’22年から’23年にかけて日本中を震撼させた「ルフィ広域強盗事件」犯行グループの最高幹部である小島智信(とものぶ)(47)。そんな彼が東京拘置所の面会室で語る――。
’19年7月になって藤田聖也がグループに加入。リクルーターのトップを任された。
藤田がリクルーターのトップとなってから、R(受け子)の売上金の持ち逃げが激減しました。藤田が率いた「接触部隊」が、カネを持ち逃げしたRを拷問し、耳を削ぐ動画などを撮影。それを他のRに見せて恐怖で統制したからです。藤田はグループですぐに頭角を現し、ボスもその実績を評価していた。
今村やMを箱のトップとし、その下に箱長、藤田がリクルーターの責任者、小島は回収業務と幹部らの仕事は棲み分けされた。組織が隆盛を極める中、渡邉は12億円で「ウエストマカティホテル」を購入し、新たな拠点とする。しかし――それからわずか2ヵ月足らず、’19年11月にフィリピン当局の摘発に遭い、組織は壊滅的な被害を受ける。
この摘発で36人が拘束されました。そこへ、我々とは別の詐欺グループであるJPドラゴンが当局との仲介を申し出てきた。ボスが報酬5500万円を支払い、JPドラゴンに仕事のスキームを無料で教え、我々の回収役やRを使わせることで仲間の解放を依頼。結果、人もノウハウも本部箱も彼らに奪われました。
しかし、一連の摘発はJPドラゴンが当局とグルになって仕組んでいたと聞いて、ボスは激怒。JPドラゴンに吸収された箱にスパイを送り、JPドラゴンと戦争状態になりました。
幹部たちは襲撃から身を守るため、常にSPをつけ、ボスとMは姿を消しました。残ったメンバーも12月には現地の有力者とコネがあるネグロス島地方のバコロド市へ移り、匿(かくま)ってもらいました。
組織が大打撃を受けるなか、藤田はリクルーターとしての才覚を発揮。次々と新メンバーを補充し、″仕事″を継続させた。
ボスは基本、カジノリゾートを住まいにしていました。カジノを利用すればリゾート内のホテルに宿泊できるポイントが貯まるので、一日中バカラ三昧。貯まったポイントで一泊160万円のスイートルームに宿泊していました。
腕前は相当なもので、「ボスは特殊詐欺ではなくバカラで生計を立てている」とすら私は思っていたほどです。私が業務報告でスイートルームを訪れると、時々お小遣いとして200万円ほどくれました。そのカネでスロットに興じ、5000万円の大当たりを3度引きましたよ。
ボスには書類上の妻であるフィリピン人女性がおり、ほかにフィリピン人と日本人の″内縁の妻″が一人ずつ、愛人やかけ子の″彼女″もいました。カネがあるから女が寄ってくる。フィリピン人妻の一人は「ミカ」といい、ボスは彼女の名義で不動産や土地を買い漁り、資産としていた。カジノと女以外には浪費しない人でした。
時計は私と藤田がプレゼントした1200万円のロレックスのデイトナ。車は4500万円するレクサスのLX570で「バレットプルーフLv6」の防弾車がメイン。他には3000万円するBMWのX6 Mに、BMWのバイクも2台保有していました。
――小島本人や藤田ら幹部の生活も贅の限りを尽くしたものだった。
車が好きな私は、’19年2月から’21年4月までの2年2ヵ月で高級車を11台買いました。アウディTTや、ポルシェを4台、ランボルギーニ・ウルスも手に入れた。
時計はロレックスが好きで、15本を保有。NIKEのダンクやエアジョーダンなどプレミアなスニーカーも500足ほど持っていて、転売するサイドビジネスもやっていた。サイドビジネスだけで月500万円程度の収入がありました。
家は家賃50万円ほどのタワマン。女遊びも派手で、港区女子的な女とパパ活をしたり、日本のグラビアアイドルや芸能人を呼んでプライベートリゾートを貸し切りにしてA箱のメンバーと豪遊しました。一晩で200万円ほどかかりましたが、費用はボスと折半しました。
クルーザーの貸し切りもよくやりましたね。正直言うと、私は回収業務がメインのため、当時はだまし取ったカネで豪遊しているという罪の意識を感じることもなかった。どれだけ使ってもカネが減らないので、金銭感覚も倫理観も完全に麻痺していたのです。
当時、藤田が付き合っていたのは、女性のアテンダーの元締め。だからか、プライベートは大人しかったですね。せいぜい、マカティ市のキャバクラ的な店、KTVで一晩10万円使うくらい。藤田は基本、仕事人間でした。稼ぐため、ひたすらリクルートに精を出していました。
そして、意外にも彼女大好き人間です。家庭を大切にし、そこにお金を使っていた。プール付きの家賃100万円ほどの家にメイドを二人、SP3人をつけて住んでいました。時計はロレックスを5本。車は3500万円のアストンマーチンに2000万円のレクサスLX450d。バイクはドゥカティを愛車としていた。
’19年11月の摘発の後、捜査の手から逃れるために幹部とメンバーたちはセブ島やボラカイ島、ブラカンなどを転々とした。’20年まではこの世の春を謳歌するような生活が続いたが、’21年に一変。同年2月に藤田が当局に拘束されると、4月には渡邉、小島、Mも拘束されて留置所送りとなった。
コロナ禍で各国がロックダウンし、海外から売上金を運ぶのが難しくなるなか、ボスのカジノのアカウントを使って地下送金する方法を確立。一安心した矢先の拘束でした。
私とボスは地方の刑務所をたらい回しにされ、半年ほど同じ部屋で過ごします。ボスはアニメオタクの顔も持ち、異世界転生モノを好み一緒に観ていた。その間、保釈されたMに組織のすべてを乗っ取られてしまうのですが……。
――’21年11月、渡邉と小島はビクータン収容所送りとなる。そこで再会したのは、一足先に収容されていた藤田と、別人のように変貌した今村だった。
(文中敬称略。以下次号)
『FRIDAY』2025年9月12・19日合併号より
取材・文:栗田 シメイ(ノンフィクションライター)