「タイに帰りたい」少女の心の叫びは築54年のマンションの室外には届かなかった。11月4日、住居とテナントが混在する東京都文京区湯島のマンションの一室で12歳のタイ国籍の少女を違法に働かせていた経営者ら2名が逮捕された。同じマンションの居住者にはタイ人も複数おり、声をかけると「ワカラナイ、シラナイ」と拒絶する住民もいれば、「なんか怪しい店だなと思ってた」と話す女性もいた。
【画像】あまりにも“質素”、店舗オーナーの細野容疑者が住んでいたアパート
タイ北部に住んでいた少女は母親に連れられ来日し、文京区湯島のマンションの一室にある個室リラクゼーション店で働かされていた。母親には借金があり、日本や台湾、シンガポールに出稼ぎに出て性的サービスをする仕事をしており、少女と共に暮らしたことはほとんどなかったという。社会部記者は言う。
「少女はタイ北部の学校に通っていたようですが、今年6月に日本から一時帰国した母親に連れられ湯島のリラクゼーション店に来たようです。母親は日本を離れる際に赤ちゃんを連れており、『あなたの弟だから、赤ちゃんを連れて帰る』『性器をさすったら終わりだから』と説明され、母は娘を置いて出国しました。
娘は『私が働かなければ家族が暮らしていけない』『ちゃんと接客しないと母に怒られる』と思い、1ヶ月間、60人もの客を相手にさせられたようです」
日本語を一切話せなかった少女だが、9月16日に自ら東京都港区の東京出入国在留管理局を訪ね、職員に「タイに帰りたい」「学校に行きたい」と話したことで人身取引の被害者として保護された。
その後、警視庁保安課と本富士警察署ら4つの警察署との共同捜査により11月4日に店の経営者の細野正之容疑者(51)と、従業員のホームジャン・ギタヤポーン容疑者(32)が労働基準法違反(最低年齢)の疑いで逮捕された。ホームジャン容疑者は不法滞在の疑いもあった。
現場の店舗は8階建ての雑居ビルにあった。2階と3階は20年以上前からある昔ながらの会社が入っており、4階から8階は住居や多くのテナントが入っている。このビルの管理会社の担当者は言う。
「老舗の会社さんが入るしっかりした印象がありながら、テナントのほかに、住居エリアには日本人の単独居住者や、タイの女性が複数人で住む部屋やタイ人のご家族が住む部屋など、様々な居住者がいる変わったビルという印象はありました。
というのもウチは先月から管理を任されることになり、まさか担当してすぐにこんな事件が起こるとは思わず困惑しています。住民にご挨拶に行った時、当該店舗にもご挨拶には行きましたが、確かに変な印象はあったし、よく住民から苦情が来ないなとは思っていました」
このマンションの住人である子連れのタイ人女性に声をかけると「なんか怪しい店だなと思ってた」と話す。同じマンション内で美容サロンを経営する日本人女性は「他の住人との関わりは一切ないのでまったく知りませんでした。でも4日夕方に黒い服の捜査員と報道の方が大勢いたので何事かと思いました」と事件に驚いていた。
湯島エリアで飲食店を営む日本人経営者は言う。
「もともと、湯島は日本だけでなく中国やフィリピンの“違法風俗マッサージ”で有名だよ。以前から『本番』などの違法行為でけっこう捕まってるし。20年以上前から上野や浅草、湯島界隈の外国のエロい店はフィリピン勢がとても多かった。5、6年くらい前からフィリピンよりもタイ勢が多くなった」
一部報道によれば、警視庁は今回の少女の人身取引の背後に組織的なブローカーがいると見ているという。今後は人身売買罪での捜査を進めていく方針だと言われている。
湯島エリアで個室リラクゼーション店を営むタイ人オーナーはいう。
「少女が住んでいたのがタイ北部ということは、ラオスのあたりでしょうか。あそこは女児の売買が行なわれているエリアもあり、そこには中国、韓国、台湾、日本人のお客が来ます。今回のように少女がラオスから中国に売られる話はよく聞きますけど、日本に売られる話は初めて聞いた。日本人が好みそうな丸顔の子だったのかもしれません。
私は日本でこの商売を始めて10年ほどになるが、もともとは先に日本で商売をしてる仲間のタイ人からの紹介でやってきた。日本にはすでにタイ人コミュニティはあるので、日本に来たい女性がいれば、働く場所も多くあります」
タイ人のリラクゼーション店をよく利用するという男性客にも話を聞いた。
「日本のメンズエステ店と同じでタイ人マッサージ店にも“本番あり”の店があります。だから少女がどこまでやらされたのか……より闇が深い事件だと思います」
店舗オーナーの細野容疑者の自宅は調布市内の古びたアパートだった。人身売買に関わる違法店舗のオーナーの自宅にしてはあまりにも質素だ。アパート内の住人に写真を見せるとこう証言した。
「1年前くらいに引っ越して来た人に似てるね。その方だったとしたら引っ越しの挨拶にも来ましたし、自転車置き場でも挨拶をしたことがありますよ。なんかうつむき加減にボソボソって話していましたが、悪い人って感じではなかったですね」(アパートの住人)
細野容疑者の背後にはどのような人物が関わっているのだろうか。今回の事件は氷山の一角かもしれない。警視庁も「違法な店舗を利用する客側も、人身取引に加担している」と警鐘を鳴らしている。引き続き厳しい捜査をしてほしい。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班