ここ数年、ジャニー喜多川氏の長年にわたる性加害問題を皮切りに、芸能界における権力勾配を利用した性加害の問題が立て続けに報じられている。内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(2020年度、全国18歳以上59歳以下の男女5,000人が対象)によると、女性の約14人に1人は無理やりに性交等をされた経験があるという。
加害者は交際相手、配偶者、職場の関係者など、8割以上が知り合いによる犯行で、知らない人からの被害はおよそ1割程度。また、被害にあった女性の6割以上がそのことについて誰にも相談していない。
「性犯罪は顔見知りで『イヤ』と言えない関係性のなかで起こることが多い。そのため被害者は加害者からの報復を恐れて、泣き寝入りしてしまうことも少なくない」
そう語るのは、31年間にわたり、“凶悪犯罪の最前線”と言われる捜査第一課を中心に刑事として活動してきた、通称「リーゼント刑事」秋山博康さん。
性被害にあっているとき、またその直後に、起きた事実に対して冷静な行動をとることは難しい。でも、万一被害にあってしまったら、犯人を捕まえるうえで被害者はどんな対応をすればいいのか、知っておくことに越したことはない。秋山さんに、証拠を残すうえで重要なポイントを教えてもらった。
秋山博康さん プロフィール
通称「リーゼント刑事」。元・徳島県警捜査第一課警部。1979年徳島県警拝命。1984年、23歳で刑事になると、殺人など凶悪犯罪の最前線の捜査第一課と所轄刑事課を中心に31年間刑事として捜査を担当。「おい、小池!」で有名な殺人指名手配事件に長らく携わった。警察人生42年、2021年3月に定年退職し、現在は犯罪コメンテーターとしてメディア出演やYouTube配信、講演会活動を精力的に行っている。
※本記事は、秋山博康さんの新刊『元刑事が国民全員に伝えたい シン・防犯対策図鑑』(KADOKAWA)の内容を著者の許可のもと、一部抜粋・再構成したものです。
万が一、性犯罪に巻き込まれたら──。
こんな物騒なこと、できれば考えたくないが「自分だけは絶対に大丈夫」という「絶対」はこの世にはないんや。
性犯罪は統計に表れない「暗数」が多い犯罪や。性犯罪は顔見知りで「イヤ」と言えない関係性のなかで起こることが多い。そのため被害者は加害者からの報復を恐れて、泣き寝入りしてしまうことも少なくない。また子どもは、自分が何をされたか正確に理解するまでに時間がかかることもある。
しかし犯人を処罰し、心の傷を回復するためにも、ぜひ早めに警察に相談してほしい。なぜなら、犯人を逮捕できるのは警察だけだからや。
残念ながら勇気を出して警察に相談をしたのに「証拠がないから門前払いをされた」という話も聞く。けどな、警察が現場にも行かんで「証拠がない」と言うのは、ワシに言わせたら完全にアウトや。現場に足を運んで、目ぇ見開いて被害者のために証拠を見つける。それが警察の仕事や。
実際、こんな事件があった。朝イチで若い女性が署に駆け込んできて「車の中でレイプされた」と話してくれたんや。どうやら前の晩、飲み屋で知り合った男に無理やり車に連れ込まれ、性的暴行を受けたらしい。女性は車のナンバーや車種を覚えていたため、すぐに男の自宅を割り出し、ワシは現場に急いだ。すでに日は暮れかけていたが、犯人のアパートの駐車場に例の車があってな。そしてよう見たら、後部座席のドアから、白いもんがピラッとはみ出しておった。トイレットペーパーや。
実は犯人、犯行後に「ほら、これで拭け」と女性にトイレットペーパーをロールごと渡して、女性はそれを後部座席に放り投げたまま車を出たらしい。女性が慌ててドアを閉めたもんやから、ロールの端っこがドアに挟まったままだったんや。このトイレットペーパーが決定打となり、犯人は「お縄」となった。
証拠を残すというとハードルが高く聞こえるが、いくつかポイントがある。
●「これはまずい」と感じた時点で、録音・録画できたらベスト。
● アザなどがあれば自分の体の状態を写真・動画で自撮りするのも有効。
● スマホのメモアプリに実況記録を残すのもええ手や。
● 体についた唾液などは、シャワーで洗浄する前に脱脂綿などで拭き取り、ビニール袋に入れて、警察に提出する。
● 唾液、体液、髪の毛、陰毛、避妊具、ティッシュなども可能なら保存。
● 行政機関や民間相談窓口への相談も、「第三者に話した」という記録として証拠になる(まずは警察に連絡し、担当者の対応が不十分だと感じた場合、あるいは民事での対応を求められた場合は、行政機関や民間による相談窓口に連絡してみてほしい)。
<性犯罪被害に関する行政機関の窓口>
・各都道府県警察の性犯罪被害相談電話につながる全国共通番号「#8103」。通話料無料で24時間対応。
・性犯罪・性暴力被害者のための全国のワンストップ支援センター(産婦人科医療やカウンセリング、法律相談などの専門機関とも連携)
・上記ワンストップ支援センターにつながる全国共通番号「#8891」。通話料無料。対応する時間は各センターによって異なる。
今は捜査技術も進化して、ほんのわずかな量の唾液や体液からでもDNAを採取することができる。過去には被害を受けた女性によって、こっそり持ち出された犯人の陰毛が逮捕の決め手となったこともある。
性被害に遭ったとき、交番ではなく被害に遭った現場の最寄りの警察署に駆け込むことをオススメする。今の刑事事件は「発生現場主義」といって、事件の発生現場の最寄りの警察署が事件を担当するのが基本となっておるからや。たとえば、A市のホテルで無理やり性行為をされたのなら、A市の警察署が事件を担当するっちゅうわけや。
女性警察官に話を聞いてほしい場合、あらかじめ「〇月〇日に無理やり性交された。〇〇という証拠がある。できれば女性警察官に来てもらえませんか?」と電話を入れてもらうのもいい方法や。また陰部に精液が残っている場合は、警察と提携している産婦人科の医師が対応している。
証拠を残したり、警察に行ったり、被害者が頑張らなければいけないことが多いのは理不尽や。しかし「備え」として、こういった知識も持っていてほしいと思う。
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