熱海土石流の責任追及は新段階へ 遺族ら「責任のたらい回し」

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静岡県熱海市伊豆山地区を襲った大規模土石流の発生から、3日で1年半となる。災害関連死を含めて27人が死亡し、高齢女性1人の行方が依然わかっていない。土石流の原因とされる盛り土の崩落現場では、崩れずに残った土砂の強制撤去に県が乗り出した。一方で、犠牲者遺族たちは不適切な盛り土造成を十分に規制しなかったなどとして、県と市にも損害賠償を求めて提訴し、土石流発生の責任追及は新たな段階に入った。【深野麟之介】
賠償訴訟、地裁支部初弁論 県と市、法的落ち度否定 土石流は2021年7月3日午前10時半ごろ発生した。建物被害は計136棟に上った。一部の地域で災害対策基本法に基づく警戒区域の指定が続き、22年11月末時点で99世帯187人が市内外の公営住宅と民間賃貸住宅に仮住まいを余儀なくされている。残った土砂の撤去完了などを踏まえ、熱海市は今年夏ごろに警戒区域を解除する方針。 盛り土は、起点の土地の前所有者にあたる神奈川県小田原市の不動産管理会社・新幹線ビルディング(清算、天野二三男元代表取締役)が07年、熱海市に造成計画を届け出た。市が受理した約3・6万立方メートルの搬入量に対し、盛り土は土石流発生前に7万立方メートルに達し、このうち約5・5万立方メートルが崩れたと県は推計している。 残る土砂が大雨で再び崩れる恐れがあるとして、県は22年8月、天野氏側に撤去を求める措置命令を出し、10月には行政代執行による撤去に踏み切った。工事は今年3月ごろに完了する見込み。県は代執行にかかる約14億円を天野氏側に全額請求する構えだが、天野氏側は命令の取り消しを求めて提訴しており、費用の回収は難航が予想される。 遺族や被災者でつくる「被害者の会」は22年9月、県と市に約64億円の損害賠償を求めて静岡地裁沼津支部に提訴した。被害者の会が先に起こした土地の前・現所有者らに対する損賠訴訟と審理を併合することを沼津支部は決定。瀬下雄史会長(55)は「当事者間で責任のたらい回しが行われている。併合されることで新たな真実が浮かび上がるだろう」と強調した。 前・現所有者については、県警も業務上過失致死などの疑いで捜査している。一歩踏み出す手助けを 土石流で住み慣れた熱海市伊豆山地区を追われた人たちの支援に取り組むのが「伊豆山ささえ逢(あ)いセンター」だ。社会福祉士や看護師の資格を持つ6人の生活相談員が、時間とともに移り変わる被災者たちの悩みや不安に耳を傾けている。発生直後は災害ボランティアの取りまとめに当たった、センター長の原盛輝(なるあき)さん(50)は「被災者一人一人に寄り添い、何でも話せる信頼関係をつくることが重要」と強調する。 センターは被災から3カ月後の2021年10月、市社会福祉協議会を中心に発足した。22年11月末時点で、市内外で仮住まいを続ける被災者など計127世帯をサポートしている。生活環境が大きく変わったストレスは重い。飲酒量が増えたり、感情の起伏が激しくなったりする被災者もいる。 相談員が聞き取った困りごとやニーズなどは、必要に応じて市の関係部署に伝えるほか、市が進める伊豆山の復興計画にも生かされる。避難生活が1年以上に及ぶなか、「本当に伊豆山に戻れるのか」「土石流は再発しないのか」といった相談が最近増えたという。 慣れ親しんだ地域に戻れない被災者の孤独感と喪失感――。孤立させないこともセンターの大切な役割だ。「離れ離れになってできてしまった被災者間の溝が少しでも埋まってほしい」と原さん。22年7月から、被災者がふれ合いを取り戻す場として地元の農協を開放し、健康体操や旬の野菜の即売などのイベントを月に2回ほど続けている。 「被災者が一歩を踏み出す手助けがしたい」。こう語る原さんは熱海市内で生まれ、伊豆山で小学校から高校までの12年間を過ごした。26歳で市社会福祉協議会に就職。父親が消防士だった縁で、消防団で活動している。 21年7月3日朝。消防団員がやり取りする無料通信アプリ「LINE(ライン)」のグループに、大量の黒い泥が住宅地に流れ込む様子をとらえた写真が送られてきた。「とにかく向かわなければ」。市中心部の自宅から車で伊豆山地区へ向かった。先着していた消防団員と合流すると、住民たちに避難を呼びかけ続けた。その間も地響きがやまず、土石流が家屋をのみ込み押し流していく光景に、言葉を失った。 その2日後に災害ボランティアセンターができると、原さんは被災地に集まってきた約300人のボランティアを指揮した。7月下旬からはNPOと協力して、避難生活を送る人たちと向き合い、被災状況や将来の希望居住地などの聞き取りにも携わってきた。 更地となった伊豆山地区を前にすると、原さんは子どもの頃に友達とみかんの実をもいだり、地区を流れる逢初(あいぞめ)川に葉を浮かべて遊んだりした思い出がよみがえり、寂しくなる。市は今夏には警戒区域の指定を解除し、住宅再建を本格化させたい構えだ。「活気あふれる地域に生まれ変わってほしい。そのためにも一人の被災者も取り残さず支援していく」。原さんは表情を引き締めた。
土石流は2021年7月3日午前10時半ごろ発生した。建物被害は計136棟に上った。一部の地域で災害対策基本法に基づく警戒区域の指定が続き、22年11月末時点で99世帯187人が市内外の公営住宅と民間賃貸住宅に仮住まいを余儀なくされている。残った土砂の撤去完了などを踏まえ、熱海市は今年夏ごろに警戒区域を解除する方針。
盛り土は、起点の土地の前所有者にあたる神奈川県小田原市の不動産管理会社・新幹線ビルディング(清算、天野二三男元代表取締役)が07年、熱海市に造成計画を届け出た。市が受理した約3・6万立方メートルの搬入量に対し、盛り土は土石流発生前に7万立方メートルに達し、このうち約5・5万立方メートルが崩れたと県は推計している。
残る土砂が大雨で再び崩れる恐れがあるとして、県は22年8月、天野氏側に撤去を求める措置命令を出し、10月には行政代執行による撤去に踏み切った。工事は今年3月ごろに完了する見込み。県は代執行にかかる約14億円を天野氏側に全額請求する構えだが、天野氏側は命令の取り消しを求めて提訴しており、費用の回収は難航が予想される。
遺族や被災者でつくる「被害者の会」は22年9月、県と市に約64億円の損害賠償を求めて静岡地裁沼津支部に提訴した。被害者の会が先に起こした土地の前・現所有者らに対する損賠訴訟と審理を併合することを沼津支部は決定。瀬下雄史会長(55)は「当事者間で責任のたらい回しが行われている。併合されることで新たな真実が浮かび上がるだろう」と強調した。
前・現所有者については、県警も業務上過失致死などの疑いで捜査している。
一歩踏み出す手助けを
土石流で住み慣れた熱海市伊豆山地区を追われた人たちの支援に取り組むのが「伊豆山ささえ逢(あ)いセンター」だ。社会福祉士や看護師の資格を持つ6人の生活相談員が、時間とともに移り変わる被災者たちの悩みや不安に耳を傾けている。発生直後は災害ボランティアの取りまとめに当たった、センター長の原盛輝(なるあき)さん(50)は「被災者一人一人に寄り添い、何でも話せる信頼関係をつくることが重要」と強調する。
センターは被災から3カ月後の2021年10月、市社会福祉協議会を中心に発足した。22年11月末時点で、市内外で仮住まいを続ける被災者など計127世帯をサポートしている。生活環境が大きく変わったストレスは重い。飲酒量が増えたり、感情の起伏が激しくなったりする被災者もいる。
相談員が聞き取った困りごとやニーズなどは、必要に応じて市の関係部署に伝えるほか、市が進める伊豆山の復興計画にも生かされる。避難生活が1年以上に及ぶなか、「本当に伊豆山に戻れるのか」「土石流は再発しないのか」といった相談が最近増えたという。
慣れ親しんだ地域に戻れない被災者の孤独感と喪失感――。孤立させないこともセンターの大切な役割だ。「離れ離れになってできてしまった被災者間の溝が少しでも埋まってほしい」と原さん。22年7月から、被災者がふれ合いを取り戻す場として地元の農協を開放し、健康体操や旬の野菜の即売などのイベントを月に2回ほど続けている。
「被災者が一歩を踏み出す手助けがしたい」。こう語る原さんは熱海市内で生まれ、伊豆山で小学校から高校までの12年間を過ごした。26歳で市社会福祉協議会に就職。父親が消防士だった縁で、消防団で活動している。
21年7月3日朝。消防団員がやり取りする無料通信アプリ「LINE(ライン)」のグループに、大量の黒い泥が住宅地に流れ込む様子をとらえた写真が送られてきた。「とにかく向かわなければ」。市中心部の自宅から車で伊豆山地区へ向かった。先着していた消防団員と合流すると、住民たちに避難を呼びかけ続けた。その間も地響きがやまず、土石流が家屋をのみ込み押し流していく光景に、言葉を失った。
その2日後に災害ボランティアセンターができると、原さんは被災地に集まってきた約300人のボランティアを指揮した。7月下旬からはNPOと協力して、避難生活を送る人たちと向き合い、被災状況や将来の希望居住地などの聞き取りにも携わってきた。
更地となった伊豆山地区を前にすると、原さんは子どもの頃に友達とみかんの実をもいだり、地区を流れる逢初(あいぞめ)川に葉を浮かべて遊んだりした思い出がよみがえり、寂しくなる。市は今夏には警戒区域の指定を解除し、住宅再建を本格化させたい構えだ。「活気あふれる地域に生まれ変わってほしい。そのためにも一人の被災者も取り残さず支援していく」。原さんは表情を引き締めた。

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