1990年代に一世を風靡した「ノーパンしゃぶしゃぶ」が再オープン!!

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令和の現代、多種多様な風俗が存在している。しかし、90年代には今では考えられない「ノーパン女子が接客するしゃぶしゃぶ店」というユニークすぎる風俗店が存在した。しかし、当時「中居正広もハマった」「大蔵官僚の接待で使われた」と話題沸騰だった「ノーパンしゃぶしゃぶ」も警察の強制捜査を受け一時休業。
そして一年越しにリニューアルした「新・ノーパンしゃぶしゃぶ」は、どんな姿になって帰ってきたのか…!週刊現代1999年2月6日号の「開店直前・新ノーパンしゃぶしゃぶ」より再編集してお届けする!
第1回
《年が改まりますと、人の心も改まるものともうします。当ローランもその例にもれず、新しい会社で自粛しての営業となります》
こんな文面で始まるダイレクトメールが、年明けから一部の人たちのもとに届いた。
「一部の人」といっても、その数ざっと1万人。彼らはみんな、あの「ノーパンしゃぶしゃぶ・楼蘭(ローラン)」の会員たちである。
銀行幹部による大蔵官僚たちへの過剰接待の舞台となった「楼蘭」は、1998年の1月27日に東京地検の強制捜査を受け、それ以後、休業状態が続いていた。
その「楼蘭」が、奇しくも強制捜査からちょうど1年を経た1月27日に再オープンする。冒頭のダイレクトメールは、それを知らせるために、かつての会員にのみ送られたものだ。
本誌は、今回、開店直前の新「楼蘭」の店内に入ることができた。新しく入れ替わったオーナーらの話を交えながら、料金システム、サービスなどを独占公開する。
「案内状を送った翌日から、予約が入り、すでに1月中は予約で一杯です。それだけお客さんが再オープンを待ち望んでいてくださったということでしょう」
こう語るのはオーナーの男性(45歳)だ。
確かに、「楼蘭」は元大蔵省金融証券検察官室長が、自ら第一勧銀のMOF担に「ぜひ一度行ってみたい。来週どうしても行こう」と要求したように、大蔵官僚の間では評判の店だった。接待する側のMOF担たちも、この店に足繁く通っていたようだ。たとえば会員として、「楼蘭」に登録した各行の人数を見れば、それは一目瞭然だ。
日本興業銀行の43人を筆頭に、住友銀行39人、三和銀行36人、富士銀行32人、第一勧業銀行28人、さくら銀行21人と続いている。
「ノーパンしゃぶしゃぶ」には、それだけの数のエリート行員を溺れさせる“魅惑”があったのだろう。
もっとも、この「楼蘭」にハマッていたのは彼らだけではない。この店には芸能人、スポーツ選手など、あらゆる業界の大物が集まっていた。
かつて本誌が実名公開し、本人が認めただけでも、俳優の黒沢年雄、谷隼人や、ヤクルトの飯田哲也外野手らという面々がいる。
こうした大物たちや官僚、銀行からの予約は現在のところまだ入っていない。いま予約者のなかで目立つのは、製薬メーカーの社員たちで、医師たちにねだられて再オープンが決まる前から、たびたび電話をして様子を聞いてくる客もいたという。
もちろん、「楼蘭」の再オープンを待ち望んでいた有名人もいる。そのなかでも、最たるものが、巨人の松井秀喜外野手だろう。
松井は、以前から、この「ノーパンしゃぶしゃぶ」の常連だったことを公言。「しゃぶしゃぶを食べた翌日は必ず打つ」というジンクスもあり「なんとか復活を」と願っていた。
松井は、番記者たちから今回の再オープンの噂を聞き、「それはホントなんですか。そうですか。良かったなぁ」と、心底喜んだという。
次回記事『強制捜査から一年…激変した新「ノーパンしゃぶしゃぶ」の実態』へ続く。
「週刊現代」1999年2月6日号より
【つづきを読む】風営法違反で摘発された風俗店「ノーパンしゃぶしゃぶ」が「ノーパン」をやめて再オープン!?…90年代のヤバすぎる風俗の実態

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