幼少期の親からの影響は、成人後にあらゆるかたちで問題として表れてきます(写真:Pangaea/PIXTA)
「親の過干渉で自由を奪われてきた」「小さい頃から、親にダメ出しばかりされてきた」「親が威圧的だった」。いわゆる「毒親」とは、自分の欲求不満や鬱憤を晴らすために弱い立場である子どもを自分の都合で利用したり支配したりします。
何よりも怖いのは「幼少期の親からの影響」は、「幼少期」のみにとどまらないという点です。むしろ、成人後にあらゆるかたちで問題として表れてしまうのです。ここでは、具体的に親からの影響で悩んでいる人たちの事例を見ていくことにしましょう――。
※本稿は『人生が180度変わる 人は「親の影響」が9割』から一部抜粋・編集したものです。
Cさん(30代、女性)は、3歳の息子さんを育てるお母さん。「孤独感が抜けずに苦しい」という悩みをお持ちです。
聞けば、彼女は夫との関係がうまくいっていないとのこと。私の経験上、夫とうまくいかない妻は、孤独と欲求不満を抱えて子どもにストレスをぶつけがちになります。
そこで、Cさんにお子さんとの関係について尋ねたところ、虐待はしていないまでも、子育てに苦しんでいる様子が明らかになりました。
Cさんは実は子どもが嫌いで受け入れられず、甘えてこられると拒絶したくなるというのです。
例えばCさんがテレビを見ていると、子どもが『ママ、手をつないで』と近づいてきます。
いい母親になりたいという気持ちはあるので、我慢して手をつないであげるものの、1分もすると耐えられなくなってくるといいます。
「手を離してからしばらくすると、また息子が『手をつないで』って言ってきます。そのとき子どもから『お前はダメな母親だ』『まるで母親らしさがない』と責められているような感覚があるんです」
そこで、私は彼女の幼少期について掘り下げていくことにしました。
5歳の頃に両親が離婚し、母子家庭で育ったCさん。母親はいわゆるバリキャリ女性で、子育てにはまったく無関心でした。
母親が喜んでくれるのは、Cさんが学校でいい成績を取ったときだけ。Cさんは母親からネグレクトを受けていたのです。
「悲しいときやつらいことがあったとき、お母さんに『悲しいつらい』『助けて』って言ったことはありますか?」
私が質問したところ、彼女は泣きながら「まったくありません」と答えます。
Cさんの母親はいつも仕事や家事で忙しく、それを言い訳に子どもに寄り添うことがありませんでした。
彼女がお母さんとコミュニケーションを取ろうと近づいても、拒絶される経験を何度もしていたそうです。
そのせいでCさんは「この世に愛情なんて存在しない」「愛情を求めても拒否されるだけだ」と感じるようになり、孤独感を抱えるようになったのです。
「私は誰にも顧みられない存在だ」
「一人で頑張って耐えていくしかない」
「いい子じゃなければ見捨てられてしまう」
Cさんはそんな感覚を持ち続けているので、不安で仕方がありません。
いつも不安なのに、息子は「ママ、手をつないで。抱っこして」と無邪気に要求してきます。
それに対して、自分自身は親から愛情をもらったことも手をつないでもらったこともないので、何をどうしたらいいかわかりません。
だから、子どもから愛情を要求されるとイライラして拒絶したくなるわけです。
「Cさんは、自分自身がお母さんに求めていたものを得られていないので、それをお子さんにあげることができない状態にあります。これが『孤独で寂しい』という感情の原因だと思います」
このように伝えると、彼女は言いました。
「私は自分がもらっていないものを子どもにあげるために、頑張っていい母親になろうとしていました。これは無理がある行動だったということですね」
Cさんはその後、自分自身の「寂しい」という感情を認めるところから取り組みを始めました。
子どもを放置したりなどの虐待をしている人は、自分自身も被虐待経験者であることが多い。そんな話を聞いたことはないでしょうか。
実際に虐待は間違いなく連鎖します。
確かに、世の中には「自分が親から暴力を受けてきたから、子どもには絶対に手を上げたくない」と頑張っている人もいます。
けれども、怒りが湧いてきたときに、手を出す代わりに言葉の暴力を子どもにぶつけてしまっているケースもあります。
理屈ではわかっていても、虐待の連鎖を止めるのは簡単ではありません。
次に見ていきたいのは、親子関係が大人になってからの仕事に影響を及ぼす事例です。
Dさん(20代、男性)は商社に勤務する会社員。彼が抱えているのは、仕事をしていて急にやる気がなくなるという悩みです。
最初は熱心に仕事に取り組むものの、順調に成果が出てきたタイミングでなぜかモチベーションが急激にダウンし、動けなくなるそうです。
Dさんは次のように語ります。
「これ以上頑張ったら、上司や同僚たちからもっと期待され、仕事も増え、責任も大きくなる。そう考えると、怖くて仕方がないんです」
うまくいきかけると仕事を投げ出すパターンを繰り返しているので、職場では低い評価に甘んじているといいます。
Dさんの父親は叩き上げの経営者であり、彼は父親から「お父さんは苦労して這い上がったんだ。お前も勉強を頑張って立派な人間になるんだぞ」と言われながら育ちました。
Dさんは父親のような経営者になりたいと考え、大学の経営学部に進学。志望していた会社に就職することもできました。
にもかかわらず、どうして急にやる気が出なくなってしまうのか。その原因は父親と母親の両極端な子育てにありました。
Dさんの話によると、母親は一人息子である彼を溺愛し、過保護に育ててきたといいます。
「歯磨きをするときには、歯ブラシに歯磨き粉をつけて目の前まで持っていってあげる」
「着替えの際には、靴下を履かせてあげる」
「学校に持っていく教科書やノートをすべて揃えてあげる」
「一緒にお風呂に入り、髪の毛や背中を洗ってあげる」
このように何から何まで母親が代わりに行い、Dさんがやろうとすると「あなたはやらなくていいのよ」と止められていたそうです。
それだけでなく、母親はDさんのお金をすべて管理し、「あの子とは関わっちゃダメ」などと、友人関係にも口出しをしていました。
そこで私は次のように問いかけました。
「Dさんが何でも1人でできるようになったら、何が起こりそうですか。そうですよね。お母さんに愛されなくなってしまう。あなたはお母さんに見捨てられないために無力でいることを無意識に選んでしまっているのかもしれませんね」
Dさんは頷いて答えます。
「その通りです。中学・高校でもそんなことの繰り返しでした。習いごとも部活もすべて途中で投げ出し、最後までやり遂げることができませんでした」
Dさんは父親から「頑張れよ。お前はできる子だよ」というメッセージを受け取ってきました。もともと優秀だったこともあり、彼は勉強を頑張り、いい成績を残してきました。
一方で、母親からは常にちやほやされ、「お母さんがやってあげるからできなくていいよ。あなたはできない子でいてね」というメッセージを受け取ってきました。
おそらく母親は、Dさんを無力化させることを通じて「自分が役に立っている」という実感を得て、自己愛を満たそうとしていたのでしょう。
父親は「お前はやればできる。もっと頑張って立派になれ」
母親は「お前が無力でいたら愛してあげる」
2つの矛盾したメッセージで混乱することを「ダブルバインド」といいます。まさにDさんはダブルバインドで葛藤を抱えている状態にありました。
Dさんは父親も母親も両方愛しているので、両方のメッセージを無意識に一生懸命受け入れようとします。
その葛藤が、「完成間近で物事を投げ出す」という行動に表れ、本人も気づかないうちにDさんの人生を損なう方向に作用していたのです。
(大鶴 和江 : 心理セラピスト、心理分析、心理セラピー講師)