閉幕までわずかとなった大阪・関西万博。連日、一日の入場者数が20万人を超える超混雑ぶりが報じられている。そんな中、ガチ勢と呼ばれる万博マニアたちは、人気パビリオンに入るため、日々苛烈な予約争奪戦を繰り広げている。開幕以来、万博会場を訪れること19回。ガチ勢のひとりであるライターがエスカレートの一途をたどる彼らの争奪戦を現場からレポートする。
【前後編の前編】【西牟田靖/ノンフィクション作家】
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【写真を見る】警備員を無視して…「万博名物」となったAM5時の「夢洲ダッシュ」
大阪・関西万博の東ゲート前広場にやってきた。時刻は午前5時5分。開場までまだ4時間近くもある。まだ誰も来ていないのではないか。そう思いきや、目の前にはすでに30人弱(一列3人の列が10列)の列ができていた。持参した簡易椅子に座り、スマホを眺めたり、周りの人と情報交換をしたりしながら開場を待った。
万博会場のある夢洲。この東ゲートに地下鉄中央線の始発が到着するのは5時39分。反対側の西ゲートには予約制のバスも着くが、始発の到着は6時40-45分だ。隣の舞洲や咲洲とは橋やトンネルでつながっているものの、一般車両は駐停車禁止。また、タクシーが乗り入れできるのは西ゲートそばの指定の乗降場のみ。しかもそこは朝6時半(取材当時。10月からは5時)にならないと乗客は下車することができない。いったいどうやってここまでやってきたのか。
「隣の島(舞洲)までチャリ(自転車)で来て駐輪場に停めて、30分かけて歩いて橋(夢舞大橋)を渡ってきました」(関西の大学に通う男子学生)
「舞洲の駐車場に停めて橋を歩いてきました」(愛知県から来た50代夫婦)
「終電がなくなる頃に大阪駅を出て、コーヒーを飲みながら休み休み歩いてきました」(別の大学生)
大阪駅からは約13キロ。休まずまっすぐ歩いて3時間の距離だ。最前列の人は徹底している。毎日終電でやってきて野宿。午前中過ごして、昼に一度帰宅して休んで終電でまたやってくるというのだ。
しばらくすると、すぐ横にある地下鉄中央線夢洲駅から地上へ出る階段・エスカレーター付近に、バタバタという音が地鳴りのように響くようになる。時間は5時39分。始発が来たのだった。その地鳴りの音は一分後、地上でも響き渡った。
その刹那、世界陸上の100メートル走のように軽快な走りを見せる集団が姿を現した。屈強な男性が走り抜けたかと思うと、リュックを背負った男性が数メートル後に連なった。そして、そこからは4分ほど走り抜ける人の波が続くのであった。
「危ないですので走らないでください!」
「子供に見本を見せてください!」
警備員が叫んでいるが、走っている人たちは全然聞いていない。他の乗客を出し抜いて、いち早く列の最後尾に並ぼうと必死の姿を見せていた。
あまりのことに、9月22日からは運用が変更。ダッシュしないように警備員が誘導、駅改札から東ゲートの列最後尾まで、歩いての移動が義務づけられるようになった。
なぜ彼らはここまでやるのか。早く来れば来るほど、入館困難な人気パビリオンの予約が容易に行えるからだ。
「並ばない万博」を謳った大阪・関西万博。パビリオンやイベントはネット予約が基本となった。それでも、朝早く来た者が得をするという原則は、従来と変わらない。
IDと紐付いたQRコードをゲートで読み取らせ入場すれば、場内5カ所に点在する当日予約端末での予約が即可能になる。また入場後、10分以内にスマートフォンでの予約も可能になる。早く入場すればするほど、入場者はすくない。そのため当日予約可能なパビリオンやイベントが選び放題なのだ。
入場開始時間から5分以内で当日予約枠が埋まるという最難関パビリオンのひとつ、モンスターハンターブリッジも選べるし、最長で8時間待ちというイタリア館にも即入れたりする。2ヶ月前抽選、7日前抽選などで予約を勝ち取る方法もあるが、蓄積したノウハウと行動力次第、つまり自分の力で予約を勝ち取るには、早朝に来ることが最短距離となるのだ。
東ゲート前広場では、朝7時になると保安検査場への大移動が始まる。3列に並んで整然と進んでいく。出し抜いて列を乱す者は誰もいない。それどころか保安検査場前の一番端のレーンでは入場者が声をかけあって、効率的に並ぼうとする動きができていた。ひとつのレーンには左右一つずつ保安検査用の機械がある。
「それぞれの検査機に、ひとりずつ並んでください。そうすればスムーズです」
誰からともなく声を掛け合っていた。9時前から行われる保安検査。横入りがなければ、一人ずつ、争うことがなく、スムーズな入場ができるのだ。
ところがだ。数分後、そこに60ぐらいの小柄で頑固そうなオバチャンがやってきて左右二列縦隊の間を進み、最前列にどんと割り込んだ。
すると、私の周りにいた常連たちがそのオバチャンを注意し始めた。
「ここの列は2列で並んでるんです。そこに並ばんと後ろに並んでください」
「そうやそうや。後ろ並んでや!」
ところがそこは大阪のオバチャン。簡単には引き下がらない。
「私もね、予約取るために朝早く起きてやってきたんや。今さら引き下がられへんで!」
そういって居座ってしまった。
保安検査が始まった午前8時53分、二列に並んだ人たちは団結してオバチャンを排除した。
「あんた後ろ並べ。少なくとも5人ぐらいは後ろに並べ」
と言って、皆で協力して強引に後ろへ並ばせたのだ。
【後編】では、もうひとつの会場への入り口・西ゲートでの予約争奪戦の異様な実態と、当選倍率100倍とも言われる最難関パビリオンについて詳述する。
西牟田靖(にしむたやすし)ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『わが子に会えない』、『子どもを連れて、逃げました。』など。
デイリー新潮編集部