妊娠中の妻が「熱っぽい」と言った4日後、体調急変 母子ともに亡くなった 病名判明は半年後…夫が発信する「妊娠オウム病」の教訓

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2021年12月、妻とお腹にいた次女を同時に亡くすという悲劇を経験した男性が、後に判明した「妊娠オウム病」についてInstagramで発信を続けています栗尾一輝さん(@a.l.o.h.a_japan)の妻は高熱を訴えてからわずか5日間で急変し、病名が特定されたのは半年後でした。投稿には「こんな病気があるなんて知らなかった」「妊娠も出産も奇跡」といった声が寄せられ、妊娠中の感染症リスクへの理解と情報共有の重要性が注目されています。
【写真】長女とともに笑顔を見せる夫婦 もうすぐ新しい家族が増えるはずでした
オウム病は、クラミジア・シッタシ(Chlamydophila psittaci)という細菌による動物由来感染症です。その名の通り、ハトやオウムなどの鳥類の排泄物に含まれる菌を吸い込むことで感染し、通常は年間20例程度しか報告されない稀な疾患です。現在の医療技術では、適切に診断・治療されれば死亡率は約1%程度とされています。
しかし、妊婦が感染した場合は状況が一変します。妊婦は重症化しやすく、胎児への深刻な影響も懸念されるのです。その理由は、妊娠中の特殊な体の仕組みにあります。赤ちゃんは母体とは異なる遺伝子を持っているため、母体にとって本来「異物」として認識されます。その為、通常なら免疫システムが異物を攻撃しますが、妊婦は赤ちゃんを守るために意図的に免疫力を下げる仕組みになっています。この免疫力の低下が、オウム病に感染した際の重症化リスクを高めているのです。
栗尾さんは、このような妊婦さん特有の危険性への注意喚起を込めて「妊娠オウム病」として啓蒙活動を行っています。
亜美さんの場合、オウム病により多臓器不全や敗血症、肺炎を発症し、その結果として間接的にお腹の赤ちゃんにも影響が及んでしまいました。
栗尾さんの妻・亜美さんは看護師として働く28歳の女性で、長女に続く第二子を妊娠中でした。お腹の赤ちゃん(後にエアちゃんと名づけられる)は翌年3月が出産予定日で、2021年12月のその寒い冬に亜美さんは体調を崩したのでした。当時、亜美さんが体調を崩し不安だったので、亜美さんの実家で過ごし、栗尾さん自身も義実家から仕事に通うようにしていました。
栗尾さんは当時の5日間を詳細に振り返ります。「12月11日土曜日の夜、妻が『頭痛がするな、熱っぽいな』と言ってきて、様子を見ることにしました。日曜日には38.5度の熱が出ました。月曜日には妻の勤務する病院でインフルエンザ、コロナ、血液検査をしましたが、すべて陰性でした。その夜中に39.5度の熱が出て、不安になって妻の家族と救急に行くか相談しました。でも、妻は勤務先の医師とこの症状についてよく話していて、看護師である妻が『大丈夫』と言うので、救急に行くことはしませんでした」(栗尾さん)
「火曜日には熱がさらに上がり40度になりました。それでも妻は『この数値は大丈夫だから』と言いました。私や家族は心配していましたが、その日も熱さまシートと風邪薬で過ごしました」(栗尾さん)
そして12月15日水曜日、運命の日を迎えます。「前日の夜は2階で長女と妻と三人で寝ていましたが、朝起きると妻がいませんでした。着替えて1階に降りるとソファーで寝ていて、起こさないように朝6時前に仕事に向かいました。 すると7時頃に妻の母から電話がありました。『亜美がナサ(長女)のことが分からないと言っている。ちょっとおかしいからどうしよう』という内容でした。仕事を早退して家に帰ると、妻の意識がもうろうとしていました。病院に行くために着替えることもできないほど、いつもの妻ではありませんでした。病院に緊急搬送され、その日の15時23分に妻とお腹の赤ちゃんは亡くなりました」(栗尾さん)
栗尾さんは当時を振り返り、「看護師としての判断ではなく、妊娠中の妻として向き合うべきだったと後悔しています」と語ります。
当初、医師たちも亜美さんの病気を特定できませんでした。この細菌は通常の細菌培養では増殖できず、生きた細胞内でのみ増殖する特殊な性質があるため、一般的な医療施設での診断が困難だからです。亡くなった後、妻とエアちゃんの細菌検査が行われ、検体が関係機関に提出されました。
栗尾さんは、原因を究明し同じような悲劇を防ぎたいという強い意志で病理解剖を決断します。
「2人の身体に傷をつけることは心が痛みました。ですが何もせず2人の命を無駄にはしたくありませんでした」(栗尾さん)
診断には半年という長い時間を要しました。オウム病クラミジアの検出には特殊な検査技術が必要で、結果判明まで時間がかかることが一般的だからです。診断が下りるまでの心境について、栗尾さんは「医師からわからないと言われたのでモヤモヤした気持ちはありましたが、とにかく今は仕事、死後の手続き等を終わらせて長女の前では明るくいることしか考えていませんでした」と当時の心境を語ります。
半年後、ついに「妊娠オウム病」という診断が下されました。栗尾さんは今でも「あの発熱したときにオウム病だとわかっていたらどうなっていたのか」と考えてしまうと言います。
妊娠オウム病は鳥との接触が原因とされる感染症ですが、保健所の調査でも感染経路は特定できませんでした。「オウム病は鳥本体ではなく糞などの排出物から感染する病気で、菌の潜伏期間は1~2週間です。過去のアルバムなど一カ月にわたり振り返りましたが、動物園など動物との接触した行動はありませんでした」(栗尾さん)
それでも感染してしまった理由について、栗尾さんは「公園や工事現場などでハトの糞を見かけることがあります。糞は乾燥すると空気中に舞うので、たまたま悪いタイミングで体内に入ったのではないかと思います」と感染経路について推測しています。栗尾さんの推測について、一般的にオウム病は鳥の排泄物を吸い込むことで感染するとされており、医学的に妥当な見解と考えられています。
病名が判明したことで、栗尾さんの中に変化が生まれました。「『鳥から感染?』と全く予想してなかった病気ですぐにネットで調べました。過去の事例を見る限り、とても珍しく深刻な病気だと分かったので妻と次女が教えてくれたこの重要な情報を、一人でも多くの方に伝えようと思いました」(栗尾さん)
現在、栗尾さんはInstagramでの発信に加え、オリジナル作品を製作するワークショップを定期的にデパートやマルシェイベントで開催し、その場で妊娠オウム病についての啓発カードを配布したり、直接来場者に病気について説明したりする啓発活動を続けています。
活動を続ける中で、特に印象的だった出来事があります。「つい先日のことです。長崎で妻とエアと同じように急激な発熱と体調悪化で、母子ともに妊娠オウム病で亡くなったご家族からインスタのDMが届いたのです。同じ苦しみを経験された方がいることに、とてもやりきれない気持ちになると同時に、さらに発信していかないといけないと思いました」(栗尾さん)
この体験が、栗尾さんの活動への想いをさらに強くしています。「これから出産される方やご家族に、あんな辛い体験をしてほしくない、その気持ちが一番の原動力です」(栗尾さん)
栗尾さんのように鳥との明確な接触がなくても感染する可能性があることから、妊娠中の感染症予防について栗尾さんは重要な呼びかけを続けています。
「健康な鳥でも保菌している場合があり、体調を崩すと糞便や唾液中に菌を排出し感染源となる場合があるので、鳥の健康管理にも注意が必要です。鳥を飼っている方は、ケージ内の羽や糞をこまめに掃除し、鳥の世話をした後は手洗い・うがいを徹底してください」(栗尾さん)
特に感染経路が特定できないケースについて、栗尾さんは実体験を踏まえてこう語ります。「公園や街中でハトなど野鳥の糞を見かけても、近づかない、触らないことが大切です。特に妊娠中は、工事現場や古い建物周辺など、鳥の糞が舞い上がりやすい場所では注意してください。また、妊婦さんと接するご家族の方も、外出後は手をよく洗うなど、感染を持ち込まないよう気をつけることが重要です」
初期症状については「インフルエンザの様な症状が数日に及びつづくこと」が特徴的で、「高熱(39℃以上)が続いたり体調に変化があればすぐ病院に行くことが大事だと思います」(栗尾さん)と注意を促しています。
今後の活動について、栗尾さんは「SNSでの発信を続けながら、地方のTVやラジオなど、より多くの媒体を通じて発信したいです。より多くの方にこの病気を知っていただき元気な赤ちゃんを産んで幸せな家族が増えてくれるとこの活動に意味があると思います」と切実な思いを語っています。
投稿には多くの妊娠中の女性から反響が寄せられており、「今5ヶ月の妊婦です。鳥との接触はありませんが、車についたフンを拭く際などもマスクをしっかりして素手では触らない、しっかり手洗いをしていこうと思いました」「初めて聞く病名です。身内が妊娠中なので注意するように言っておきます!ありがとうございます」といったコメントからは、妊娠オウム病に関する情報の重要性と、具体的な行動変容につながる情報発信の価値が伝わってきます。
愛する家族を失った悲しみを、同じ思いをする人をなくしたいという願いに変えて活動を続ける栗尾さん。その発信が、多くの命を救う力となっています。

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