ここ最近、女子小学生を中心に“シールブーム”が再燃し、人気キャラクターが描かれた“ぷっくりシール”が高額で転売されるなど社会現象となっている。SNSでのコレクション共有だけでなく、友達同士でのシール交換といった楽しみも人気を支えており、デジタル社会においてアナログ体験の癒やしが改めて注目されているようだ。【川本大吾/時事通信社水産部長】
【写真を見る】スーパーの鮮魚売り場でおなじみの“魚シール”から、こんなアート作品が出来上がるとは驚くばかり
こうしたシールブームも影響したのだろうか、いま、「魚のシール」が問題を提起して話題となっている。スーパーの売り場に並ぶ魚パックに貼られた、あのシールである。 過熱するシールブームとは対照的に、若者を中心に「魚離れ」が言われて久しい。実際、「魚よりも肉」という消費傾向はますます顕著になっていて、消費を高めるために水産関係業者は地道な努力を重ねている。大半の消費者が水産物を購入するスーパーの店頭では、魚パックを買い物かごに入れてもらうため、日々、様々な“シール”が考案、作成されているのだ。 そもそも魚パックを手に取ると、魚名に加えて商品名や価格、内容量、消費期限などが記載されたシールが目に入る。が、それだけではない。購入意欲を高めるために多種多様な情報を盛り込んだシールがパックの上部にも貼られている。 「天然」や「朝獲れ」「刺身用」などPRポイントがひと目で分かることもあって、いまや、魚の購買意欲を高めるのになくてはならない存在になっている。「フライパン調理 焼いておいしいバジルソテー」「海の幸が味の決め手 汁物や鍋物に最適」などと書かれていれば、今晩のおかずに頭を悩ませる消費者としてもありがたい。
魚そのものを見るのはもちろんだが、カラフルあるいは高級感があるシールに目を留めて、その宣伝文句に背中を押されて購入した経験は誰しもあるのではないか。街の小さな鮮魚店が減り続け、魚の購入先の多くがスーパーになったいま、魚シールはますます広く使用されているのだ。
関東の中堅スーパーの幹部は、「コストの関係で店員の人数を最小限に抑えているため、お客さんのアイキャッチを狙って魚のシールは年々増えている。あるとないのとでは売れ行きは大違い」と説明する。
鮮魚売り場の魚パックを見ると、魚の名前や食べ方、旬などを解説するシールのほか、「楽しくおうちでホームパーティー!」「おうちで魚を食べよう!」「海の恵み おいしさ際立つ天然のうま味」「お薦め 専門店ならではのこだわり海の幸」など、具体的な商品の説明ではないアピール表示もある。
一方、効果抜群の魚シールが大量に使用されることで、新たな問題も浮上している。
魚シールのバリエーションが増え続けるなか、「スーパーの水産担当者が代わるタイミングでシールの文言や文字の大きさ、色やデザインが差し替えられることも多く、そのたびに古いシールが不要になってしまう」と水産関係者は指摘する。
そうした現状に頭を悩ませているのが、横浜市の食品卸会社「横浜食品サービス」の瀬戸清社長だ。同社では年間約60万枚、およそ100万円分、重量にして約300キロのシールを廃棄処分している。これは決して同社だけの問題ではない。
北海道産の魚介生産に携わる食品会社の社長は、「スーパーや百貨店からシールの大きさや、栄養成分表示の有無、あるいは産地表示で、詳しい地名ではなく、広く『北海道産』に変更したい、といった依頼があるたびにシールを作り直さなければならず、もったいないと思うことが多い」と打ち明ける。
シールを廃棄するには当然費用が必要となるため、横浜食品サービスの瀬戸社長は数年前から「廃棄シールを切り絵か何かに活用できないか」と考えていた。そして、同社のブランディングに産学連携で携わっていた、横浜市立大の国際商学部でマーケティングなどを専攻する「柴田典子ゼミ」の柴田教授や学生らに協力を求めた。
両者の間で協議が重ねられ、同社の社会的責任(CSR)という観点から、「SDGsもったいないシールを救え!おさかなアート大作戦」と銘打った取り組みを展開。昨年秋から学生らの働きかけにより、市内の学童保育所で「魚のシールアート」をテーマにした活動を続けている。
子供たちは、マグロやエビなどの魚介をかたどった台紙に、楽しみながら廃棄シールをちぎって貼り付け、塗り絵のように色付けしていく。柴田教授は、「子供たちはシールそのものが好きなようで、細かくちぎりながら好きな色を好きな場所に貼って楽しんでいる。糊が必要ないのも便利で、シールアートをきっかけに魚に興味を持つようになった子供も多い」と話す。
同社が横浜南部市場内で運営する和食レストラン「横濱屋本舗食堂」の壁には、子供たちが作ったシールアートの作品集が飾られているほか、同社や水産庁のHPには、活動内容などが掲載されている。
昨年11月下旬には、水産庁などが主催するイベントで、日比谷公園内のブースを借りて、魚のシールアートのワークショップを開催。1時間半の間、利用席はほぼ満席となるなど好評だったといい、今後もSNSなどで活動状況を周知していくことにしている。
活動を進める学生は、「今後も多くの子供たちに魚のシールアートを楽しんでもらうことで、大量廃棄の現状を広く周知させていきたい。同時に無駄を防ぐことで、その分、パックに少しでも多く魚を入れてもらえるようになればうれしい」と話している。
魚パックのシールの廃棄問題は、供給サイドが商品をもっと売れるようにと努力する中で発生するロスだ。とはいえ、その処理経費が魚価高につながっている可能性もある。魚のシールアートが広がりを見せる一方、シールによるPR競争が沈静化するくらい消費者の魚消費が高まれば、この問題も少し解決に向かうのかもしれない。
川本大吾(かわもと・だいご)時事通信社水産部長。1967年、東京生まれ。専修大学を卒業後、91年に時事通信社に入社。長年にわたって、水産部で旧築地市場、豊洲市場の取引を取材し続けている。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)。『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文藝春秋)。最新刊に『国産の魚はどこへ消えたか?』(講談社+α新書)がある。
デイリー新潮編集部