親が保育園を選ぶ基準の第1位は「立地」。通う児童の成長を左右する保育園の実践とは

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少子化にあって、保護者の保育園を選ぶ目は肥えてきた。だが、熊本には、通う児童の保護者に「園とかかわっていたいからもう一人産みました」と言わしめて、少子化の根本を変えてしまう、元気な保育園がある。その秘訣とはいったいなにか。
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【写真】“少子化に打ち勝った保育園”の子どもたち 他園の子と比べて「圧倒的な身体能力や芸術表現を示す」という
親が保育園を選ぶ基準の第1位は、多くの調査で自宅や職場に近いなどの「立地」となっている。
保育園は、教育を目的とした幼稚園とは異なり、働く親の生活支援を目的とした厚生労働省管轄の福祉施設だ。負担軽減のため、親が立地を重視するのは自然のことだ。
しかし、どの園に入るかの選択次第で子どもの成長が驚くほど異なるのを、どこまで多くの人が理解しているだろうか。
0歳児から5歳児は、まさに人間形成の基盤を作る時期である。ゆえに、園が提供する保育の質の良し悪しが大きな影響力を持つ。
熊本に、やまなみこども園という保育園がある。ここの保育は全国的にも非常に高く評価され、保育士を目指す学生の教科書『子どもとつくる3歳児保育』(塩崎美穂著、ひとなる書房)で紹介されている実践の大半がこの園で行われているものとなっているし、しばしば研究論文の題材にもなってきた。
驚くことに、この園は保育の質の高さに加え、それに魅了された保護者が予定以上に子どもを産むことで知られている。「園と長くかかわっていたいから、もう一人作りました」と言って、4人、5人、あるいはそれ以上の子どもを産み育てることも珍しくないのだ。
若い世代が子育てを嫌厭し、少子化に歯止めが掛からない今、なぜこの園では真逆のことが起きているのか。
私はあしかけ3年にわたって取材し、園の保育と親が子だくさんになる秘訣を、ノンフィクション『少子化に打ち勝った保育園─熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡─』(新潮社)にまとめた。
一部、やまなみこども園の実践を紹介したい。
やまなみこども園は、熊本市東区の住宅街にあり、保護者も公務員など平均的な年収の家庭が多い。定員は130人で、建物の大きさも、遊具もごく普通だ。
だが、いざ秋の運動会や春の発表会が開催されれば、全国から保育関係者のみならず、議員や研究者までもが視察に訪れる。その様子が保育研究の雑誌に掲載されることも少なくない。
関係者の注目をここまで集めるのは、園児たちが他園の子どもと比べて圧倒的な身体能力や芸術表現を示すからだ。そのレベルの高さは、大人が見ていても圧倒されるほどだ。
ただし、この園はスポーツや芸術表現に特化した保育をしているわけではない。行われているのは、どこにでもある遊戯やリズムといった基本的な保育を大切にした上で、日常の一つひとつの出来事の刺激を増やすことだ。
元保護者で、自身も別の保育園の園長を務める女性は次のように話す。
「私が保護者や保育士としてやまなみこども園を見ていて感じる特徴は、日常の中に犒絨磴い了彪穃稔瓩つまっていることです。
普通の園なら、お散歩ならお散歩へ行くことが目的になります。子どもも湖畔の歩道を雑談して歩いて終わりです。しかし、やまなみの場合は、先生方がお散歩の途中に生えている木、空に浮かぶ雲、民家から漂う昼食の香りにまで何かしらの特別な意味やドラマを持たせるんです」
たとえば、園の近くにある下江津湖には、小さな無人島がある。一般的な園では、散歩中に島を指さして「どんな生き物がいるんだろうね」と話して終わりだろう。
しかし、やまなみこども園は違う。こうした日常の風景を冒険へと仕立て上げるのだ。
ある園の先生は、ふと思いついて、森に家を持つ自分の祖母に頼んで「森の不思議なおばあさん」を演じてもらうことにした。子どもたちは先生とそこへ行き、彼女から「宝の地図」をもらう。その宝の地図には、下江津湖に浮かぶ島に海賊の財宝が隠されているとある。
園に帰った子どもたちはみんなで相談し、勇気を出して島へ冒険に行くことを決める。悪い海賊を退治し、宝を奪い取ることを自分たちで決めるのだ。
そして、子どもたちは大人に手伝ってもらいながら、巨大ないかだを作り上げ、武器を手にして島へと渡る。
すると、そこには海賊に扮した大人たちが待っている。子どもたちは海賊と様々な決闘をし、最後はお菓子のたくさん入った宝箱を手にして、意気揚々と園に帰って行く――。
このような日常を超越した刺激的な遊びが、子どもの五感を震わせ、夢中にさせることは想像に難くない。
やまなみこども園流の保育は狠妓‥青空保育瓩箸盡討个譟△海梁召砲眛々の保育の中にこのような子どもたちの心を揺さぶる体験が散りばめられているのだ。
創設者の山並道枝は言う。
「うちの先生たちは、子どもが園にいる間に一生分の冒険をさせようと話しています。人の気持ちを考える、人と話し合って何かを決める、勇気や道徳や正義感を持つ……こうしたことは日常の中より、冒険の中でこそ何倍も磨き上げられるのです」
冒険は子どもにとって自分の限界を乗り越える体験だ。それが子どもを大きく成長させるのは必然だろう。
おそらく一般的な園では、「リスク管理」や「近隣への迷惑防止」を考えてこの種の遊びを控えるはずだ。 やまなみこども園では、なぜそれが可能なのか。
園にかかわる全員が、子どもの成長を第一に考えているからだ。園と保護者が、リスクを乗り越えた先に子どもの成長があることを信じており、地域住民までもがしっかりと共通意識を持って応援してくれる。開園以来、取り組んできたのはそうした環境を作ることなのだ。
長年にわたってこの園の実践を研究してきた東洋英和女学院大学の塩崎美穂教授は次のように話す。
「あえて園としての型を作らずに、公的な保育の限界を越えたところで子どもの可能性を追求するところに、この園の実践はあると思っています。
大半の園が公的な保育の活動に留まり、定番の保育に終始しますが、やまなみこども園は毎回違うことに挑戦するばかりでなく、世間一般的には『アウトでしょ』と思えるようなことにまで踏み込んで取り組みます。木の上に秘密基地を作りたいといえば作らせるし、川に飛び込みたいといえば先生が率先して飛び込む。
なぜかといえば、これによって想定外の体験が生み出されるからです。子どもにとって遊びは予測不可能なものでなければなりません。どんなに想像しても思いつかないような何かが起こる。その何かからの学びこそが、子どもたちを一回りも二回りも成長させるのです」
これからの時代に必要とされるのは、誰もやっていなかったことに取り組み、これまでにない道を切り開いていく力だ。
その力を育むのに必要なのは、多少のリスクがあっても冒険を体験させることだ。みんなで宝の地図を見つけ出し、海賊と戦うことを決め、手製のいかだで湖を渡り、無人島で死闘をひろげるからこそ、想像力、勇気、共感力、友情などを大きく成長させることができる。
こうした全員で行う冒険は「子どもの発達障害を消す」として別の視点からも注目を集めている。
発達特性は誰もが持つものであり、それが日常生活に問題を生じさせる場合に障害とされる。
生まれつき人の発達に差があるならば、工作なり、運動なり、園児が一斉に同じことをやれば、できる子とできない子の差が出るのは当然だ。
しかし、やまなみこども園の保育は違う。あらゆることを全員で背伸びをしながら探求することを掲げている。それゆえ、子どもたちはみんなで成功を勝ち取るために、友達の特性を理解し、できないことがあればフォローし、時には歩調を緩め、手を取り合ってゴールを目指す。
こういう環境があるので、できない子の存在が目立たなくなる。また、できないことでも、周りに支えられて背伸びしてやっているうちにできるようになる。
塩崎教授は言う。
「やまなみこども園では、発達特性がほとんど見られないというのは研究者の私が見ていても実感することです。
もちろん、発達障害の子は一定数いるので入園してくるんですよ。でも、やまなみこども園では、発達特性の強い子であっても、早ければ数日でそれが見えなくなるばかりか、子どもによってはできなかったことができるようになるんです。先生方が特別な取り組みをしているというより、園の環境がそういう現象を生んでいると私は捉えています」
ある女性の精神科医は、やまなみこども園には「多様性を幸福なものとする文化」があると考え、感銘を受けた。彼女はその文化を守りたいという一心で、長年にわたって私的に寄付をつづけている。
やまなみこども園の実践は多岐にわたるので、すべてを紹介することは難しい。
ここで何が行われており、それが子どものどのような能力を発達させ、そして全国からたくさんの人が視察に来るようになるのかについては、『少子化に打ち勝った保育園』を参考にしていただきたい。
最後に一つ強調しておきたいのは、この園を支えてきたのが、保護者の信頼と善意と希望だという点だ。
やまなみこども園は、開園以来、地域の事情や制度事情によって認可保育園の指定を受けられず、有料の認可外保育園として経営してきた。少子化が進む中、どれだけ保育の質に定評があっても、補助金がないため、閉園を余儀なくされる認可外保育園は多い。
だが、やまなみこども園は、熊本で半世紀もの間生き残ってきた。それは親たちが、ここには、他の園では代用できない良質な保育があると確信しているからだ。ゆえに、彼らはバザーや物販で園の運営を支え、「ずっと園とかかわっていたいから」との思いで予定以上の子どもを産み育てている。
今の日本には、保育園を名乗りながら子どもの成長を二の次にしているところも一定数ある。補助金をもらうため、行政や親に気に入られることを優先し、子どもを置き去りにしているのだ。
だが、やまなみこども園のように、子どもの発達を第一に考え、極めて良質な保育を提供しているところもある。そこに子どもを入れた親が、子育てに幸せを感じ、「もう一人」と子どもを産み育てていく光景には感動すら覚える。
子育てに悩んでいる人にこそ、やまなみこども園から学ぶことはたくさんあるはずだ。
石井光太(いしい こうた)1977年、東京生まれ。2021年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』など。『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。『ルポ スマホ育児が子供を壊す』(新潮社)はロングセラーとなっている。
デイリー新潮編集部

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