「お客様の中にお医者様はいませんか」…NY行きANA機で乗客救命、ためらう医師の脳裏に「訴訟リスク」

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羽田空港から米ニューヨークに向かう飛行機内で急患の命を救ったとして、札幌市中央区の医療法人社団「土田病院」理事長の医師・土田茂さん(56)が東京消防庁の「消防総監賞」を受賞した。
同様の場面に居合わせても、十分な設備がない中での対応に二の足を踏む医師は少なくないというが、土田さんは「自分にやれるだけのことをやっただけ」と振り返る。(岡絃哉)
医療ドラマのワンシーンのような出来事が起きたのは6月12日。土田さんが搭乗していた全日本空輸(ANA)の国際線110便の機内に「お客様の中にお医者様はいませんでしょうか」という客室乗務員(CA)の放送が響いた。
「軽い頭痛くらいかな」。そう考えて名乗り出た土田さんだが、CAの案内で乗客男性(69)と向き合った瞬間に血の気が引いた。男性は呼吸ができず、心肺停止直前の状態だった。
男性は機内食を喉に詰まらせたという。土田さんは慌てることなく、自動体外式除細動器(AED)を使用しながら胸骨の圧迫を繰り返す。数分が過ぎて男性の呼吸が戻った瞬間、「何が起きてもいいように」と常に持ち歩いている医療用の手袋を装着し、喉を塞いでいた肉片を取り除いた。
10年前にも空港のボーディングブリッジで倒れた男性を救助した経験がある土田さんだが、これ以上の応援が期待できない機内で救命救急にあたる緊張感は並大抵のものではなかった。土田さんは「自分一人ではどうにもならなかった。複数のCAさんとの連携があったからこそ、命を救うことができた」と語る。
ただ、土田さんによると、こうした「ドクターコール」を聞いても即座に行動できる医師ばかりではないのが現実だ。理由の一つが「訴訟リスク」。救命できずに遺族などから民事訴訟を起こされた場合、よほどの過失がない限り損害賠償を命じられる可能性は低いとはいえ、「訴訟の対応に追われる負担を考えてしまう」。土田さんは過去2回とも「目の前の患者の命が懸かっているんだぞ!」と自分自身を鼓舞しながら救命に臨んだという。
私たち家族の命の恩人です――。ANA110便の男性の娘から届いたメッセージを見ながら、土田さんは「あの時、ためらわずに良かった」と感じている。

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