2020年6月に兵庫県宝塚市の住宅において男がボーガン(クロスボウ)を撃ち、自らの母、祖母、弟の3人を殺害し、家に訪れた叔母1人にも重傷を負わせた事件。殺人と殺人未遂の罪に問われた野津英滉被告(28)の裁判員裁判の第2回公判が9月30日、神戸地裁(松田道別裁判長)で開かれた。
【写真】逮捕された22歳当時、送検される野津被告。凶器に用いられたクロスボウ
第1回公判では、事件当時、祖母、被告人、弟の3人と住んでいた被告が、複雑な家庭環境から不満を募らせ、将来の展望を失い「死刑になるために」殺人に至ったなどと、身勝手すぎる動機が明らかにされた。第2回公判では、矢で射抜かれながらも唯一生き残った叔母が証言。そこでは、凄惨な犯行現場の様子が明らかになった。裁判ライターの普通氏がレポートする。【全3回の第1回】
事件の被害者で、唯一生き残った被告の叔母の供述調書が読み上げられる。一般の裁判員に対して、表現をそのままにしているので留意するよう伝えられた。事件の衝撃性、リアルすぎる内容が予想され、法廷に少し緊張感が走った。以下は叔母目線でみた事件当日の様子だが、人物の表記は被告人からみた関係性として、祖母、母、叔母、弟と表記する。
当時、現場となった家には、祖母、被告人、弟の3人が住んでいた。叔母は現場の宝塚市に隣接する西宮市に住んでおり、事件当日の朝、被告の家に自転車で向かっていた。訪問の予定は伝えていなかったが、当日の朝に電話したのに出なかったことが気になっていた。
自転車で走っていると、被告人から「今どこじゃ?」と電話が来た。あと10分ほどで到着する旨を伝えたが、なぜこのタイミングで連絡が来たのかと疑問に思った。
午前9時10分ごろ、玄関扉を開けて中に入った。自転車のヘルメットをかぶったままだった。
まず洗面台に向かった。そこには弟がうつ伏せで倒れていて、矢のようなものが刺さっていた。しかし、まさか本物とも思わず、イタズラだと思った。次にリビングに行き、祖母を探す声をあげるも反応はなかった。リビングを出ると階段のところで被告人が座って、自分に何かを向けていたが、おもちゃと思い、気にせず洗面台に向かう。
そこにはまだ弟が倒れていて、腕に血がびっしりついていることに気付く。自分の血の気が引いたことに気付き、弟の名前を呼びながら揺さぶった。
すると首の後ろにドスンという衝撃があった。痛みというより、何かが首の後ろに来たという感じだったという。振り返ると被告人が立っていた。衝撃があったところに手を当てると長い棒状のものが刺さっていた。
被告人の「ヘルメットを外せ」の言葉に、何も考えず外そうとする。すると弟の身体がピクリと反応したことで我に返った。被告人に必死に命乞いをした。被告人に気付かれないよう通報しようと携帯を操作したが、バレて取られてしまう。
「お前は助けたる」、「後で救急車呼んだるから黙っとけ」、「ごめん、ヘルメットつけてたから一発で殺せなかった」などと被告人に言われた。その後、被告人は2階に上がり何か作業をしていた。
外に逃げようとしたが、見つかった。「アイツ終わったら救急車呼んだるから動くな」と言われた。アイツとは、母のことだと思った。きっと被告人は母のことも撃つのだろうと思ったが、混乱してどうすべきかわからなかった。
その後玄関が開いた。わずか10秒ほどで、ドスンと何かが床に倒れる音がした。被告人は倒れた足を持ち、リビングに引きずっていき、そこで矢が刺さった母を見た。
母の口から空気が漏れた音がした。まだ生きているならば何とかしなければと思った。自分も首を撃たれていたが、不思議と痛みを感じた記憶はなく、母と弟を助けたい思いで意識を保っていた。
母をリビングに連れて行くと、被告人はまた2階に上がっていった。逃げるなら今しかないと思い、ふと洗面台の鏡を見たら首に刺さった矢が貫通しているのを見た。手が動くことを確認して、靴も履かずに逃げて近所の人に助けを求めた。
叔母は通院治療に最低3か月は必要とされる環椎骨折を負いながらも、命を繋ぎとめた。
事件当日の様子が読み上げられたのは公判開始からわずか15分ほどだったが、あまりにも非現実的な内容に傍聴席も息を飲んだ。
引き続いて、一家の生活状況について、叔母の供述調書が読まれる。
原因について考えるがはっきりとは分からない。しかし、被告人には積もり積もったものがあるのだと思う、という所感を持っているようだ。
被告人と弟は、それぞれに障害があった。母は2人が幼いころに離婚して、叔母も協力はしていたが基本は1人で育てていた。それでも、叔母は母に対し、「親として足りない部分がある」と感じていたという。
被告人と弟は母親に暴力を振るうようになり、被告人が祖母の家に住むことになって、母と弟は2人暮らしに。その後も弟は母に暴力を振るい続け、母は一時的にシェルターで生活するようになるなど、生活環境は変化していた。
被告人は口が悪く、すぐ「殺すぞ」と言ったり、感情が爆発したりすることもあったが、被告人だけでなく母にも悪い部分がある。母はたまに会う被告人に対し、上から目線で注意をしていたことがあったという。
被告人は弁護士の横に座り、ずっと首を下に向けているため表情などはわからない。意図的にでなく、首が曲がってしまっていることが傍聴席からもわかる。
被告人は今年になって、2度叔母の家を訪問したことがあるという。
1度目は玄関で「印鑑押してくれ」と言われた。書類を出すように伝えると、「(書類を)家に忘れた」と言い帰っていった。2度目も同じ用件で、今度は「書類に印鑑押すところがない」と伝えると、そのまま帰っていった。
この供述調書を聞き、どういった意図のものだろうと不思議に思った。しかし、その後の話に身震いする。
被告人はそのとき、三角形のケースを持っていた。叔母は楽器かと思い、何かと尋ねると、被告人は「これから大事になるものじゃ」と答えて帰っていったという。
これが事件で使われたクロスボウであった。この後、弁護側が読み上げた被告人の陳述内容によって、被告人が抱いていた一家への恨みや、殺人の様子が明らかになった–第2回記事で詳報する。
(第2回に続く)
◆取材・文/普通(裁判ライター)