吉本興業に所属し、砂場研究家として砂場の監修などを行っているどろだんご先生。もともとは医療法人の経営企画で管理職をしていた彼女が世界3000か所の砂場を巡るほど砂場の世界にハマっていったわけとは── 。(全2回中の1回)
【写真】ここまでツヤが「プロが本気で作った」どろだんごがスゴい!(3枚目から/全11枚)
── 砂場研究家として活動している方は、世界中でどろだんご先生おひとりしかいないそうですね。どんな活動をしているか教えてください。
どろだんご先生:もっとみなさんに土や砂に触れてほしいという思いから、安心して遊べる公園作りの監修や、光沢を放つピカピカどろだんごのワークショップなどを全国各地で開催しています。
公園にある遊具は子どもの心と体の発達に必要な刺激を与えてくれるものですが、そのなかでも特に砂場は、0歳から遊べる唯一無二の遊具だと思っていて、幼稚園や保育園に協力していただきながら砂場が子どもたちにどんな影響があるのか調査を行っています。園の先生は体感的に「砂場遊びが好きな子は想像力が豊かだ」とおっしゃるのですが、その研究結果が世界中どこを探してもないので、砂場遊びを通して空間認識能力や空間把握能力がどのくらい鍛えられているのか、根拠となるデータを集めています。
── この活動を始める前は、どんなお仕事をしていたんですか。
どろだんご先生:もともと医療法人の経営企画で管理職として働いていました。「保育園落ちた日本死ね」というセンセーショナルな言葉が2016年の流行語になり、待機児童が深刻な社会問題となっていた時期に経営陣から「病児保育を備えた保育園を作るプロジェクトの責任者になってほしい」と提案されました。もちろん保育園の立ち上げに携わるのは初めてでしたが、素人ならではの目線で、既存の価値観にとらわれすぎないアイデアを入れ、私自身も楽しみながら取り組みました。
廊下の床1枚貼るにも、先生や子どもたちが給食のワゴンを押しやすい配置にこだわったり、調理の様子を子どもたちの目線からも見えるよう、給食室を半地下に作ったり。当時は使用済みのオムツを家庭に持ち帰る保育園が多かったのですが、病院で排泄物を回収するシステムを利用して、保護者と保育士の負担を減らせるようにしました。
── 素敵な保育園ですね。
どろだんご先生:保育園の立ち上げで何より印象的だったのが、子どもたちの遊び場作りです。園庭の3分の1を占めるような大きな砂場を作ったのですが、砂場の研究のため、仕事が休みの週末にいろんな公園を訪れて文献で調べることが日課になると、いつの間にかすっかり砂場に魅了されてしまって。これが私の砂場との出会いでした。
砂場での遊びを通じて子どもの心と体の成長や、手先の使い方、空間認知能力の発達などの影響があることや、未来ある子どもの教育に携わることにも魅力を感じました。私が子どものころには、親から「汚いから触っちゃダメ」と言われて砂場で遊ばせてもらえなかったのに、今こうして砂場の魅力を伝える活動をしているのが不思議です。大人になってハマってしまいました。
── その後、世界各地の砂場を見に行ったとうかがいました。
どろだんご先生:2019年の年始に前澤友作さんが、100人に100万円をプレゼントする総額1億円のお年玉プロジェクトをスタートしたのを見つけて、Twitter(現:X)で「砂場の研究に使いたいです」という旨を投稿したんです。そしたら、前澤さんご本人から「信じられないかもしれませんが本人です。当選です。僕も久しぶりに砂場で遊びたいなー」というメッセージをいただきました。最初は文献の購入費に使おうと思っていたのですが、100万円を何かもっと可能性があることに使いたいと、自分の目でヨーロッパの砂場を見にいくことにしました。
保育園の立ち上げの際に出会った保育学科の大学教授が、「砂場の起源はドイツではないか」という話をされていて、私自身、デンマーク製の砂場道具は握りやすさや使いやすさの点で、本当によく作られているなと感じることが多くありました。日本の砂場では、割れたプラスチックのスコップの破片を見ることがありましたが、夏の間、白夜で太陽が沈まない現象が起きる北欧では、太陽光で劣化して割れてしまわないよう、砂場のスコップもシリコンが含まれた素材で作られています。こういった道具が生まれる背景や砂場をこの目で見てたしかめたいと思い、ヨーロッパに飛び立ちました。もちろん、砂場マップなんてものはないので、Google mapや公園を練り歩いて地道に砂場を探しました。
── 現地の保育園などにも見学に行ったそうですね。
どろだんご先生:そうなんです。でも、誰でも利用できる公園とは違って、突然やってきた見ず知らずの人をいきなり子どもたちがいる保育園に入れてくれるはずがありません。SNSを駆使して、まずは現地の方と知り合いになり、事情を話して家に泊めていただくことから始めました。お子さんの保育園の送迎を一緒にして、保育園の砂場を見せていただけるよう交渉しました。
── 印象に残っている砂場について教えてください。
どろだんご先生:世界中の3000か所以上の砂場を見に行きましたが、どの地域にも子どもの遊びとして砂場が存在しているということがわかりました。デンマークの園庭には、砂場のほかに泥場もあったのが印象的でした。砂と泥は粒子が違うので、まったく違う遊びが生まれると思います。
ドイツやオランダの公園もよく考えられていると思いました。日本では、水飲み場や蛇口がある水道は、砂場とは遠い位置に置かれていることが多いので、砂場で水を使うにはバケツで何回も水を運ぶ必要がありますよね。ダムや川を作りたくても、水を汲みに行っている間に水が砂に染み込んでしまって、うまくいかない経験がある方はいらっしゃると思います。
ドイツの砂場は砂場の中に水道があって、水を出す井戸式のポンプがあるのもおもしろかったです。母親のお腹のなかで羊水に浮かんでいた記憶が影響しているのかもしれませんが、日本の保育園の園長先生が、「子どもたちは本能的に水遊びが大好きで、どんな子も抵抗なく入っていける」という話をしていたのを思い出しました。砂場で砂に水を含ませて遊びの幅を広げる設計になっていて、子どもの遊びが真剣に考えられていることに感心しました。
── ヨーロッパの国々が公園を重要視しているのはどんな理由があるのでしょうか。
どろだんご先生:幸福度の高さにも関係していると思うのですが、北欧では仕事も夕方早くにきりあげて、白夜も関係し、家族で公園にレジャーシートを広げてピクニックをしている光景が当たり前でした。公園は、子どもたちだけではなく地域住民みんなの憩いの場として誰もが使う場所。まさに公共の場ですね。デパートやスーパーも早くに閉まるので、地域の公園や自然が自分の庭の延長線上として機能しています。公園に市民の関心が注がれて目が行き届くので、行政もこまめな手入れをしているのだと感じました。
── コロナ禍で日本でもアウトドアが注目されました。本来、公園は子どもだけの場所ではなく誰もが楽しめる場所だという視点が勉強になります。
どろだんご先生:大人になって、陶芸や家庭菜園をはじめたり、キャンプで土に触れる機会があったりする方もいらっしゃると思いますが、土に触ることで脳内に幸せホルモンとも言われるセロトニンが分泌されるというイギリスの論文があります。日本人は、遺伝子上でセロトニンが不足しやすい人種だと言われているので、本能的に土に触れることを求めているのかもしれません。砂場が充実しているヨーロッパでは、地域の方が公園で顔を合わせて、国の未来を担う子どもたちをみんなで育てていこうという雰囲気が生まれていることも感じて、これこそ日本も見習うべきところだと思いました。
砂場の研究を突き詰めていくと、公園をはじめとした公共施設のあり方や働き方、地域との関わり方についても考え直さねばなりません。壮大なプロジェクトのようにも感じますが、日本の公園や子どもたちの未来をよりよいものにしていくことが、私がこれから先30年かけて取り組んでいかなくてはならないことだという思いで活動を続けています。
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防災士の資格を持つどろだんご先生は、公園の防災時の利用方法や災害への備えについて広める活動も行っています。最近の日本の公園では禁止事項が多く、「大人が先回りして危険を排除しすぎている」と感じているどろだんご先生。子どもがみずから危険を察知して、回避する力が失われてしまうことを懸念しているといい、いつどこで起きるかわからない災害への備えとして、子どもたちが自分で危険を周囲に知らせるための訓練をしてほしいと話していました。
取材・文/内橋明日香 写真提供/どろだんご先生