《女子高校生コンクリ事件》「トイレで倒れて死んでいた」準主犯格Bの“妄想に取り憑かれた日々”から変死まで

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

1989年に発生した「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。史上最悪と言われる少年犯罪の準主犯格Bは、刑期を終えて社会復帰を果たしたかに見えた。だが、彼を待ち受けていたのは更なる転落だった。25年にわたり事件を取材し続け、1月に『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(文藝春秋)を上梓した北海道放送報道部デスクの山裕侍氏が明かす、Bのその後の人生と衝撃の結末。(全2回の1回目/続きを読む)
【動画を見る】《女子高生コンクリ事件》「トイレで倒れて死んでいた」準主犯格Bの“妄想に取り憑かれた日々”から変死まで
(初出:「文藝春秋PLUS」2026年1月26日配信)
準主犯格Bは、事件においてAの指示を受けながら他の加害者たちを統率する役割を担っていた。Aがいない時には中心となって仲間たちを動かし、被害者に対して激しい暴力を振るった人物だ。
山氏によれば、Bの人物像は非常に複雑だった。「Bは小さい頃に父親が愛人を作って家を出てしまい、主に母親が育てました」
母親はダブルワークで家計を支え、子育てに十分な時間を割けなかった。そのため、Bには愛してほしいという気持ちを持ちながらも応えてもらえないという複雑な心情があったという。一方で、強い父親像への憧憬も抱いており、一時期は父親と愛人の家で暮らしたこともあった。だが、そこでも折り合いがつかず、結局は母親の元へ戻ることになる。
1999年に出所したBは、当初は真面目に働いていた。事件を担当した弁護士がコンピューター関係の仕事を用意してくれたのだ。「一年間、無遅刻無欠勤で真面目に働いていましたが、仕事がどうしても合わないということで」、Bは自ら派遣の仕事に移った。
しかし、ここで転機が訪れる。職場で自分の過去の事件のことを周りが知っていて噂しているとBは思い込むようになったのだ。山氏が当時の職場や派遣会社に取材したところ、そのような事実は一切なかったという。
山裕侍氏
実は、Bは刑務所にいた時から拘禁反応という症状が出ていた。
「人間は狭い場所に長期間閉じ込められると、精神的な疾患が出ることがあります。彼の場合は妄想という形で現れました」
遠く離れた房の人間が自分を襲おうとしているなど、超常現象的なことを面会に来た弁護士に訴えていたという。
だが、刑務所ではその治療が行われないまま、Bは満期で出所した。病識もないまま社会に出たBの妄想は、より強固になっていった可能性があると山氏は指摘する。
さらにBは、給料の未払いトラブルを母親に相談したところ、母親が紹介した人物が暴力団組員だった。
「そこで暴力団と接点を持ち、仕事にも行かなくなって、ずるずると暴力団の世界に入り込んでいきました。そこから彼の転落が始まったのです」
2004年、Bは逮捕監禁致傷容疑で再び逮捕される。山氏が再犯について尋ねると、Bは辻褄の合わないことを主張した。好きな女性を誰かが取ろうとしている、再犯事件の被害者は暴力団の準構成員だ、といった内容だ。
「彼の犯行に至る動機は、非常に独特な世界観に基づいているというか、理屈に合わないことにまっすぐ突き進んでいるような印象を受けました」
山氏は、Bが精神的な歪みや妄想に支配されていたのではないかと見ている。
2024年7月、山氏は突然の電話を受けた。Bの義理の兄からだった。
「『ちなみにBは死にました』と突然一言告げられたのです」
当時まだ50代前半。同い年の山氏にとって、それは衝撃的な知らせだった。続けて義兄が口にした言葉は、さらに衝撃的だった。

「トイレで倒れて死んでいました」
山氏はその後の取材で、Bの死の詳細を確認していく。Bは吐いたもので喉を詰まらせ、窒息死していた。変死扱いだった。
「ある種の業(ごう)のようなものを感じました。彼が犯した罪の大きさに、彼自身が押しつぶされるように命を落としたのではないか」
本来であれば、仕事をして税金を納め、被害者遺族への賠償金を貯め、贖罪の日々を送るべきだった。だが、Bはそれとは真逆の生活を送り、トイレで孤独に死んでいった。
「彼が犯した罪の大きさと、彼を更生に導く社会の支援が非常に乏しかったことの裏返しでもあると感じています。彼の死は、この事件そのものを象徴しているようにも思えるのです」
〈《史上最悪の少年犯罪》「女子高校生コンクリ事件」加害者たちの“その後の人生”を分けた、「決定的な違い」とは〉へ続く
(「文春オンライン」編集部)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。