不動産の相続手続きを終えないまま相続人の死が重っていき、糸がもつれるように解決困難となってしまった、あるきょうだいの相続トラブル。残された高齢の姉は、すべてを相続放棄することもできず大変な局面に立たされますが――。多数の相続問題の解決の実績を持つ司法書士の近藤崇氏が、実際にあった事例から、現代の日本に潜む「孤独死」「貧困」「相続トラブル」について読み解いていきます。
【これまでの経緯】自宅マンションにひとり住まいしていた兄が孤独死した問題で、司法書士である筆者のもとに相談に訪れた、鈴木大輔さん(仮名・65歳)とその姉、千恵さん(仮名・70歳)。大輔さんの亡き兄・洋介さん(仮名・享年68歳)所有のマンションは、兄嫁の雪乃さん(仮名)のとの共有名義だと明らかになりますが、その兄嫁もすでに10年前に亡くなっていました。亡き兄夫婦には子どもがいませんが、戸籍謄本を見ると、兄嫁の相続人として「半血のきょうだい」が5人もいることが判明します。筆者は多難な展開が予想される相続手続きを前に頭を抱えますが、相談者からは「ここに暮らしていいか?」という、斜め上を行く衝撃発言が…。結局、筆者にはそれ以上の相続関連の調査も、実際の相続手続きも依頼されることなく、相談は立ち消えに。そのまま5年の月日が経過していきました。(参照記事:『自宅マンションで孤独死した高齢男性…遺族からの「マンション処分の相談」に司法書士が立ち尽くした理由』)
【これまでの経緯】
自宅マンションにひとり住まいしていた兄が孤独死した問題で、司法書士である筆者のもとに相談に訪れた、鈴木大輔さん(仮名・65歳)とその姉、千恵さん(仮名・70歳)。
大輔さんの亡き兄・洋介さん(仮名・享年68歳)所有のマンションは、兄嫁の雪乃さん(仮名)のとの共有名義だと明らかになりますが、その兄嫁もすでに10年前に亡くなっていました。亡き兄夫婦には子どもがいませんが、戸籍謄本を見ると、兄嫁の相続人として「半血のきょうだい」が5人もいることが判明します。
筆者は多難な展開が予想される相続手続きを前に頭を抱えますが、相談者からは「ここに暮らしていいか?」という、斜め上を行く衝撃発言が…。
結局、筆者にはそれ以上の相続関連の調査も、実際の相続手続きも依頼されることなく、相談は立ち消えに。そのまま5年の月日が経過していきました。
(参照記事:『自宅マンションで孤独死した高齢男性…遺族からの「マンション処分の相談」に司法書士が立ち尽くした理由』)
それから5年経過したある日、かつての相談者のひとりである鈴木大輔さんの姉の千恵さんから、筆者の事務所に電話が入りました。
「弟の大輔が、例のマンションの室内で亡くなった状態で発見されました」
管理費や修繕積立金などの未納が続いたうえ、大輔さんと連絡が取れなかったため、管理会社が警察の立会のもとに家のなかに立ち入ったところ、室内で亡くなった大輔さんを発見したというのです。大輔さんも、死後かなりの時間が経過していました。大輔さんは、亡き兄と同じ場所で、同じ亡くなり方をしてしまったのです。
千恵さんは、5年前の相談で連絡先を交換した筆者のところへ電話をかけてきてくれたのでした。しかし、千恵さんは北陸地方在住なうえ、高齢で体が悪く、横浜市にある筆者の事務所まで足を運ぶことができません。
「私の元に、マンションの管理組合や管理会社から100万円弱の請求がきているんです!」
大輔さんの生前から、マンションの修繕積立金・管理費用などが滞納され、諸々100万円弱が未納となっているといいます。そのため、困り果てて筆者に連絡したのでした。
本来、マンションは所有者や居住者が変わる際に、変更届を管理組合に出すのが原則です。しかし、このマンションも老朽化、居住者の高齢化が進み、管理組合があまり機能していなかったかもしれません。
千恵さんに対して、できることはなんでしょうか?
今回亡くなった大輔さんについては相続放棄が検討できます。とりあえず相続放棄をしてしまえば、目先の100万円の滞納金からは逃れられるかもしれません。
しかし、千恵さんは5年前に亡くなったきょうだい・洋介さんの相続時に、死亡の事実や財産の状況を知りながら、相続放棄の申述を選択していません。通常なら、千恵さんによる、5年前に亡くなった洋介さんの相続放棄の申述は、認められない可能性が高いでしょう。
この不動産の登記簿上の名義人は未だに、5年前に亡くなった洋介さんと、15年前に亡くなった洋介さんの妻の雪乃さんです。洋介さんの相続について、千恵さんの相続放棄の申述期限はとっくに過ぎています。
そのため、今回亡くなった大輔さんの相続放棄をして、目先の滞納金は逃れられたとしても、マンション自体の登記の義務や管理責任について、責任は負ったままになります。
一方で、マンションの管理組合としても未納金を回収できないので、問題の解決になりません。
その後、筆者は管理組合や管理会社からも連絡を頂き、相談を受けることになりました。
このケースを解決するには、熟慮期間内中に「兄嫁の相続人」を探すしかありません。
そこで筆者は、千恵さんと管理組合と双方から話を聞いた結果、とりあえず下記のように進めてみることにしました。
\薹辰気鵑呂泙此大輔さんについての「相続放棄の熟慮期間の延長」を申述する。
△修里△い澄管理組合の費用立替負担で、亡き洋介さんの妻、雪乃さんのきょうだいや甥姪を探す。
相続放棄の熟慮期間の延長は、相続の開始があったことを知ったときから3ヵ月内に相続の承認か相続放棄を決めることができない場合、家庭裁判所に申立てることにより、この3ヵ月の「熟慮期間」を延ばすことができます。
延長期間は稀に6ヵ月を認められることもありますが、筆者の事務所で申請を出したケースでは、裁判所としての判断は概ね3ヵ月のケースが多いように思います。
千恵さんのこの熟慮期間内に、15年以上前に亡くなった兄嫁の雪乃さんのきょうだいを探さなければなりません。
もちろん、連絡先がわかったところで、相続の手続きに協力してくれる保証はありません。しかし、問題の根本解決にはこの方法しかありません。筆者も最優先の案件として取り組みました。
結局、雪乃さんの相続人である半血のきょうだいは5人全員が亡くなっており、その子どもは合計13名でした。
速達などの郵便をやりとりして合計13名の相続人すべてと連絡が取れたのは、大輔さんが亡くなってから5ヵ月後です。そして、この13名全員が雪乃さんと会ったことはなく、亡くなったことも知りませんでした。そもそも叔母にあたる雪乃さんの存在すら知らない方もいました。
今回は奇跡的に、13名全員が相続の手続きや相続放棄の手続きに協力してくれたため、不動産の名義は下記のように登記をすることができました。
洋介・雪乃夫婦の共有
↓
亡 洋介単有(雪乃さん持分の移転)
↓
千恵と亡 大輔共有(法定相続分での登記)
↓
千恵単有(大輔さんの持分移転)
今回、この登記ができたのは、本当に奇跡としかいえません。この後、千恵さんは不動産を売却し、大輔さんの管理組合への未納金や今回の手続き費用の支払いを完了することができました。
今回の反省点はなんだったのでしょうか。
やはり洋介さんと雪乃さんの夫婦に、遺言がなかった点が問題の端緒であるでしょう。類似の案件を日常的に抱えている身としては「子どものいない夫婦で不動産がある場合、遺言書なしは無謀」としかいえません。
このような話をするたびに「自宅マンションしか財産がないのに遺言なんて大げさ」「公証役場なんて金持ちの行くところ」などの反応を受けます。
司法書士だろうが弁護士だろうが税理士だろうが、専門家で自筆証書遺言のほうを積極的に勧める者はいないはずです。
しかし、どうしてもお金を掛けたくないのなら、自筆証書遺言でもいいので残しておくべきでした。
今回のケースでは、洋介さん・雪乃さんの夫婦の双方が「全財産を妻(夫)に相続させる」の自筆記載と「日付・署名・押印」さえあれば、少なくともここまでの手間はかかりませんでした。残された十数人の遺族、および管理組合など大勢の人が、ここまで振り回されることもなかったでしょう。
最近は子どものいない夫婦も増え、マンションなどの購入の際に夫婦のペアローンでの住宅ローンを組む方も多くみられます。ローンを返している現役世代には、今回の話は遠い遠い未来のことに感じるかもしれません。
しかし、すべての人にいつの日か確実に訪れる「死」という局面に対し、最低限のリスク管理としての遺言の用意は必須です。
これらについて、元気なうちに夫婦で話し合ってみることが大切だと、改めて考えさせられる事案となりました。
*本件は個人情報保護のため、内容は一部改変を加えております。
近藤 崇司法書士法人近藤事務所 代表司法書士