巡査長が突然失踪→数日後「亡くなった」 パワハラなど噂が飛び交う中…警察組織内に出された“口外禁止令”の不可解

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警察官の自殺報道を目にする機会が年に数回はある。その原因としてパワハラや長時間労働が挙げられることも珍しくない。
心身が疲弊しやすい過酷な環境の印象もある警察官。体育会気質で上下関係の厳しさも想像されるだけにそうした実態もあるのかもしれないが、真相が明るみになるケースは珍しい部類といえる。
勤続約20年の警察OB・安沼保夫氏は現役時代、機動隊所属時に、身近な仲間の死を経験した。発覚直後、周辺は騒然としたそうだが、状況が明らかになると「パワハラなどはなかった」と全体説明がなされた上で、事案についての口外禁止令が発令されたという。
組織内では「ビルから飛び降りた」「ひどいパワハラにあっていた」とのうわさが飛び交っていたというが、安沼氏も結局、その真相はわからないままだったという…。
※ この記事は、安沼保夫氏著『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。
「Kを知らんか?」
他中隊(※1)の幹部が突然、寮にある私の部屋に乗り込んできて尋ねる。
※1 中隊:機動隊などの部隊編成において使用される単位。約70名で構成される警備部隊のグループ
錦糸町の独身寮では8畳の部屋に2名が寝起きしていた。署や隊によってはパーテーションで区切って半個室スタイルにするところもあるが、わが寮は共同使用で、そのルームメイトが他中隊の先輩・Kさんだった。
「出勤時間になっても現れないし、全然、行方がわからんのだ。何か心当たりを知らんか?」
昨晩私が部屋に戻ったときにK先輩はおらず、朝まで帰ってこなかったが、心当たりなどない。そう答えると、幹部は腕組みして考え込んだ。
K先輩は出向先(※2)から戻ってきて、つい数日前にこの部屋での生活をスタートさせたばかりだった。先輩風を吹かせることもなく、手土産を持って、後輩の私に「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた、感じのよい人だった。
※2 出向先:成田空港警備隊(通称・空警)から戻ってきたばかりだった。成田空港は全国の警察からの出向があるので全国の警察とのつながりができたり、昇任試験の一次試験が免除されるなど、そのメリットに惹かれて希望する人が多い。その一方で、中隊に馴染めなかった人が逃げるようにして出向を希望することもあった。K先輩は後者だったのかもしれない。
結局その日、K先輩の行方はわからないままだった。
さらにその翌日の朝、数名の幹部がやってきて、K先輩の部屋中をひっくり返して事細かく調べた。
私も再び事情を聞かれた。ただ、K先輩とは隊も別で勤務サイクルも違うので、やりとりといっても土産のことくらいしか思い出せなかった。そして数日後、K先輩が亡くなったと聞いた。
機動隊の中をいろいろな噂が飛び交った。
「新宿歌舞伎町のビルから飛び降りた」「上司からひどいパワハラに遭っていた」「遺族が激怒していて訴訟沙汰になるらしい」・・・・・・すべて真偽不明で、われわれ末端の隊員に詳細な情報が下りてくることはなかった。それから1週間ほどがすぎ、全隊員が講堂に集められた。
「K巡査長は×月×日にお亡くなりになった。調査の結果、パワハラなどの行為はいっさい認められなかった。このことについては今後、口外しないように注意してほしい」
わずか1分足らずの簡潔な説明だった。
私には居心地のよかった機動隊にもいじめやパワハラは存在する。
若者が多い体育会系ノリの組織ゆえ、臭かったりするとイジられる。体力自慢や押しの強い人間も多いので多少度がすぎることもある。警察学校時代の私がそうだったように、イジられる側にとっては苦痛なこともあるだろう。
ただ、殴る蹴るといったレベルのものは私の知るかぎり一度もなかった。
■安沼保夫(やすぬま・やすお) 1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。約20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。

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