「顔面への攻撃が圧倒的」「自宅の庭で遭遇するケースも…」クマ被害急増、秋田の救急センター長が指摘する“クマを暴走させてしまうNG行動”とは?

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〈「クマがどう俺を食べるか見届けなきゃ」顔を噛まれ“約70針”縫う大けがに…ヒグマと闘った69歳男性が語る“退院後につらかったこと”〉から続く
クマ被害に揺れる日本社会。その背景には何があるのか。書籍『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)より、クマ外傷治療のエキスパートである中永士師明(はじめ)医師へのインタビュー記事を抜粋して紹介する。
【画像】もし遭遇したら「身を守るにはこの方法しかない」中永教授が推奨するクマ対策の“正しい姿勢”は…
なぜ被害は急増しているのか。救急現場ではどのような傷が多く見られるのか。そして、クマの暴走を招いてしまう「NG行動」とは?(全3回の3回目/はじめから読む)
本州のほぼ全域に生息するツキノワグマ 時事通信社
◆◆◆
2024(令和6)年11月30日、秋田市内のスーパーマーケット、いとく土崎みなと店にクマが侵入。数日、クマが店内に立てこもったニュースを記憶している方も多いだろう。怪我を負った40代の店員が搬送されたのは、秋田大学医学部附属病院高度救命救急センター(以下、同センター)だった。そこでセンター長を務めているのが、中永士師明教授だ。
「襲われた従業員さんは、顔にざっくりとした切り傷を負っていました。バックヤードで作業をしていたら『何かが入ってきた』と感じたそうです。最初はイヌが迷い込んできたと思ったらしい。ところが実際はクマだった。気がついた次の瞬間には、バーッと襲いかかってきたようです。
侵入経路は、商品などを搬入する扉。人や商品の出入りが多く鍵がかかっていません。一般的にクマはものすごい獣臭がするといわれていますが、一瞬の出来事でにおいに勘づく間もなかったようです」
このスーパーマーケットのあった秋田市土崎は、秋田市でも比較的中心部で、住宅も密集するエリア。秋田県でも、市街地に出没する“アーバンベア”は確実に増加している、と中永教授は語る。近年まで市街地での受傷例は、ほとんどなかったという。

「クマは一度市街地に出て食物があることが分かると、それを覚えてしまいます。親子グマの場合でしたら、母グマについていった子グマが山の中ではなく市街地で食糧を確保できると知ってしまうと、また出てきてしまう。
子グマはおおよそ2歳頃まで母グマと一緒に生活していますが、独立して一頭で生きていくようになってから、市街地の食糧事情を覚えていて下りてくるというパターンもあります」
中永教授が秋田大学にやってきて20年以上。これまで同センターで直接治療に当たったクマによる傷病者は50人ほど。前任は岩手医科大学。そこでもクマによる受傷の治療だけでなく、受傷に関する学会発表を手掛ける機会もあった。岩手もクマによる傷病者は多いエリアで、多くの傷病者を見てきたが、秋田の方がずっと多くなったという。
2023(令和5)年には、秋田県のクマによる傷病者は70人と突出した人数となった。近年10人前後で推移していたのだが……。
「2023(令和5)年に傷病者数が激増した背景の一つには、里山の崩壊があると考えています。これまで、里山はきれいに芝刈りなどをして整備し、クマの住む山と人の住むエリアとの境界がはっきりしていました。そのため、クマも警戒して里山には下りてこなかった。それが、整備が行き届かなくなり境界が曖昧になったことで、クマが里山まで近づきやすくなったんですね。

もちろん、2023(令和5)年の一年だけで、極端に里山が荒れていったのではありません。これまで進んできた里山崩壊が下地にあり、さらにこの年はクマの食べ物となるドングリが不作となったため、山が食料不足になったと考えられます」
人家もある里山には柿の木があり、実がなり放題。だけど誰もその実を収穫しない。そうなると、クマも「あそこに食べ物があるぞ」と覚えてしまう。秋田県としても、行政がそうしたことを考慮して、ここ数年で柿の木をだいぶ伐採した。
ただ、柿の実は鳥の餌でもあった。あまり大量に伐採されてしまったら、今度は鳥の餌が無くなり、別の生態系に影響が出る。そうしたクマ問題とは別な問題でもあって、柿の木伐採は判断が難しい面もある。
山林が多い秋田県は、他の都道府県と比べて、クマと人の住んでいるエリアが隣接しているともいえる。自然と都市を分けていた里山の崩壊で、これまでのような棲み分けが成立しなくなってきている状況でもある。
さらに、クマを相手に狩りをするマタギの数も減っている。
これら複数の要因が年々重なったことで、2023(令和5)年のクマによる傷病者数の突出した増加が生じたと思われる。
同センターでは、傷病者の治療の際に、クマに襲われた状況をできるだけ聞くようにしている。人がクマに襲われるシチュエーションは変わってきているのだろうか。
「2024(令和6)年の秋田県内の傷病者には、クマ狩りで山に入って受傷した猟師の方が1名いましたが、この方以外は、山に入っても自分からクマに遭おうと向かって行ったのではなく、偶然にも遭遇して襲われたという状況です。
また、これまではクマと遭遇する場所で多いのは山の中。山菜採りなどで山に入って受傷される方が大多数を占めていましたが、近年は市街地の例が多くなっています。

たとえば犬の散歩中に襲われた方。この方は、飼い犬が『ワンワンワン』と吠え出したので、『何だろう?』と不審に思っていたら、突然、クマがガバッと襲ってきたといいます。自転車に乗っていて襲われた方もいらっしゃいます。クマが見えた瞬間にはもう目の前まで迫っていて、あとはもう『何が起こったか覚えていない』と話していました。
特殊な例では、自宅の庭で遭遇し襲われた方もいます。このケースは遭遇場所としてはかなり珍しいでしょうね」
市街地か山中かにかかわらず、クマとの遭遇は突然だった例が多い。山菜採りの最中に襲われる人などは、夢中になって山菜を探していて、気づいたときにはすぐそばにクマがいた、という話はよくある。
「クマは視力はあまりよくないのですが、嗅覚は優れています。においを嗅ぎつけて近づいてくることもある。従って、見通しの悪い場所では、クマは人間の存在に気づいていても、人間はクマの存在に気づけていないということがあります。
傷病者から聞いた情報で、遭遇したときのクマとの距離に注目すると、遠くから長い距離を走って襲ってくる、というクマはあまりいないようです。やはり互いに気づかず出会い頭で、というパターンが多い。
ただし、子グマにちょっかいを出してしまうと話は別です。子グマを守ろうとする母グマが、走って襲いかかってきます。これは私の知人の例ですが、渓流釣りの最中に子グマを見かけて、子どもだと思って安心してかまってしまった。すると母グマが現れて襲われ、その弾みで、母グマと一緒に崖から落ちたのです。その知人は以来、肩が外れやすくなってしまいました」
中永教授によると、クマによる受傷部位で圧倒的に多いのは、頭部や顔。クマが相手を威嚇するために立ち上がり前脚を振ると、ちょうど人間の頭部あたりの高さになるのがその理由だ。
「同じ野生動物でも、イノシシは突進してきますが、クマは少し異なります。遭遇したら最初、バーッと迫ってきますが、ビッと後ろ脚で立ち上がり、ガッと前脚を振り下ろしてきます。
ただし、前脚での一撃だけでなく、まれて受傷することが多い。受傷したほとんどの人は、前脚と口の両方で攻撃されています。一方で、前脚の爪にやられた傷だけという人は、私の知る限りほぼいません。事実、患者さんは結構な確率でまれています。攻撃の中心は口で、前脚での攻撃は最初の一撃のみということが多い」

ただし、最初の一撃のみだとしても、さすがにクマの力はすさまじい。しかも、頭部や顔面をやられてしまえば、かなりの重傷を負ってしまう確率は高い。
そして、クマの動きは想像以上に俊敏だ。襲われた人たちはみな、クマの素早さと襲われたことへの動揺で、詳しい記憶は残っていないこともよくあるという。
「もちろん例外はありますが、クマが人間を攻撃した後、いつまでもその場に残ることは稀です。襲われた後、『気づいたときにはもういなくなっていた』という証言もあります」
ところで、「クマは左利きなので、左脚から最初の一撃が飛んでくる」という俗説もある。もしそれが正しければ、あらかじめ予測し対処もできそうだが──。
「クマにも個体ごとに利き手はあるのでしょうが、左利きがとくに多いということはなさそうです。20年以上クマに襲われた症例を診ていますが、右からも左からもやられています。優位な差はほとんど確認できません」
(風来堂/Webオリジナル(外部転載))

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