8月14日、北海道斜里町の羅臼岳登山道付近で登山中の男性がヒグマに襲われ、翌15日に遺体で発見される事故が起きた。現場周辺で親子とみられるヒグマ3頭が駆除され、そのうちの母グマが男性を襲った個体であることがDNA鑑定で判明した。
《写真》駆除された”岩尾別の母さん”が歩く姿(中島拓海さん@TakumiNakashima提供)
駆除された母グマは、体長約1.4メートル、体重117キロ。『岩尾別の母さん』と呼ばれ、地元ガイドや写真愛好家の間では有名な存在だったという。昨年10月に同地を訪れた中島拓海さん(@TakumiNakashima)が明かす。
「地元のガイドさんに写真を見せたら、これは『岩尾別の母さん』と呼ばれている雌グマだよと。名前の由来は、この地区が岩尾別という地名で、ここを縄張りにしていたからだそうです。これまで問題行動がなく大人しいクマだったらしく、地元の人たちの間でも、このクマは安心という認識があったと聞きました」
地元でも大人しいと評判のクマがなぜ、このような事態を招いたのか。
「実はこのクマ、少し期間が空いて久々に出産したらしく、それで神経質になっていたのでは、と地元の関係者から聞きました。さらに『岩尾別の母さんルート』なるものがあって、そこにカメラマンが凄い群がっているんです。クマに非常に近い場所まで寄って撮影する人もいました。そういったことも人とクマの距離が近くなって、クマが人を恐れなくなった原因ではないかなと思います」
「大人しい」「問題行動はなかった」という認識に対し、警鐘を鳴らすのは、2022年まで知床財団でヒグマ対策の最前線にいた鳥獣コンサルタントの石名坂豪氏だ。
「ネットなどでは、問題行動がなかったヒグマと言われていますが、人に危害を加えなければ問題行動ではないということでは決してないんです。人間の生活圏に降りて来たら生活を脅かす訳ですから、それだけでも十分問題行動です。このヒグマも以前、岩尾別の温泉道路まで何度も降りて来たことがあるので、そういった意味では問題行動を起こしていたんです」
石名坂氏によれば、知床のヒグマの「人を恐れない」状態は異常であり、それは決して自然な姿ではないという。
「私が財団にいた頃は、ヒグマにゴム弾を当てて嫌な思いをさせ、人間に近づかないようにしていたんです。でも、私には近づかなくても、別の人に近づいてきたことはありました。それぐらい知床のヒグマは人を恐れない。全く気にしない、空気みたいな存在になってしまっているんです。
ヒグマに人は恐い、会ったら恐い思いをするという事を学習させないといけない。それが、最近ではクマに近づいて撮影するなど、人間から近づいてしまっています。その上、登山客が食べ物の入った荷物を置いていってしまい、その食べ物を食べて味をしめてしまう、なんてこともあるんです」
さらに石名坂氏は、今回の事故現場となった登山道が、以前から現地ガイドの間で危険視されていた場所だったと解説する。
「実は今回の事故が起きた登山道の脇は、アリの巣が沢山出来る場所でした。餌の少ない夏場は、餌場としてヒグマがアリの巣にいる幼虫を大量に食べるんです。だから、過去にもヒグマが出ていたヒヤリハット地点でした。私の在籍時は注意喚起の看板も出していましたし、今回も看板はあったと思いますが、初めて来る方にはそこまで響かなかったのかもしれません」
石名坂氏は最後に、今回駆除された個体だけに責任を押し付けるのは危険だと指摘する。
「今回駆除されたヒグマだけが、8月に登山客に近づいた一連の問題を起こした個体ではありません。他にもいるはずです。すべてを今回のヒグマに押し付けて問題解決とするのは非常に危険で、次の事故を防ぐためにも早急な対応が必要です」
14日の事故直後から羅臼岳は入山が規制されたままだ。