別居中の妻の住所などの情報をインターネット掲示板に投稿したとして、福岡県警が11月10日、会社員である夫を名誉毀損容疑で逮捕したことが報じられました。
朝日新聞(11月10日)などの報道によると、夫は、7月に出会い系サイトの掲示板に、女性が住むアパート名や部屋番号などを書き込んだ疑いが持たれています。夫の投稿には、深夜にインターホンを鳴らして合言葉を言えば、わいせつ行為ができることを示唆するような内容も含まれていたそうです。
この投稿を見たと思われる男性が、8月に妻のアパートに侵入し、住居侵入と不同意性交未遂の疑いで逮捕されました(住居侵入罪と暴行罪で起訴)。男性は「性交できると思った」という趣旨の供述をしているとのことです。
夫婦は離婚をみすえ別居中で、夫は「妻への仕返しのつもりだった」と供述しているそうです。ネット上では、「妻が性被害にあいそうな事態を引き起こしたのに、なぜ容疑は名誉毀損だけなのか」といった声も見られました。なぜ名誉毀損の容疑で逮捕されたのでしょうか。
まず、名誉毀損の容疑で逮捕されたからといって、「今後不同意性交罪などで逮捕されない」というわけではありません。
本件で、夫を不同意性交罪の間接正犯(人を手足のように操って犯罪を実行させること)や教唆犯(人をそそのかして犯罪を実行させること)などで立件するには、夫の投稿の意図や、妻の住居に侵入した男性の認識、夫の投稿の行為者への影響などの証拠の積み重ねが必要になります。
これに対し、本件の名誉毀損罪での逮捕は、投稿の事実などは既に明らかになっているようですので、本件の不同意性交罪での逮捕よりは容易と考えられます。
捜査機関は、まず名誉毀損容疑で夫の身柄を確保し、その身柄拘束期間中に、不同意性交罪関係の立件に向けた裏付け捜査を並行して進めているかもしれません。
名誉毀損罪における勾留期間が満了した後に、不同意性交罪関係の容疑で再逮捕される可能性はあります。
名誉毀損罪(刑法230条1項)の成立には、「公然と」「事実を摘示し」「人の名誉を毀損」することが必要です。
「公然性」については、インターネットの掲示板に書き込まれたことで、不特定多数の人が閲覧できる状態となりますから、認められます。
「事実の摘示」については、人の社会的評価を下げるに足りる事実を示す必要があります。 本件では、妻の住居について(アパート名、部屋番号)を具体的に書き込んだ上、「深夜にインターホンを鳴らして合言葉を言えば、わいせつ行為ができる」と性的な行為を不特定多数に誘うような内容の書き込みがあったようです。
この内容は、被害者(妻)の貞操観念に対する社会的評価を著しく低下させる事実を示したといえます。
本件で、妻の自宅に侵入した男性は不同意性交罪の未遂で逮捕されましたが、暴行罪で起訴されたそうです。
これは、男性が被害者(妻)の住所などの情報を出会い系サイトで見た、と供述していることと関係していると考えられます。
男性が、被害者(妻)が自らの意思でわいせつな行為をさせてくれると誤信していた場合、犯罪の故意がないため不同意性交罪が成立しない可能性があるからです。
今回は、夫の投稿を見た男性が、実際に妻の自宅に侵入し、不同意性交未遂の疑いで逮捕(のちに住居侵入と暴行罪で起訴)されています。
この点から、夫の行為は名誉毀損罪だけでなく、男性が犯罪を実行するように仕向けたことで、不同意性交罪(刑法第177条)の間接正犯(未遂)や教唆犯(刑法61条1項)などにも問われる可能性があります。
夫の投稿は、被害者の具体的な住所を示したうえで、「合言葉を言えば、わいせつ行為ができる」という、わいせつ行為を具体的に誘いかける内容だったようです。
この投稿により、男性が本当にわいせつ行為を(同意の上で)できると誤信して行為に及んでいた場合には間接正犯(未遂)が、男性が真実は妻の同意がないという事情を認識しつつ不同意性交などの実行を決意したのであれば、教唆犯が成立する可能性があります。
なお、実行犯が不同意性交未遂罪ではなく暴行罪で起訴されたとしても、夫の間接正犯や教唆犯の成立に直ちに影響するわけではありません。
夫が投稿により、わいせつな行為をするよう決意させ、その実行に着手させたという事実があれば、結果的に実行者である男性が暴行で起訴されているとしても、間接正犯(未遂)や教唆犯が成立する可能性はあります。
仮に今後、夫が不同意性交罪の間接正犯や教唆犯として逮捕されるのであれば、今回の名誉毀損罪による逮捕は、はじめから不同意性交罪での逮捕を目指した違法な「別件逮捕」ではないか?という疑問を持つ方もいらっしゃると思います。
しかし、結論として、本件名誉毀損罪での逮捕は、違法な別件逮捕とは評価されないと思われます。
いわゆる(違法な)「別件逮捕」とは、本来逮捕の要件がそろっていない「本件」について取り調べをする目的で、証拠がそろっている軽微な「別件」で逮捕・勾留し、もっぱら本件の取り調べをするような捜査手法をいいます。
違法な別件逮捕にあたるかどうかは、本件と別件の罪質や態様の違い、法定刑の軽重、捜査の重点の置き方の違いの程度、本件についての客観的な証拠の程度、別件についての身柄拘束の必要性の程度、本件と別件の関連性の有無や程度、取調官の主観的な意図などの諸事情などに照らして判断されるといわれています(大阪高判昭和59年4月19日参照)。
本件の場合、たしかに名誉毀損罪(刑法230条1項、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)と不同意性交罪の教唆(刑法177条1項、61条1項、5年以上の有期拘禁刑)では法定刑に大きな差はあります。
しかし、妻の住所と、わいせつ行為ができるという内容を摘示する名誉毀損行為は、不同意性交罪の実行方法そのものであり、両罪には強い関連性があることや、本件における名誉毀損行為自体も犯情としてかなり悪質といえると考えられることなどから、違法な別件逮捕とまではいえないのではないかと考えます。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)