【原田 隆之】【26年越しの逮捕劇】犯人は、なぜ「30年」も想い続けた男ではなく、その「妻」を殺害したのか

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1999年に名古屋市で発生した主婦殺害事件が、26年を経て容疑者逮捕に至った。本件は、高校時代の部活仲間の男性に抱いた片思いをおよそ30年もの間維持してきた女性が、その男性の妻を殺害したという極めて異例の事件である。
単なる恋愛感情のもつれでは説明できず、長期的な執着、異常なパーソナリティ特性、そして「自己物語の崩壊」を契機とした攻撃が重なって生じたと考えられる。
事件はまだ断片的にしかわからないが、その情報をもとに、犯罪心理学・臨床心理学の視点から加害者の心理プロセスとパーソナリティ傾向を分析したい。
まず特筆すべき点は、加害者の感情保持期間である。通常、失恋によるストレス反応は数か月から数年以内に減衰する。ところが本件の加害者は、高校時代の恋愛感情を30年以上にわたり持続し、さらには殺害という極端な攻撃行動に転化させている。
この長期的固定は、一般的な恋愛感情ではなく、「執着型(または強迫性)パーソナリティ」 に近いと考えられる。
執着型傾向の人物は、人間関係や出来事が終結しても「心理的に完了できない」性質を有する。対象者との関係は現実ではなく内面に保存され、本人の中で理想化され続ける。そのため、時間経過や相手の結婚などの外的事実が感情を弱める効果を持ちにくい。
事件の契機となったのは、40歳をすぎて行われた同級生での再会だと考えられる。加害者はそこで結婚の事実を改めて確認し、夫婦が幸福に暮らしている様子を心に描いたのだと推測される。しかし、それは「喪失の再確認=自己物語の破綻」を意味する。
このとき生じる反応は、過去の喪失体験が再活性化する 「再喪失(re-grief)」 と呼ばれる心理状態である。とくに執着型傾向を持つ人物は、この再喪失を現実適応ではなく攻撃性として処理しやすい。つまり、30年近く前の「失恋」が、再会によって再び「現在進行形の出来事」に変わってしまったのである。そして、その数か月後に凶行に及んでいる。
本件で特徴的なのは、加害者が恋愛対象の男性ではなく、その配偶者を殺害している点である。これは「恋愛対象の理想化」が維持された結果、攻撃が転位されたと考えられる。
心理学的には、これは 「転位的攻撃」 に分類される。加害者にとって夫は「いまだ理想化される対象」であり、彼を攻撃することは自己の「恋愛幻想」そのものを破壊してしまう。一方、妻は「自分の幸福を奪った障害物」として認知され、攻撃の標的となったと解釈できる。
驚くべきことは、長い年月を経ても、そしてお互いが別の人と結婚していても、容疑者の「恋愛幻想」はかくも強く保持されたままであったということである。
加害者の供述には「毎日不安だった」「捕まりたくなかった」という言葉が含まれている。これは、いわゆる反社会性パーソナリティに典型的な「罪悪感の欠如」とは異なる。
むしろ、本件は以下の複合型人格傾向によって説明されやすい。
1.執着的傾向-終結した関係を心理的に処理できないストーカー的心理傾向
2.自己愛的脆弱性―自尊心が損なわれると攻撃性に転化されやすい
3.対人認知の二分割―対象を理想化/排除すべき敵に分断しやすい
4.情動調整の未熟性―喪失感が内在化されず、外的破壊行動へと転化される
つまり、加害者は「計画的な殺人犯」であるとともに、その根底には「恋愛幻想」の破綻と自己崩壊を暴力で修復しようとする心理がある。ここには、上述のようなパーソナリティの異常性の特徴が根底にある。
加害者は事件後、日常生活を送りながらも罪悪感を抱えていたと供述する。しかし、その26年間を「逃避と抑圧」で過ごしている。この点から、自己と犯行を心理的に切り離して生活していた可能性が高い。
これは臨床的には 「解離的回避」 に近い。すなわち、「罪」を自分の人格の外側に置くことで、日常生活の安定を保とうとする認知的操作である。このような心理構造は反省ではなく長期的現実逃避であり、ここにも未熟で自己愛的なパーソナリティ特性が現れていると推察できる。
しかし、当然のことながら、その未熟な心理的操作は成功せず、事件発覚を恐れる毎日だったと供述している。
容疑者の「毎日不安だった」「家族に迷惑をかけるから出頭できなかった」という供述にも、自己中心的・自己愛的パーソナリティが垣間見え、事件への真摯な発想は見えてこない。
もし容疑者に一片の良心が残っているならば、誠実に事件について供述し、一刻も早く全容解明に向けて協力をするしかない。
失った命や家族の時間は何をやっても決して戻ってこないのだから、彼女にできることは「たったそれくらいのこと」しかないのだ。そのことを自覚して、自身の犯した罪の大きさから「逃避」するのではなく、今度はそれに向き合って、何をすべきかを真摯に自問自答するべきだ。
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