ラーメン「魁力屋」“卵キャッチボール”動画拡散 バイト従業員に運営元「法的措置」示唆…“悪ノリ”の重すぎる代償とは【弁護士解説】

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京都発、こってりスープの醤油ラーメンで人気のチェーン「京都北白川ラーメン魁力(かいりき)屋」堺新金岡店(大阪府堺市)の厨房で、閉店後にアルバイト従業員2人が廃棄間際の食材である卵をキャッチボールする様子を撮影した動画が、SNSに投稿され、拡散された。
この件を受け、魁力屋の運営元である株式会社魁力屋(京都市中京区)は14日、公式サイトで、上記事実が確認されたことを公表するとともに、謝罪を行った。事実関係の詳細な調査を進めており、「法的措置も視野に入れ、厳格に対応する」とした。
また、翌15日には「第二報」として社内調査の進捗と再発防止策の報告を行った。関与したアルバイト従業員らを10月14日付で懲戒解雇処分とし、本件行為について所轄警察署に相談するとともに、損害賠償請求等も準備するという。
アルバイト従業員らは魁力屋に対し、どのような法的責任を負うのか。損害賠償事件の対応が多く、自身も東京・豊島区目白の某有名店に足く通うラーメン愛好家でもある荒川香遥弁護士に聞いた。
魁力屋はアルバイト従業員に対し、どのような種類の法的責任を追及することが考えられるのか。また、その場合にポイントとなるのはどのようなことか。
荒川弁護士:「まず、アルバイト従業員は、閉店後も片付けや清掃、次の日の仕込みや準備等を行わなければならないのが通常ですので、それを行わず、廃棄すべき食品で遊んでいた時点で、雇用契約上の債務不履行にあたります(民法623条、415条参照)。
また、アルバイト従業員は職務を誠実に遂行することが求められるので、その債務の不履行、または不法行為(同709条)にあたります。いずれにしても、魁力屋に対する損害賠償責任が発生することになります。
その際、問題となるのは、「損害賠償の範囲」、つまり魁力屋がこうむった損害のうち、どこまでが損害賠償の対象となるかです。
この点については、まず、『その行為がなければその損害は発生しなかった』という事実的な因果関係(条件関係)があるだけでは足りません。それを前提に、さらに、社会通念上、その行為から『通常発生すべき損害』といえるかどうかが問題となります」
そこで以下、本件において魁力屋が被ったと想定される具体的な損害項目について、「通常発生すべき損害」として認められるか(○)、認められないか()、判断が留保されるか(△)、一つひとつ検討する。
まず、魁力屋の発表によれば、本件について社内調査を行ったとのことであり、かつ、アルバイト従業員本人に対する事情聴取など、事実関係の詳細な調査を進めているという。
この点ついて、本件の調査等の対応にあたった従業員の人件費はどうか。荒川弁護士によれば、基本的には、「通常発生すべき損害」にあたると考えられるという。
荒川弁護士:「もし、従業員が本来の担当業務とは別に対応を行わなければならなかったのであれば、バイトテロ行為から『通常発生すべき損害』にあたり得ます。なぜなら、その場合は、通常業務に充てるべき時間が奪われたことになるからです」
会社の中に、「管理部」等の内部調査を担当する部署が存在し、その部署が業務の一環として調査等にあたった場合はどうか。本来の業務の範囲内なので、『通常発生すべき損害』にはあたらないのではないか。
荒川弁護士:「本件は、アルバイト従業員が故意に明白な雇用契約違反行為ないしは不法行為を犯したというものです。
したがって、『管理部』等の部署が存在したとしても、なお、その本来の業務の一環として評価し尽くせない過大な負担が生じたといえ、バイトテロ行為から『通常発生すべき損害』と評価し得ると考えられます」
では、今回の件が魁力屋のイメージダウンにつながり、売上が減少した場合はどうか。荒川弁護士は、「損害賠償の対象となる可能性がある」と述べる。
荒川弁護士:「同種の『バイトテロ』は数年前から相次いでおり、その影響で、昨今では、店側がバイトテロの被害者であり、同情に値するとの風潮が強くなっています。事実、今回の件について、SNS等で、魁力屋の衛生管理体制の不備等を非難する投稿はあまり見受けられません。
しかし、店側に落ち度がなくても、そのような事件が発生するだけで、人々のネタにされ、記憶に残り、マイナスのイメージが発生してしまいます。
たとえば、数年前に、某回転寿司チェーンの店で、少年がレーン上の寿司や備え付けの醤油さしを舐めるなどした動画が拡散され炎上する事件が起き、そのチェーン名と結び付けて語られることにより、ブランドイメージが大きく毀損されました。
したがって、そのようなイメージダウンについては、『通常発生すべき損害』と評価され、多額の金銭的賠償が認められることになり得ます。また、現実に売上が減少したとなれば、なおさらその点についても責任が問われるべきです」
ただし、売上の減少については、「通常発生すべき損害」にあたることの証明は決して容易ではないと指摘する。
荒川弁護士:「まず、前述のように、最近はバイトテロが起きた店はむしろ同情される風潮が強くなっています。直ちに売上減少には結びつくとはいえないと考えられます。
また、魁力屋では9月10日にも茨城県水戸市内の店舗で食器洗浄用のクエン酸がラーメンに混入する事故が発生しており、その件が売上にマイナスの影響を与える可能性も否定できません。
したがって、少なくとも、動画がSNS上で拡散された後の売上とそれ以前の売上とを比べ、顕著に売上が減少した事実が確認される必要があります。加えて、例年の月ごとの売上の推移とも比較する必要があるでしょう。
特に、今年の10月はあらゆるものの値上げが相次ぎ、消費者の財布のヒモが固くなっているタイミングですので、他店舗との比較だけでなく、同業他社の売上の推移との比較も行う必要があるかもしれません」
魁力屋は、以下の通り、本件を受けて再発防止策に取り組む姿勢を示している。
「今回の事態を厳粛に受け止め、二度とこのような事態を発生させないよう、直ちに再発防止策の策定に着手いたします」
「従業員のコンプライアンス教育のあり方を根本から見直し、全社を挙げて信頼回復に努めてまいる所存です」
再発防止策や、コンプライアンス教育の改善策を策定するのにかかる費用は、損害賠償の範囲に含まれるか。
荒川弁護士は、「今回の事件がきっかけで発生する費用であることは明らか」としつつも、損害賠償の対象とならないと説明する。
荒川弁護士:「再発防止策は、本件によって発生した損害というより、会社が運営する店舗の衛生管理をさらに強化するためのものです。
衛生管理の体制を整えることは本来的な業務の一環であり、本件のようなバイトテロの事件はあくまでもきっかけとなった出来事にすぎないと考えられます。
したがって、『通常発生すべき損害』にあたるとは評価し難いといわざるを得ません」
今回の件に関わったアルバイト従業員らは軽い悪ふざけ、遊びのつもりで行ったのかもしれない。しかし、ここまで検討してきた通り、現実には「バイトテロ」には民事上、重い法的責任が生じ得る。
また、本件では詳しく触れなかったが、刑法上も「信用毀損罪」(刑法233条前段、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)、「威力業務妨害罪」(同234条、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)として処罰される可能性がある。なお、事情によっては「器物損壊罪」(同261条、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料)にも問われ得る。
さらに、一部始終を録画した動画が拡散すればそれらを消去することは事実上無理であり、「デジタルタトゥー」になり、人生を棒に振る可能性も否定できない。
そうであるにもかかわらず、バイトテロの炎上が繰り返されてきた理由としては、当人らが、実行した場合に生じる不利益が明確にイメージできていない可能性が考えられる。
企業側には「再発防止策」の一環として、逸脱行為を行った場合に問われることになる法的責任や不利益の具体的内容の詳細にも踏み込んだ従業員教育までが、求められているのかもしれない。

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