性犯罪は本人だけでなく、家族の人生も大きく変えてしまいます。
警察庁が公表した「令和5年 犯罪統計資料」によると、2023年に迷惑防止条例違反(痴漢を含む)で検挙された件数は全国で約2300件。事件のたびに、離婚や退職、うつ状態など、加害者家族が背負う苦しみは計り知れません。
精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏(西川口榎本クリニック副院長)は、3000人以上の性犯罪者の治療に携わるなかで、加害者家族の苦しみにも長年向き合ってきました。
新刊『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)では、あまり知られてこなかった“家族の側の現実”が描かれています。この記事では、その中からある家族のケースを紹介します。
※本記事は、『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』より一部を抜粋・再構成しています。
※本記事では実際に斉藤氏が関わってきた加害者とその家族についてのエピソードを紹介します。当事者のプライバシー保護のため、個人が特定できる情報は変更しています。なお具体的な性加害の描写も出てきますので、ご注意ください。
◆マイホームは売却。妻とは離婚、母親はうつに
大手企業に勤める会社員A(30代)は、帰宅途中の終電の車内で寝ている女性の胸や尻などを触った疑いで、不同意わいせつ罪で逮捕された。Aにはこの他にも同様の余罪(電車内での痴漢行為)が数十件あった。
Aは高校時代、名門高校の野球部で活躍し、甲子園出場も経験していた。高校卒業後はその実績を買われ、大学へ特待生として進学、大手企業への就職と、順風満帆な人生を歩んでいるように見えた。結婚して子どもにも恵まれ、事件の数年前には郊外に新築一軒家をローンで購入したばかりだった。
Aが逮捕されて、家族の生活は一変した。
結婚してまだ数年だった妻は、即座に離婚を決意。幼い子どもを連れて東北地方の実家へ戻った。Aは勤めていた会社から解雇され、収入の目処が立たなくなった。住宅ローンを抱えた自宅は売却を余儀なくされた。
Aの60代の両親は、警察の捜査や勾留中の面会、裁判などといった刑事手続の進み方もわからず、弁護士選びから保釈金の工面まで、すべてが手探りの状態だった。もちろん、周囲の人には事情を説明できず、親戚付き合いも疎遠になっていった。
事件後すぐに地方紙でAの逮捕が報じられ、ネット掲示板では実名と顔写真も出回った。近くに住む実家の両親のもとには、嫌がらせの無言電話が頻繁にかかってくるようになった。マスコミも両親の自宅に押し寄せ、その影響から母親はうつ状態に陥ってしまった。現在、両親は実家である自宅を売却し、近隣の築40年のマンションに移り住んで、母親の実家のある九州地方への転居を検討している。
◆地元紙に報じられ近所に知れ渡る
加害者家族にとって、事件が新聞やテレビで報じられるか否かは、その後の事態を大きく左右します。また、全国紙には載らなくても地方新聞に掲載されれば、おのずと近隣に住む知人や親戚に事件のことが知れ渡ってしまいます。
Aは元高校球児ということもあり、地元では知られた存在でした。全国ニュースにはならなかったものの、地方紙では大きく取り上げられ、Aの事件はまたたく間に知れ渡ることになりました。
野球部で活躍し、周囲の期待に応えてきたAは、大学も特待生として進学、就職も順調で、大手企業では若くして管理職に就いていました。昼は真面目な会社員だったAも、夜には電車内で痴漢行為に及ぶ裏の顔を持っていました。
Aは、終電で寝ている若い女性をあえて狙って、周囲に人がいないことを確認して性加害に及んでいたといいます。裁判でAは「仕事での厳しいノルマ、部下の管理、長時間労働とでストレスが募り、そのはけ口として飲酒したうえで加害行為に及んでしまった」と述べていましたが、当然、ストレスが溜まっていたからといって性加害をしてよい理由にはなりません。
◆息子の洗濯物を洗えない……母親の葛藤