《長野立てこもり4人殺害事件初公判》「ごっつえーナイフ買うたった 今年はこれでいっぱい人殺すねん」 被告が事件直前に弟に送っていた“恐怖のLINE”

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2023年5月、長野県中野市で散歩中の女性2人と、駆けつけた警察官2人を殺害したとして殺人と銃刀法違反に問われている青木政憲被告(34)の初公判が9月4日に長野地裁(坂田正史裁判長)で開かれた。被告は罪状認否で10秒ほど沈黙し、「黙秘します」と述べた。初公判では被告が事件を起こすまでの生活のほか、事件当時の緊迫した状況も明らかになった。
【写真】青木被告が卒業アルバムにつづった文章
* * *
ひょろっとした体型にグレーのヘンリーネック長袖カットソー、薄いカーキのズボン。法廷に入ると大きな目をきょろきょろさせて傍聴席を見回し、その後、何かが気になるのか、マスクをつけた。2023年5月25日当時、長野県中野市に住んでいた青木政憲被告は、彼の自宅付近を散歩していた竹内靖子さん(70=当時)と村上幸枝さん(66=同)をナイフで刺殺し、その後パトカーで駆けつけた中野署の警察官、池内卓夫警部(61=同・二階級特進)に猟銃を発砲して殺害。ともに駆けつけた玉井良樹警視(46=同・二階級特進)に対して猟銃を発砲したのち、ナイフで刺して殺害したとして殺人と銃刀法違反の罪で起訴されている。
罪状認否で10秒ほど沈黙したのち「黙秘します」と答えた青木被告の初公判はこの日、検察・弁護側の冒頭陳述ののち、証拠書類の取り調べや証人尋問へと続いた。しかし、その間は終始下を向き、証拠が映し出されているであろう眼前のモニターに目を向けることもなかった。
青木被告は事件を起こしたのち、自宅に立てこもっていた。このとき「何があったのか」と母親に聞かれ、こう答えたという。
「おばさんが散歩して、ぺちゃくちゃ喋りながら『ぼっち』『ぼっち』というから刺したんだ。警察に撃たれると思ったから撃ったんだ」
しかし、散歩中の女性が「ぼっち」と話していたというのは、青木被告の妄想だ。検察官冒頭陳述によると、被告は大学生の頃、周囲から「ぼっち」「キモい」と言われているような妄想を抱き、大学を中退。その後は中野市の実家で両親と同居していた。精神科への通院歴はないが、この頃から「妄想症(妄想性障害)」を発症していたと検察側はみている。
実家に戻ってからは家業の果樹園を手伝うなどしながら、趣味の狩猟のために猟銃免許を取得。猟銃も手に入れた。さらに中型バイクの免許を取得し、中型バイクも購入。その後、大型バイクの免許も取得し、バイクも手に入れた。その当時は地元の祭り保存会に参加する姿も見られ、家業の果樹園を任されて確定申告も行なっていたという。
趣味に精を出す生活のなかで、2017年には猟銃をさらに2丁買い足す。2019年には、のちにこの事件で使うことになるハーフライフル銃を所持するようになった。いっぽう、家業の手伝いも続けていた。2019年には父親が経営する軽井沢のジェラート店で製造を担当し、のちには二号店として中野市にオープンしたジェラート店では経営も手がけるようになった。しかし、人から悪口を言われるという妄想は続いていたようだ。
事件前年である2022年ごろ、青木被告は、夕方に家の前を散歩する2人の女性から「ぼっち」「キモい」と言われている妄想を抱くようになった。このとき、2人を殺そうと思ったが、果樹園の経営のことなどを考えて一旦は躊躇する。しかし、事件の7週間前である2023年4月には、インターネット通販で今回の凶器となったボウイナイフを購入。刃の長さが30.2センチメートルもあるそのボウイナイフが届くと、被告は刃の背を研ぎ、ダガーナイフのように両刃を鋭利な状態にした。その後、肩掛けベルトを装着し、自宅1階の物入れに収納していた。
事件当日の2023年5月25日。被告が庭で除草剤を撒いていたところ、いつもの2人が散歩をしているのを目撃する。これに激昂した被告は、殺害を実行することにした。掃き出し窓から家に体を入れ、手に取ったボウイナイフを肩にかけ、2人の前に立ちはだかった。そしていきなり2人のうち、竹内さんを刺して殺害。畑の中に逃げた村上さんも追いかけ、畑の中でナイフを刺して殺害した。
このとき、畑の中に、たまたま畑仕事をしていた住民の男性がいた。男性は村上さんが殺害される一部始終を見ていた。調書に、当時の様子をこう語っている。
「妻と畑仕事をしていると、北のほうから『助けて』という声が聞こえた。女性が全速力で走っており、その15メートルほど後ろを犯人が走っていた。女性は大声で『おじさん助けて!』と叫んでおり、躓きながらも四つん這いで段差を上がり、畑に入った。
すると犯人が追いつき女性の左肩を掴んだ。女性は振りほどこうと、前に進もうとするも、力で勝てなかったのか、立ち止まった(中略)。女性は体を前傾にして振りほどこうとしていたが、犯人は左手で左肩を掴んだまま、いきなりナイフで背部を突き刺して、さらにもう一度突き刺した。犯人が女性から手を離すと、女性は体を反転させるようにして仰向けに倒れた。
犯人はさらに女性の胸の辺りを一回突き刺した。その犯人の顔を見て、近所のマサノリだと気づいた」
その男性は、犯人が青木被告だと気づくと「なんでこんな酷いことするんだ」と問いかけたが、被告は冷静な様子でこう言ったという。
「殺したいから殺した」
男性の調書によると、被告はその後「畑を出て自宅のある北のほうに歩いて行った」という。自分も刺されるのではと恐怖を抱きながらも警察に通報し、他の住民と救命活動を行なっていたところ、パトカーが到着。すると被告が今度は猟銃を持って現われ、パトカーに近づきながら銃口を向け、発砲したという。
青木被告は4人を殺害後、さらに駆けつけた私服警官2人のうち、ひとりに対して、猟銃を持ちながら追いかけるなどの行動をとっていた。もうひとりに対しては「警察官ですか?」と尋ねていた。警官は返答はせず、撃たれることはなかった。その後、自宅に立てこもっているなかで、母親から自首を勧められるが、被告は「絞首刑になる」と嫌がった。ならばと母親は”自害”を勧めたものの、被告が2度発砲した猟銃の弾は、どちらも自身に命中することはなかった。
対する弁護側は冒頭陳述で「事件当時、青木さんは統合失調症だった」と主張。事件までの被告の異様な行動を明らかにした。
弁護側冒頭陳述によると、青木被告は小~中学校の頃から人の目を見て話せず、高校入学後の1か月は電車通学をしていたが、その後は片道13キロの道のりを自転車で通学するようになった。大学入学後、寮に入ったが、寮生や同級生からの「ぼっち」「キモい」という声が聞こえるようになったことから、寮を出てアパート暮らしを始めた。
電車の乗客からも「ぼっち」「キモい」という声が聞こえるため、声を避けるために、実家への帰省の際は公共交通機関を使わず、自転車を使っていた。その頃、一人暮らしのアパートの部屋にカメラや盗聴器の存在を確信しており、携帯電話は持っているが電源を入れていなかった。そして大学3年生の夏。
「青木さんと連絡が取れなくなった両親がアパートを訪ねると、青木さんは青白く痩せこけており『監視カメラや盗聴器』のことを知らされた。青木さんは初めて両親に『自分の部屋での様子が世界に拡散されるネットいじめ』の被害を報告した」(弁護側冒頭陳述)
これを受けて両親は探偵にコンタクトを取り、青木被告の住んでいたアパート居室の監視カメラや盗聴器を探してもらうように依頼したが、発見には至らず、探偵からは「統合失調症かもしれない」と言われたという。
大学を中退させ、連れ帰った青木被告に対して両親は実家の家業である農業を手伝ってもらうことにした。徐々に以前のような笑顔が見られるようになったが、妄想は深かったようだ。
「2016年ごろ、青木さんの携帯電話の電源が入っていないので尋ねると『盗聴、盗撮されている。皆が自分を”ぼっち、ぼっち”と笑っている』と答えた。パーカーを着るとフードをかぶり、パソコンの内蔵カメラには目張りをしていた」(同)
父が経営していた軽井沢のジェラート店において製造を担当するようになってからも「客が見えないように製造エリアを段ボールで目隠し」し、中野市にオープンした二号店で働くようになってからも、同じように目隠しを施し「店舗のトイレは使わずに用便の際は必ず実家に戻っていた」という。
こうした行動は止むことはなく、さらには、「2022年8月には店舗で撮影していた人に『出てってくれ』と髪を引っ張ろうとした。『ニヤニヤして俺のこと見下していた』と話し、9月にはアルバイトに殴りかかり『ぼっちとバカにしただろ、殺すぞ』と怒鳴った」(同)という。
こうした被告の行動を明らかにした弁護人らは、青木被告が犯行当時、統合失調症の影響により判断能力が著しく減弱していたと主張している。対する検察側は、被告が当時、妄想症に罹患していても、責任能力は十分に保たれていたとして完全責任能力があったと主張している。
青木被告は事件前から弟とLINEを交わしており、ボウイナイフを購入した頃、こんなメッセージを送っていた。
〈ごっつえーナイフ買うたった 今年はこれでいっぱい人殺すねん〉
そのメッセージ通りに、被告は1か月後、事件を起こした。
公判は今後、関係者の証人尋問を挟みながら、被告人質問も予定されている。青木被告の責任能力について、長野地裁はいかなる判断を下すのか。事件は被告の性格傾向によるものが大きいのか、それとも妄想による影響が大きいのか……。
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。