【奥窪 優木】【広陵高校・暴行事件】「加害生徒」が独占告白…!「SNS誹謗中傷への本音」と「被害者の親を刑事告訴した理由」

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部員による下級生への暴行事件が発覚し、SNSで学校や加害部員への批判が殺到。広島県代表の広陵高校が、今夏の甲子園で1回戦を勝利しながら、出場を途中辞退した。
それから約1ヵ月……暴行事件の“加害側”とされる一人の部員(以下、X君)が、被害者の親権者を含む複数の人物を名誉毀損容疑で刑事告訴するという異例の展開を見せている。
インターネット上では、「逆ギレかよ」「謝罪するどころか告訴とは」など、X君に対するバッシングが渦巻いている。
もちろん暴行は許されることではない。しかし、弁明や主張の機会を与えられず、SNS上で激しい誹謗中傷にあうのは、まさしく「ネットリンチ」ではないだろうか。
なぜ暴行事件を起こし、それについてどう感じているのか。そしてなぜ、刑事告訴という手段を取ったのか。X君の胸中を聞いた。
――まずは、野球を始めたきっかけを教えてください。
X君:野球好きの父の影響で始めました。小学校と中学校は地元の野球チームでプレーし、高校から地元を離れました。全国から精鋭が集まる広陵高校の野球部に入部したのは、野球選手として高みを目指したいと思ったからです。
子供の頃からプロ野球選手になることを夢見て野球を続けてきました。今のチームで甲子園に出場して優勝することは、そのためのステップだと思っていました。
――SNSで自身の個人情報や誹謗中傷が拡散されたことを知った際の心境を教えてください。
X君:自分を含め、チームメイトたちがSNSで誹謗中傷されていることについては、8月上旬に親から聞いて初めて知りました。広陵高校の野球部の寮では、夜9時から10時までだけスマートフォンを使うことができるので、親から聞いた後に私も(自身に関する誹謗中傷を)確認しました。
私や部員の個人情報とともに、「100発以上殴った」「性器を舐めろと強要した」などという、まったく事実ではない情報が拡散され、多くの人がそれを信じて私たちに怒りを向けていました。なぜこんな風に書かれるのかと本当にショックで、どうすればいいのかもわかりませんでした。なるべくSNSのことは考えないよう、野球に集中することだけを考えるようにしました。
――今年1月、X君が部内で下級生(以下、A君)に対し暴行事件を起こし、最終的にA君は転校という形になりました。なぜ、暴行を働いてしまったのか。経緯を聞かせてください。
X君:きっかけは、A君が部則で禁止されているカップ麺を寮で食べていたのを知ったことです。A君は、カップ麺以外にも、お菓子を複数回寮に持ち込むなどして食べていたようだったので、A君と偶然一対一で顔を合わせた際、「なんで食べたの?」と私が聞いたところ、「食べてしまいました」という答えが返ってきました。的を射ていない回答と反省の言葉がなかったことに、私は「何してんだよ」と淡々とした口調で言い、彼の肩を平手で軽く押してしまいました。このとき、A君が後ろに倒れるといったことは一切ありませんでした。
カップ麺やお菓子といったものは、体が資本のスポーツマンには相応しくないということもありますが、広陵野球部のモットーである「公平平等」とも関係があります。親や友人がたくさん差し入れをしてくれる部員はカップ麺などを食べることができる一方で、そうではない部員はあまり食べることができないという不平等が起こるので、差し入れが禁止されているのです。同様の理由から、現金についても、部員への直接の差し入れが禁止されており、寮監の管理のもと、一度に所持できる金額も制限されています。
ただその日は、寮の消灯時間である午後10時半が迫っていたので、カップ麺などの差し入れが禁止されている理由を説明して、A君とのやり取りはそこで終わりました。
しかし、A君が本当に反省したのか気になった私は、翌日の朝食後に彼を呼び出し、「昨日の件は反省したんか?」と一対一で聞いてみました。すると「反省しています、なんでも舐められます」と言うので、私はその場の雰囲気を和ませる意図のもと、冗談交じりで、「靴の裏舐めれるんか?」、「便器や○○(他の部員名)のチンコ舐められるくらい反省したんか?」と聞きました。
これは、あくまでもA君が「なんでも舐められます」と発言したことに対して、じゃあ靴の裏といったところまで舐めることができるのかと比喩的に発言したもので、本当に靴の裏などを舐めることを強要するような意図はまったくありませんでした。
また、A君を怒鳴ったり、強い口調で責め立てることもしていません。A君も冗談だとわかったからか、「靴箱舐めれます」と答え、反省したように見えたので、「じゃあわかったよ。もういいわ」と言い、その場を終わらせました。
しかしその後、A君と同学年の部員から、A君が「なんでカップ麺を食べちゃいけないんだ」と不満を漏らしていることを伝え聞きました。また、偶然一対一で対面した際にもA君が「なんで食べれないんですか?」と歯向かうような態度で言ってきたため、私は反省していなかったA君を正座させ、胸のあたりを二発ほどグーで軽く小突いてしまいました。このとき、A君を蹴ったことはなく、また小突いた際にA君が後ろに倒れるといったことはありませんでした。
甲子園出場と優勝には部が一丸となる必要があるため、A君の和を乱すような行動に感情的になってしまいました。ただ、手を出してしまったのは言い訳できることではありません。
しかし、繰り返しますが、100発以上殴ったり、性器を舐めることを強要したことは誓ってありません。
――暴行事件はその後、どのように進展したのでしょうか。
X君:私がA君に暴行をふるってしまった翌朝の点呼のときに、彼がいないことがわかり、騒ぎになりました。監督や先生から、心当たりのある者は名乗り出るよう言われたので、私は申し出て、A君と交わしたやりとりについて説明しました。
その後、私は6日間の授業出席停止と、試合出場停止という謹慎処分を受けると同時に、部活動停止と校内外の清掃活動を命じられました。しかしこれらの処分は、監督にもきつく言われていた暴行禁止のルールを破ったことに対しては軽すぎる処分だと思い、清掃活動に関しては6日間を過ぎた後も、自主的に部活動停止期間の3月末まで継続しました。
A君は失踪から数日後に寮に戻ってきました。そこで私はA君と一対一で話し、「悪かった」「ごめん」と謝罪しました。すると彼も、「自分も悪かったです」と言い、握手を交わしました。
一方で、私の両親のもとには学校から連絡があり、A君やそのご両親が謝罪を求めていることが伝えられました。私の両親は私と共にA君に謝罪するために、数時間かけて学校に来てくれました。しかしその時A君は寮におらず、実家に帰っていたようで面会が叶いませんでした。
寮の私の部屋はA君とは別の棟だったので、その後、彼と顔を合わせることはほとんどありませんでした。ところが人づてに、彼が野球部を辞めて転校するらしいという話を聞きました。
今年の2月中旬ごろ、退部の手続きをするためにやってきたA君を見かけました。彼の退部と転校を「自分の暴行も一因だったかもしれない」と感じていた私は、A君に改めて謝罪し、「一緒に頑張ろう」と呼びかけました。しかし彼は決意した面持ちで「他で頑張ります」と答え、引き止めることはできませんでした。このことについては今でも責任を感じています。
また夏頃には、警察からも暴行事件について事情を聞きたいという連絡が来ました。A君とご両親が、暴行事件の被害相談をしたようでした。A君は、私の知らない別の部員による被害も主張していたようで、関わったとされる4人の別の部員と一緒に、7月中旬から合計4回、広島県警安佐南署に出頭しました。
取り調べは警察官と一対一で行われました。警察官は、私と他の部員が一緒にA君に暴行を振るったと考えていたようで、「そうではない」と説明すると、「学校を裏切ることになる」、「だから負けるんだよ」などと、脅しや嫌味とも取れることを言われました。それでも私は自分が知っていることだけを話し続けていたところ、3日目の取り調べあたりからは警察官の態度が優しくなりました。
――野球部は県大会を勝ち上がり、甲子園でも1回戦を突破しました。しかしその後、出場を辞退しました。このことをどう受け止めましたか。
X君:1回戦が終わって2日後の朝、全体ミーティングで、出場辞退の決定を知りました。嘘の情報が広まり、世間がそれを信じている状況に、SNSの影響力の恐ろしさを感じました。同時に、チームメイトへの申し訳なさで潰されそうでした。ただ、他の部員から責められることは一切なく、むしろ「お前が(SNSで記載されているようなことを)やってないのはわかってるよ」と支えてくれました。
A君には、何度も謝罪をし、握手も交わしていたので、お互いに仲直りができたものだと思っていました。もちろん、必要なのであれば、A君に改めて謝罪したいと思っています。しかし、A君のご両親が行ったと思われる告発の内容は、虚偽の事実や事実を誇張したものです。
そして、その告発を受けて、SNSを通じてまったく無関係な人々が名指しで攻撃してきて、強い恐怖を覚えました。A君とは仲直りができていたものと思っていましたので、なぜSNS上で攻撃されなければならないのかという思いもあります。私がA君に行ったことの報いとしてはあまりにも大きく、まさしく言葉によるリンチだと思いましたので、刑事告訴に踏み切るという決断をしました。
私は大学進学後も野球を続け、プロ野球選手になれればと思って日夜努力してきました。しかし今回の事件によって、進学を希望していた大学を含む複数の大学から、受験を取りやめるよう連絡を受けている状況です。とても残念でしたが、今は、どの道に進んでも活躍してやろうという気持ちで頑張り、この状況を乗り越えるしかないと思っています。
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