「記憶喪失のモヒカン男性」が名前を「田中一」に決めた日…警察、役所、病院をたらい回しの「絶望」

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テレビ番組をきっかけに世間の話題をさらい、その後ぱったりと姿を消した「モヒカン男性」。独占取材で、「目覚めから現在」までを追った。
前編記事『「記憶喪失のモヒカン男性」田中一さんが明かす…目覚めると「現金58万円」だけが手元に、「極限の不安」に駆られた日々』より続く。
カウンターの隣の客から「どこから来たの?」と声をかけられ、「山のほうからです」と答えると、怪訝な顔をされた。記憶がまったくないこと、親切な人に駅まで送ってもらったことを話すと、別の席にいた人たちも「ホントかよ」と会話に加わってきた。話を聞いてくれる人がいることが嬉しかった。
「名前、年齢、住所を聞かれ、すべてにわからないと答えるしかありませんでした。でもそれによって、自分が失くした記憶がどのようなものか理解できました。
お客さんのなかに親切な方がいて、『使ってないから』と、スマホをプレゼントしてくれました。松江市で旅行者用のSIMカードが買えることや、インターネットの使い方も時間をかけて丁寧に教えてくれた。『これで情報収集できるよ』と。大恩人です」
客の一人から「田中っぽい顔」と言われたので苗字は田中。「一」は恩人の名前から一文字もらった。
翌日、出雲市駅から松江に移動し、SIMカードのほか、キャンプ用品も購入した。
「警察に相談することも勧められましたが、2週間ほど野宿をして、何も思い出せなかったら警察に行くことにしました。正直に言うと、自分が何か犯罪をして逃げているのではないかという恐怖心があったんです。その晩、野宿して目が覚めると小分けにしていた現金15万円が盗まれている事件もあり、ショックでした。
松江市内や出雲市駅は人が多く落ち着かなかったので、出雲坂根駅近くの橋の下にテントを張って野宿を続けることにしました」
外で味わう缶ビールと焼き鳥は何よりも美味かった。スマホで飲食店を検索し、二郎系ラーメンにもチャレンジ。グーグルマップを見ながら出雲大社や海にも行った。「『人生初』の海はキレイでした」と田中さんは笑う。
テントで横になっているときや散歩中に、突然、「壮大な山」や「球体のついた建物」の映像が頭に浮かぶこともあった。ネット検索すると、それが「富士山」や「フジテレビ」であることがわかった。なかでもよく頭に浮かんだのが、「グリコの看板」だ。大阪・道頓堀にあることを知り、「自分は大阪に関係があったのでは」と思うようになった。
やがて田中さんは、’25年8月2日に松江市内にある宍道湖で花火大会が開かれることを知った。花火大会なら大勢の人が来るはずだ。そこで何もなかったら、警察に行くと決意した。自分を知っている人がわかりやすいように、購入したバリカンでモヒカンを整え、宍道湖に向かった。
「人混みのなかを歩き回りましたが、誰からも声をかけられなかった。僕は松江や出雲とは関係がないのかもしれないと思いました。当時は『絶望』という言葉は覚えていませんでしたが、まさにそういう感情でした。もう逮捕されても良いと思い、警察に行くことにしました」
出雲市内の平田交番で事情を話すと、パトカーに乗せられて出雲署に連れていかれた。身長・体重測定のほか、指紋の採取もされ、別室で待たされる。結果は……前科前歴なし。自身が何者かはわからなかったが、ホッとする気持ちもあったという。
その後、田中さんは文字どおり「たらい回し」になる。警察が出雲市役所につないでくれたが、職員は冷たく、「保護施設に空きはない。病院に行くしかない」と告げられた。
翌日、出雲市立総合医療センターを訪ねたが、担当者は困惑するばかり。「保険証がないため検査は高額になる。名前がないとカルテも作れない」と言われ、「行政に相談すべき」と帰された。
そこで今度は松江市役所に向かうも、やはり保護施設に空きはないという答え。対応した職員に「グリコの看板」のことを伝えると、「費用を出すから大阪まで行ってみてはどうか」と提案された。
「松江市役所の担当者の方は親身になってくれ、大阪行きの高速バスの日程を調べてくれただけでなく、食料までくれました」
大阪行きのバスは8月12日の夜11時40分発。松江市役所の職員に切符を買ってもらい、バス停で別れた。緊張してバスのなかでは一睡もできなかった。
こうして大阪にたどり着いた田中さんは、自分が何者かを知ることができたのか。次号では、その後、警察に逮捕され、留置所生活を送ることになった経緯、テレビ出演後に起きた、「家族」「友人」との邂逅などを詳報する。
「週刊現代」2026年1月19日号より
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