) 今回の逮捕時に神奈川県警が発表した橋本容疑者の住所は、横浜市鶴見区でもなければ、埼玉県草加市でもなかった。同じ埼玉県の川口市で、職業は「飲食店従業員」だった。 橋本容疑者は「やっていません」と容疑を否認しているという。註1:やけど3歳放置 認める 母親と同居男 初公判で(読売新聞神奈川県版:2019年5月14日)註2:大やけど3歳 「誤って熱湯シャワー」 放置容疑 母と男 パチンコ(読売新聞朝刊:同年3月6日)註3:保護責任者遺棄:長女に虐待疑い、親族が児相相談 母親ら逮捕 横浜(毎日新聞朝刊:同年3月6日)註4:傷害容疑で逮捕 娘のやけど放置し有罪の母 神奈川(朝日新聞夕刊:1月11日)デイリー新潮編集部
異例の展開を、多くの報道機関が一斉に報じた。例えば、テレ朝newsは11日、「4年前の長女大やけど放置事件で母親逮捕 熱湯かけたか」の記事を配信し、YAHOO!ニュースに転載された。担当記者が言う。
「2019年9月、橋本容疑者には、大やけどを負った長女を放置したとして、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が下されました。ところが、同じ事件であるにもかかわらず、神奈川県警は今回新たに傷害容疑で逮捕したのです。分かりにくい事件ですが、原点から時系列で追っていくと経緯が理解しやすいと思います」
事件が明らかになったのは19年3月4日のことだった。当時、橋本容疑者は5歳の長男、3歳の長女の3人家族で、1歳年下の自称運転手の男性と同棲していた。
この日の夕方、雨の中をパジャマ姿で外に出た長男が、近所の男性に助けを求めた。
「長男は雨なのに傘も差さず、びしょ濡れだったそうです。そして近所の男性に『お母さんがいない』、『お母さんに会いたい』と必死に訴えました。すぐに男性は異常な状況を把握しました。さらに長男が『妹がいる』とも打ち明けたので、妹についても訊きました。すると長男は『皮がむけている』と答えたというのです」(同・記者)
男性は長男と共に、橋本容疑者ら4人が暮らすアパートに向かい、部屋の中に入ろうとした。ところが、長男が渋ったという。
そこで男性は警察に連絡を取った。駆け付けた署員が部屋の中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
「長女は背中から腰にかけて食品用のラップが巻かれ、布団に横たえられていたのです。意識がもうろうとしていたといいますが、大やけどを負いながら何の治療も受けさせてもらえなかったのですから当然でしょう」(同・記者)
後に開かれた公判で、どれほど重傷のやけどだったか検察が明らかにしている。それによると、《真皮に達する「2度」のやけどが全身の8・5%、皮下組織まで達する「3度」のやけどが14%》だったという(註1)。
これほどの大やけどとなると、複数回の皮膚移植が必要だ。しかも、治療も受けさせてもらえず放置されていたため、ブドウ球菌敗血症を発症していた。そのままの状態が続いていれば、死亡していたのは間違いない。
「長女が大やけどを負ったのは3月1日と見られています。同居していた男性が『病院に連れて行ったほうがいい』と提案し、橋本容疑者も必要性は認識していたことが、警察や検察の捜査で分かっています。しかし、彼女はパチンコ店に行きたいという気持ちが抑えきれず、加えて治療費の負担が嫌になり、インターネットで治療法を検索しました」(同・記者)
ネットで調べた治療法に従い、橋本容疑者は長女の身体にワセリンを塗り、脱脂綿を貼るなどした後、上半身をラップでくるんだ。
「形ばかりの治療が終わると、橋本容疑者は男性と共に外出、パチンコ店でパチスロに興じたのです。長女を放置したまま3月4日までパチンコ店に通い続けました。もし長男が近所の男性に助けを求めなければ、ずっと長女を放置していたでしょう」(同・記者)
署員が部屋に踏み込み長女を保護した時も、橋本容疑者と同居男性はパチスロに興じていた。帰宅したのは午後9時だったという。
「神奈川県警は、橋本容疑者と同居男性を保護責任者遺棄の容疑で逮捕しました。2人は容疑を認め、長女と長男を放置してパチンコ店に通っていたことも供述しました。あまりにひどい犯行内容に、報道各社は全国ニュースとして報じました。特に民放キー局は、夕方のニュースなどは主婦層が視聴することもあり、力を入れたのです」(同・記者)
事件の前年にあたる18年5月、橋本容疑者は2人の子供と共に埼玉県草加市から横浜市鶴見区に転居した。
「草加市は橋本容疑者に特別な注意を払っていたようです。彼女が転居した際、横浜市に『子供を連れて転々としている。見守ってほしい』と要請していたことも分かっています(註2)」(同・記者)
鶴見区に転居した橋本容疑者は子供2人と共に暮らしていたようだが、程なくして同区内に住む男性のアパートに移った。こうして4人での生活が始まった。
「橋本容疑者が鶴見区に住むようになってから半年後の18年11月、彼女の母親が横浜市の児童相談所に『娘の育児に心配がある』と相談していました。橋本容疑者が子供を怒鳴ったり叩いたりしているという内容です。職員が橋本容疑者と同居男性に面談すると、橋本容疑者は『長女のおむつが取れず、イライラしてお尻を叩くことがある』と説明しました」(同・記者)
ところが、年が明けた19年1月から長男が保育園に来なくなった。そこで同30日に鶴見区の職員が同居男性の部屋を訪問した。
「長男と長女が元気なことは確認できましたが、同居男性が橋本容疑者は体調を崩して送り迎えができないと説明、職員を追い返してしまいました。その後も職員は電話で連絡を取ろうとしましたが、2人と話すことはできませんでした」(同・記者)
当初、横浜市の担当者は毎日新聞の取材に対し「一時保護の緊急性はないと判断した。こういう事態になり残念だが、対応自体に問題はない」と回答していた(註3)。
だが当時の林文子・横浜市長(76)は定例会見で、「市の対応は十分ではなかった」と釈明した。
19年3月25日、横浜地検は保護責任者遺棄罪で橋本容疑者と同居男性を起訴した。
「起訴内容は神奈川県警の逮捕容疑と同じでした。ここで重要なのは、彼女は『誤ってシャワーで熱湯をかけた』と供述していると報道各社が報じたことです。故意に熱湯をかければ傷害罪が成立しますが、そうではないというわけです」(同・記者)
5月23日、横浜地裁で初公判が開かれた。橋本容疑者と同居男性は、共に起訴事実を認めた。
「初公判で検察は『子供2人でシャワーを浴びさせたら長女がやけどをしていた』という橋本容疑者の供述調書を読み上げました。一方、7月に開かれた第2回公判の橋本容疑者に対する被告人質問では、『長女が一人で入浴中、水の出る蛇口を止めてしまい、お湯だけ出る状態になっていた』と説明したのです」(同・記者)
供述調書の内容と被告人質問での回答が食い違った。だが、記憶違いは誰にでもあるとは言える。
「結局、橋本容疑者の説明に矛盾があることは、裁判の大きな争点にはなりませんでした。あくまでも保護責任者遺棄罪の裁判であり、故意にシャワーを浴びせたかどうかは重要ではなかったからです。9月に判決が出て、2人には執行猶予が付きました。裁判官は判決理由について、『2人が別れて就業や自立を目指すとしている』、『事実を認め、事件当時の生活態度や育児姿勢についての内省を深めた』と説明しました」(同・記者)
判決が下り、少なくとも刑事司法のシステムでは一区切りがついたはずだった。ところが今回、傷害容疑で橋本容疑者だけを改めて逮捕するという異例の展開になった。朝日新聞は「神奈川県警は判決後も捜査を続けていた」と報じている(註4)。
「朝日新聞は、長女のやけどの程度が背中からお尻までと範囲が広く、おまけに重傷だったことから、神奈川県警は継続的な捜査を続けてきたと伝えました。県警は複数の専門医から聞き取りを行うなどして、『橋本容疑者が長女に対し、故意に大やけどを負わせた』と判断、逮捕に踏み切ったのです」(同・記者)
今回の逮捕時に神奈川県警が発表した橋本容疑者の住所は、横浜市鶴見区でもなければ、埼玉県草加市でもなかった。同じ埼玉県の川口市で、職業は「飲食店従業員」だった。
橋本容疑者は「やっていません」と容疑を否認しているという。
註1:やけど3歳放置 認める 母親と同居男 初公判で(読売新聞神奈川県版:2019年5月14日)
註2:大やけど3歳 「誤って熱湯シャワー」 放置容疑 母と男 パチンコ(読売新聞朝刊:同年3月6日)
註3:保護責任者遺棄:長女に虐待疑い、親族が児相相談 母親ら逮捕 横浜(毎日新聞朝刊:同年3月6日)
註4:傷害容疑で逮捕 娘のやけど放置し有罪の母 神奈川(朝日新聞夕刊:1月11日)
デイリー新潮編集部