東京の不動産価格における上昇率で「西低東高」が進んでいる。7月1日に国税庁が発表した2025年の路線価では、上昇率トップ5に入った地点は浅草や北千住と、いずれも城北や城東のエリアだ。一方で「高級住宅街」のイメージが強い世田谷区では、価格が伸び悩むエリアが少なくない。では、そうしたエリアに共通するウィークポイントとは――?
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【写真を見る】物件価格を巡り起きている“三極化現象”とは――?
「世田谷区は東京23区で2番目に面積が広い。それも世田谷区の不動産価格の伸び悩みがフォーカスされてしまう理由の1つでしょう」
そう解説するのは、不動産コンサルティング事業を展開する「株式会社さくら事務所」の山本直彌氏だ。
「世田谷区で物件価格が伸び悩んでいる場所には明確な特徴があります。それは一言でいえば“駅のない立地”です。世田谷区は面積が広いため、最寄り駅まではバス便という物件がけっこう多いのです。どうしてもバス便を使うエリアは、駅徒歩の地域よりも便が悪いので、世田谷区に限らず東京23区の中でも値下がりしているケースが多いのです」(山本氏)
世田谷区の地図を見ると、京王線、小田急線、東急田園都市線の3つ路線が都心から郊外へと並行するように伸びている。東西の移動はスムーズな一方で、路線と路線の中間に位置するエリアは“陸の孤島”のようになっていて、自転車や車なしでは移動が不便なところが多いのが分かる。
「価格が上がりにくいもう1つの理由は、空き家の多さです。世田谷区は空き家の数が約5万8千軒(令和5年住宅・土地統計調査) と全国の自治体で1番多い。“空き家率”では全国にもっと高い地域があるのですが、やはりこれも面積が広く人口の多いことの裏返しです」(同)
空き家が増えると、周囲の物件価格にも悪影響を及ぼすのだという。
「不動産市場は、需要と供給のバランスで評価が決まるので、不要な空き家がどんどん安値で売りに出されると、その周りにある戸建て住宅も、“周囲の空き家がその値段で買えるのなら、この戸建てもここまでしか出せませんよね”といった風に、買い値が低く抑え込まれてしまうのです」(同)
“駅から遠い”という今のトレンドと逆行すること。空き家が多数あり供給過多の傾向にあること。物件価格の値下がりが起きやすい2つの要素が混在するのが今の世田谷区なのだという。
「売らなきゃいけない不動産が多いエリアは相対的にどうしても価格が下がってしまいます」(山本氏)
それは、有名な高級住宅街も例外ではない。
「例えば、かつては芸能人も多く住んでいて、高級住宅街と知られる岡本は、二子玉川駅から歩いて25分程度と最寄り駅から遠いことがネックになり、今は在庫が少し増えてきてしまっています。高台にあり川から離れていて、水害リスクが低く安心なことが売りの1つなのですが、やはり駅からの距離が懸念事項に捉えられているようです」(同)
同様に二子玉川エリアの鎌田アドレスや、成城学園前エリアの喜多見アドレスの一部も、駅までの移動手段がバス便であることがネックになり、物件価格低迷の要因になっているのだという。
「目黒区の高級住宅街として知られる柿の木坂などにも、実は駅から遠い物件がある。今はブランドネームが勝っているため値下がりは見られませんが、これから先、人口が減った時にどうなるかの懸念要素はあります。同じく面積が広い練馬区でも、大泉学園の周囲には駅距離のある物件が多く、価格低迷の要因になっています」(同)
ただ、都心にある“陸の孤島”エリアは、今後も値下がりを免れる確率が高いそうだ。
「港区の南青山や西麻布の一部エリア、世田谷区では三宿なども駅距離がある物件はありますが、都心では路線の“網の目”が細かくなるため、むしろ複数路線を使用できるメリットになることも。三宿も駅までは少し歩きますが、ひとたびタクシーに乗ってしまえば渋谷まで10分ほどで着いてしまいますからね」(同)
それでは、これから世田谷区の物件を買う場合、どのような点に注意すれば良いのだろうか。
「戸建てもマンションも、駅から徒歩15分を超えてくると黄色信号です。外観や間取り、周囲の環境などが気に入って“終の棲家”にするのであればいいのですが、リセールを念頭に考えると売却額がローンの残債を下回る“残債割れ”のリスクが高くなってしまいます」(山本氏)
高級住宅街ならではの“ルール”がネックとなる場合も。
「大田区の田園調布が有名ですが、あのエリア一帯は“田園調布憲章”によって建築条件に厳しい規制が敷かれています。例えば大きなお屋敷を売却するとなった際、その土地を分割して売ることができなかったりします。何億も払える買い手が見つかればいいのですが、そんな額を払えない人にとっては、土地の面積を小さく切り売りして住みたいというニーズもあります。そうしたルールがあると、街並みは綺麗に保てる反面、流動性を持たせて不動産価格を維持していく上ではマイナスになることもあります。3億なら3億で、買いたいという人が現れるまではずっと待ち続けることになってしまいます」(同)
これから人口減少が進む日本では、“駅遠物件”がますます見向きもされなくなる一方で、限られた“駅近物件”を巡る争奪戦がヒートアップするという“二極化”がますます進むことが予想されるという。
「長らく続く職住近接のトレンドを踏まえて、1分でも2分でも、なるべく駅からの距離が近い物件を選ぶことが、住宅購入のリスクを軽減することに繋がるのです」(同)
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デイリー新潮編集部