今年度のクマによる死者が、過去最悪の2人に達している秋田県。事態を重く見た秋田県の鈴木健太知事は、10月27日、防衛省に対して自衛隊の派遣を要望した。現地でクマ問題に携わり続けてきた秋田県議会議員の住谷達氏に話を聞いた。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第2回)
【写真】山道で絶対遭遇したくない、人と目が合った時のツキノワグマの鋭すぎる視線
――家の近くにクマが出没している住民は、どのような気持ちを抱いているのでしょうか。
住谷:住民のみなさんは非常にクマを恐れています。というのも、いつ自分の周りに出るのか、わからないためです。大きな影響が出ているのは子どもたちの登下校です。多くの学校で、「子どもを車で送迎してください」と保護者に連絡がいっています。
朝に散歩する習慣があったのに、襲われると怖いからと、散歩をやめている人もいます。買い物にも行けなくてどうしようと言っている方もいます。私は秋田県で49年間生きてきましたが、こんなに市街地にクマが出た話なんて、今まで聞いたことがないですよ。それほどの異常事態です。
――クマの出没に伴う秋田県の経済への打撃も深刻です。ネット上では秋田県への旅行の予定をキャンセルした、という人がいました。
住谷:今は紅葉シーズンで、本来であれば秋田県内の観光地は繁忙期、書き入れ時なのですが、クマの影響で例年より観光客が少ないと聞きます。湯沢市の中心部の、クマの立てこもりがあった家の近隣の居酒屋や飲食店も、営業を自粛せざるを得ませんでした。
こういったダメージは各地で出ています。湯沢市では一連の事件を機に、様々な施設で自動ドアを手動にするなどの対策に追われています。
――農業への被害はどうなのでしょうか。
住谷:農作物への被害も出ています。現在、秋田県内はリンゴの収穫時期なのですが、木に登ってクマが実を食べてしまった例があります。ちょうど先ほど、湯沢市のリンゴ農家さんから、「罠をしかけているのに食害があった」と聞いたばかりです。
ところで、農家さん曰く「クマは味にうるさい」のだそうです。味が良いものしか食べない傾向があるのだとか。おいしいリンゴは、芯までちゃんと食べるんだそうです。
――人的被害がクローズアップされがちですが、農業は秋田県の重要な産業ですから、様々な面で深刻ですね。クマを殺すことに反対で愛護を求める人たちからの、行政へのクレームや抗議は今もあるのでしょうか。
住谷:今もあるようです。自治体の判断で市街地に出没したクマに発砲する緊急銃猟を、横手市と仙北市で行いましたが、駆除した後に苦情の電話が市役所に殺到したと聞いています。
やはり、いまだにそういった行き過ぎた動物愛護の考えをもつ方から、自治体にクレームがあります。ネットを見ていると、秋田県内に住んでいない方が、先鋭化した発言をすする例が散見されます。
――佐竹敬久前知事が抗議電話に対して「お前のところにクマ送る」と、強いメッセージを発信したのは印象深かったです。現在も、ネットでは話題になっています。
住谷:私は、佐竹前知事のメッセージは意義があったと思うのですが、それでも県庁には抗議の電話がくるようで、現場の職員が疲弊しています。今回、鈴木知事が自衛隊に要請を出したのも、現場の疲弊が深刻なためでもあります。
確かに、クマにはかわいいというイメージがあります。しかしながら、実際に被害を受けた方の話を聞いたり、傷跡を見ると、本当に悲惨だと思いますし、自然の怖さを実感します。クレームの電話をする方は、こうした被害が出ている現実を受け止めてほしいと思います。
――クマとの共存、共生に向けてどうするべきなのでしょうか。
住谷:里山、いわゆる中山間地域の人口が減少して荒れ地になり、手入れが行き届かなくなっていることも、クマの生息域が拡大している原因といわれます。そういったところに手を入れながら、人間とクマの生息域の境界や、緩衝地帯を作るべきだと思います。
そもそもクマの頭数が増えすぎているといわれます。今年はカメラトラップを使って頭数を把握するといいますが、2020年に調査したときには、全県で2800~6000頭くらいだろうと考えられていました。現在は確実にそれ以上いるはずなので、今後、適正な頭数に管理していかないといけないと思いますね。
――ありがとうございます。私も秋田県出身ですが、クマだけでなく、良いところがたくさんあるので、観光にはいらしてほしいですね。
住谷:おっしゃるとおりで、秋田県はいいところです。自然や食べ物、伝統芸能など素晴らしい文化があるので、ぜひとも旅行にいらしてほしいと願っています。
第1回【「クマ除けスプレーにも怯むことなく襲い掛かってきた」…秋田県では過去最悪の「死者2人」 地元県議が明かす「クマによる人身被害」の息を呑む実態】では、クマによる被害が多発する秋田県の現状について、地元でクマ対策に携わる秋田県議会議員の住谷達氏に話を伺っている。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部