「ハッシー」の愛称で親しまれた元将棋プロ棋士の橋本崇載被告が2023年7月、元妻であるAさん、その父親であるBさんの2名に対する殺人未遂と住居侵入の疑いで逮捕された事件。裁判員裁判の初公判が9月22日、大津地裁にて行われた。
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橋本被告は2023年6月に、元妻・Aさんに対する名誉棄損罪で、執行猶予付きの有罪判決を受けていた。今回の殺人未遂事件はその判決宣告からおよそ1か月で起きた事件だった。
藤井聡太や羽生善治ともしのぎを削った個性派棋士は、なぜ変貌してしまったのか。Aさんとは2022年に離婚する際、長男の親権をめぐって揉めていたという──裁判ライターの普通氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
検察官の冒頭陳述に続き、弁護人による冒頭陳述が行われた。
「橋本被告が事件当時”心神喪失”または”心神耗弱”状態であった可能性がある」と主張している弁護人はまず、検察官による鑑定結果に対する疑義を示した。そして、弁護人が依頼した臨床心理士による診断と、尋問内容こそ信用にたると主張した。
そして、橋本被告の緊急逮捕手続書を作成した警察官・Cさんへの証人尋問が行われた。検察官が証人に対し、現場に着いた際の状況を確認していく。
Cさんは、Aさんによる「元夫がカマを持って押しかけて来た」という通報で現場に向かった。到着したときには、すでに近所の交番勤務の警察官など複数の警察官が到着していた。Aさんは現場の住宅からすでに避難しており、橋本被告とAさんの父であるBさんが別々の部屋に分けられていた。
証人のCさんが橋本被告を見たときは、うつ伏せで下を向いており、周辺には誰のかわからない血がついている状態であった。言葉は交わさなかった。先着した警察官によると、橋本被告の上にBさんが馬乗りになっている状態であったという。
先着の警察官がBさんから聞いた事件の経緯は、「起床後に家の掃き出し窓を開けたら、いきなり被告人がクワを持って襲ってきた。止めようとしたが、Aさんのいる2階に上がらり、襲いかかっていたので必死に止めた」というものだった。
橋本被告もケガをしていたため、救急車で搬送され、Cさんも病院へ臨場した。橋本被告は頭部打撲、擦過傷などと診断された。
その後、警察への任意同行の要請に対し回答せず、AやBの供述内容と状況が客観的に整合していることを理由とし、緊急逮捕に至ったと証言した。
弁護人は、Cさんに橋本被告の事件当時の様子について細かく聞いていく。先着した警察官が到着した際、Bさんが橋本被告に馬乗りになっていたことは前述の通りだ。
弁護人「橋本被告に抵抗する様子があったと聞いていますか?」 証人「それは聞いていません」
弁護人「橋本被告は警察官の呼びかけに応じていましたか?」証人「応じていない」
弁護人「意識がなかったのですか?」証人「それはわからないが、息をしていたのはわかった」
警察官が到着したときには、抵抗する様子が見られなかったことを主張する弁護人。凶器のクワも、部屋から離れた場所で発見されたという。
倒れていた橋本被告の下には、40cm×80cmほどの範囲で血が広がっていた。しかし橋本被告の意識は不明瞭で、橋本被告がどのように犯行に至ったのかはわからないという。
救急車が到着するまで、救命措置などは特に行わなかった。先着の警察官含め、声をかけての反応は呼吸と手先が動いていた程度であったが、「ちょっと動いていたので、生きているのは間違いない」という判断からだった。
緊急逮捕は病院で行われた。頭を縫合した橋本被告はベッドに座っていたものの、証人からの任意同行の求めに何も答えなかった。殺人未遂の疑いという事案の大きさと、医師からの聞き取りで健康状態に問題ないと判断し、緊急逮捕を決めた。
初公判の翌日には、被害者両名に対する尋問が行われた。被害者両名の証言は、この事件の背後にあると思われる人間関係のリアルさを垣間見せるものだった。今後くわしく報じる予定だ。
(了。前編から読む)
◆取材・文/普通(裁判ライター)