「お父さんが死んじゃった」家族が失踪…その時“残された側”にできることとは「捜索願を出しても、警察はなにもしてくれない」《年間の行方不明者は約9万人》

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「失踪」── ゲームのように人生をリセットする方法の一つかもしれない。これまでの縁を切り、知らない場所で、知らない人たちと、新しい人生を送る。一方で、縁を切られた側の思いは複雑だ。
風俗嬢として働く女性・緒月月緒さん(仮名)は、金遣いの荒い母に苦しめられて経済的に困窮し、18歳になった翌日から夜の世界へ飛び込んだ。血の繋がっていない父の失踪は、その仕事が板についてきた矢先のことだった。父は何を思って、どこに失踪したのか。
フリー編集者&ライターとして活躍する松本祐貴氏の著書『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』(星海社)から一部抜粋して再構成。【全2回の第1回】 * * *
月緒が27歳のとき、父がいなくなった。
その日付もわかっている。3月4日に会社の寮から夜逃げをして、失踪したのだ。月緒が母から父の失踪を知らされたのは、4月になってからだった。
それ以前から月緒は「お父さんの様子がおかしい。絶対にうつ病だよ」と母に兆候を伝えていた。
例えば、毎年大晦日とお正月は離婚した父も含む家族みんなで過ごしていた。しかし、その年の父は年を越す前に会社の寮へ帰ってしまった。 父の仕事はトレーラーの運転手。年をとって、給料も下がってきていた。いなくなる前日にも異変があった。プロドライバーである父が運転中にコーヒーにむせて壁に激突した。幸い人身事故ではなく、会社は「長年働いているので、責任は問わない。定年までいてほしい」と温情をみせてくれた。この事故とそれまでのうつ傾向が、失踪への契機となったのかもしれない。
月緒に突然「10代のとき専門学校に行かせられなくてごめん」と謝ってきたこともあった。父の意固地な性格を知る月緒はいぶかしがった。そのときに父は「生まれ変わったら鳥になりたい」などとも口走っていた。
「あの人がうつだなんて信じられない」
母はそうこぼすだけだった。月緒は仕事のお客さんでうつの人を見慣れていた。父はその状態に近かった。
すでに4人いた子どもたちも成人し、父は養育費を渡す必要はなかった。母は「あと数年経っておだやかな気持ちならまた一緒に住んでもいい」とまで言っていた。そんな状況下での突然の失踪だった。
母は警察に捜索願を出した。
失踪者の家族はどんな状況に置かれるのか。
「年間、数万人がいなくなるんですよね。その中にお父さんも入っていたんです」
── よく存知ですね。2023年の警察庁発表のデータで約9万人ですね。ただ同じく8万8000人近くは所在が確認されています。それには死亡者も含まれますが……。
「捜索願を出しても、警察はほとんどなにもしてくれません。するとお母さんがテレビの 失踪人を捜索する番組に応募すると言い始めたので、なんとかやめさせました」
── 事件や事故以外だと捜査はしてくれないのが現状ですね。月緒さんは父親がどこにいったと思っていましたか?
「お父さんの郷里は東北なので、その辺りで農家の手伝いをしたり、以前からやりたいと 言っていた焼き芋屋さんをしたりして暮らしているのではと考えていました。そのうち見つかるだろうとも」
7月に入ったある日の朝6時過ぎ、警察から電話があり、母が出た。
↓Yahoo非配信
「あなたの夫がビニールひもで首を吊って亡くなっています」
場所は東北の某県。しかも、父の実家から歩いて数分の距離。その場所で父親はフェンスに首を吊って死んでいた。
↑Yahoo非配信
「お父さんが死んじゃった」
そう叫びながら母が連絡をしてきた。
月緒は、さまざまな思いがこみ上げてきて混乱していた。きっと気が動転していたのだろう。母と兄弟にお金を持たせ父のもとへ向かわせると、自分は五反田の風俗店へ出勤したのだ。
「仕事を休んで、お父さんのところに行けばよかったと思いました」
父の遺体と対面した母は「私が悪いってお父さんがいうのよ」と涙をこぼしていた。享年57歳だった。
父の車にあったレシートから移動の形跡が窺えた。父は失踪後、東京から東北地方、さらに北上し、北海道の摩周湖へと、車を走らせていた。一度、東京に戻ってから、東北某県の実家近くについたようだ。
死を選んだ場所は、実家が見えるほどの近さ。所持金は32円だった。
祖父は東北の田舎に広大な土地を所有している地主だった。父は長男で実家を継ぐ立場だが、勘当され、後に5人兄弟の末っ子が実家を継いだ。
父が結婚後、月緒と兄弟たちを連れて、実家を訪れたことで、祖父と父の関係は改善された。
「休みのときによく、おじいちゃんの家に遊びに行った記憶があります。だからおじいち ゃんとお父さんの関係は悪くなかったはずです。だけどお父さんは素直になれない性格で したからね。母もそうなので、歯車が狂ってしまい……。結局は愛情確認ができない家族でした。そういうのも父がああなった原因のひとつなのかな」
月緒の考察だ。
祖父は経済的にも余裕があり、実家も豪邸だった。それでもお金がなくなった父は実家の敷居をまたぐことができなかった。
親への反抗心。男としての誇り。さまざまなものが父の胸には去来したであろう。結局、父は実家近くでの死しか選べなかった。
警察での検死の後、葬儀となる。葬儀の日も月緒は風俗店に出勤していた。
実は、失踪した3月から毎日14時過ぎに実家に無言電話がかかっていた。かけていたのは、きっと父だったのだろう。
「若いときはお父さんのに衝撃を受けて、悲しいときもありました。でも『生きるも 死ぬ死ぬも個人の自由』なんで、お父さんはたまたまそれを選んだだけです。その悲しみも、体を使って現金に変えました)。お金があれば大丈夫です」
軽口をたたくが、父が選んだ死は20代の月緒に暗い影を落としたことは間違いない。
(第2回に続く)
【著者プロフィール】松本祐貴(まつもと・ゆうき)1977年、大阪府生まれ。雑誌記者、出版社勤務を経て、フリー編集者&ライターに。人物インタビュー、ルポ、医療など幅広いジャンルで執筆・編集を手がける。近年は失踪や孤立といった社会的テーマに注力。著書に『泥酔夫婦 世界一周』(オークラ出版)、『DIY葬儀ハンドブック』(駒草出版)などブックライターとしても多数の作品に関わる。趣味は旅とワイン。

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