アンフェアだな、というのが率直な印象だった。6月10日に配信されたABEMA Primeのクルド人問題を取り上げた討論番組のことだ。
埼玉県川口市のクルド人問題について議論する番組のMCはタレントの田村淳さん。それ以外のスタジオ出演者は、高木功介・埼玉県議、奥富精一・川口市議、長谷川ミラさん(モデル/ラジオナビゲーター)、パックン(お笑い芸人)、呂布カルマさん(ラッパー)、仁科健吾さん(テレビ朝日アナウンサー)。
【衝撃の写真】 “荷物乗せすぎ”のクルド人のトラック
番組は今でも視聴可能なので詳細はここでは省く。
アンフェアだと感じたのは、高木さんや奥富さんのこれまでの取り組みへの理解はほとんど示さず、あたかもクルド人を理由なく排除している人たちのように扱っている点だった。田村さん、長谷川さん、パックンにその傾向は顕著で、しきりに「なぜ対話の姿勢を示さないのか」と責めながら、議員らへの批判を繰り返す。(クルド人も含む)市民との対話の姿勢が足りない、と説教めいた発言まで飛び出していた。
それを中立な立場のはずの仁科アナウンサーも後押ししていた。番組全体として、彼ら議員に後進的な政治家であるという印象をつけようとしているな、というのが率直な感想だ。 昨年来、川口市のウイークリーマンションを拠点にしてクルド人問題を取材し、『おどろきの「クルド人問題」』という本を書いた。番組に出演した奥富市議にも長時間話を伺っている。
奥富市議の話を聞いて感じたのは、最初から外国人、クルド人を排除しようなどという考えは持っていなかったということ。地元住民の声を聞いて、何らかの対応をしなければならないというのは当然のことだろう。
その危機感がよくわかるのが、奥富市議の市議会での発言だ。いくつかピックアップしてみよう。 「まずは、不正改造車による危険運転行為です。マフラーを改造し、狭隘な道路をものすごいスピードで煽り運転をしながら爆走しております。近くにお年寄りがいようと、子どもがいようと、おかまいなしの傍若無人ぶりです。このことは同様に、赤芝新田地域のヤードに出入りするトラックなどの運転でも、苦情、相談を多くいただいております。さらに、物損や接触事故の被害にあったかた、地域のかたたちの話を聞くと、不良行為を働く外国人は、無免許、無保険、他人名義も多く、警察は取り合わず、被害者の保険で対応していることが常態化しているようです」
「私の周辺でも、暴力事件の被害にあったかたもいますし、女性が夜恐くて、一人歩きできないとの声も聞きます。このような行為により恐ろしい思いをしているのは、地域住民だけでなく、同じく中東系住民も、一部不良行為の外国人のために、同一視されてしまい、差別や偏見を助長する事態となっています」
ここで注目すべきは、奥富市議は「外国人全般」を決して問題視していないという点だ。不良行為をする外国人のために、善良な外国人もまた迷惑を受けていると述べている。差別主義者だとは思えない。
実際、彼の公約には「外国人問題と向き合う」「地域住民と善良外国人を守る」とあった。こうしたことを番組はあえて無視するような作りになっていた。あたかも奥富市議が排外主義者であるようなコメントをタレントたちは次々に口にしていた。
筆者のインタビューにおいて、奥富市議は次のように答えていた(以下、『おどろきの「クルド人問題」』より)。
「まず、国も埼玉県警も、外国人の出入国から交通法規まで、既存の法律の遵守を徹底してほしい。正規の手続きを経て日本に入ってくるクルド人とは共生の道を探りたい。不法滞在しているクルド人は母国に帰っていただきたい。そして起訴するべき事案は起訴する。罰するべき者は罰する。そういうことです」 「私がこういう発言をすると、クルド人にもいいやつはいます、と言うかたたちもいる。クルド人経営の会社に発注したり、雇用したりしていて、彼らによって助かっていることもあるのでしょう。日本人に善人と悪人がいるのと同じように、クルド人にも善人と悪人はいる。それは私も十分に承知しています。でも、私は人柄の件を議論しているわけではありません。日本で生活する限り、外国人もこの国の法律やルールやマナーをきちんと守っていただきたい。それができないならば、自分の国に帰っていただきたい。シンプルにそう言っているわけです」
もちろん粘り強く対話する姿勢が政治家に求められるのは言うまでもない。しかし、奥富市議が次のような体験をしたことを田村さんらはどこまで知っているのだろう。
2017年には、市議の長男がクルド人にガス銃で撃たれた。ガス銃とは、低圧ガスの威力でプラスティック製の弾丸を飛ばす銃。殺傷能力はないが、命中した場所によっては危険だ。当時、市議の息子は中学1年生。撃ったクルド人は19歳。大人が子どもをねらったことになる。
市議自身は「夜道を歩けなくしてやる」と電話で脅迫を受けたこともある。 彼の自宅周辺にはクルド人が多く住んでいるという。
「頻繁にすれ違うので、立ち話をすることもあります。彼らは親し気に話しかけてきますが、同じ日にネットで攻撃もしてきます」
特徴のあるブロークンな日本語なので、誰が書いたかすぐわかる。妙に無邪気で、問い質すと否定しない。
「ネットで僕の悪口を書いたでしょ?」
道ばたで奥富市議が聞くと否定しない。
「書いたよ」
けろっと言う。
「基本的には敵意を持たれています。あなた嫌い、と言われますから。この前はうちの玄関前に別のクルド人が嘔吐していきました」
話をきちんと聞けば、なぜ奥富市議らがこの問題について厳しい姿勢なのか、筆者にはよくわかった。その経緯を知らずに、あるいは知ろうとせずに番組は彼らを「頭が固くて市民との対話を拒む議員」のように扱っているように感じた。さんざん対話をしようとしてきた、ということは考慮されていない。
奥富市議が、こういう番組出演に慣れていない旨を語った際、田村さんは「慣れてくださいよ」と言い返していた。どこかバカにしているようにも見えた。タレントたちとの議論に慣れていないこと、スタジオの雰囲気にのまれてしまうことは、責められるべきことではないと思うのだが。
出演者の多くは都心に住み、この問題を切実に感じていない。
そういう人たちが当事者を上から目線で批判する構図に、短期間とはいえ住民として過ごして取材をしてきた筆者は強い違和感を抱かざるをえなかった。
関連記事(「お前、いじめられっ子やったやろ」発言で批判集中 「千原せいじ」が理解できない「クルド人問題」)では、この問題に関する現地住民とそれ以外の人たちとの「温度差」について詳しく解説している。
石神賢介(いしがみ・けんすけ)ライター。1962年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターに。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。著書に『57歳で婚活したらすごかった』(新潮新書)など。
デイリー新潮編集部