〈《高い? 安い?》年収1500万円だが“他人のミス”で減額されることも…日本人が知らない『市長の給料事情』〉から続く
「ねえ、柏の女って誰なのよ?」――かつて自分を貶める「怪文書」によって、パートナーから浮気を疑われた、千葉県鎌ケ谷市の市長を5期務めた元政治家の清水聖士氏。なぜ政治の世界では、こうした怪文書が飛び交うのか? 怪文書によって、清水氏はどんなダメージを被ったのか? 新刊『市長たじたじ日記――落下傘候補から、5期19年、市長務めました』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
【写真ページ】不倫を疑われて焦る市長
写真はイメージ getty
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政治家には怪文書がつきものだ。
怪文書はそれを出すタイミングによって2種類に分類できる。1つは選挙の直前に出し、標的となる候補者の票を減らす効果を狙うもの。もう1つは時期を問わず、現職の評判を落とすもの。私は両方の種類の怪文書に幾度となく見舞われた。
最初の怪文書は、市長2期目に入って1年がすぎたころであった。
懇意にしている、鎌ケ谷市に隣接する柏市の市議会議員からの電話だった。
「清水さんのことについて書かれた、奇妙な手紙がうちに届いたんですよ」
「奇妙な手紙?」
「ええ。怪文書ってやつです。あることないこと書いてありますよ」
私は手紙をすぐに郵送してくれるように頼んだ。
送られてきた手紙には“清水市長の行状”があげつらわれていた。
〈この文書は、鎌ケ谷市民にとって害悪である清水きよし市長の問題を告発するものである。
▼市長はわざわざ市役所に休日出勤し、誰もいないのを見計らって、市役所女性職員の更衣室をのぞいてロッカーを物色している。
▼柏市のマンションの女性の部屋に市長が出入りしているのを見た人間がいる。……〉
こういった内容が、A4の用紙3枚にびっちりと書かれ、三つ折りで封筒に入れられ、切手が貼られていた。
手紙の内容はほかにも、
「市役所職員採用において、出来の悪い支援者の息子を、市長がコネで採用した」
「市長による悪政で財政運営がうまくいかず、鎌ケ谷市の財政状況が芳しくないため、合併構想*から鎌ケ谷市は外され、隣接市からも相手にされなくなった」……。
ショックだった。
いかにも実際に悪事の現場を見てきたかのように書かれてあり、読んでみると妙なリアリティーがある。自分のことでなければ、「そうなのか」と思ってしまいそうになる。何も知らない人がこの文書を読めば、本当にそうだと思い込むだろう。額面どおりに受け取らないにせよ、話半分くらいは根拠のあることだと思われるかもしれない。
怒りよりも、困惑と心配がつのった。多くの人の目に触れたら、私の印象はガタ落ちになるだろう。この件を私に知らせてくれた柏市の議員を含め、せいぜい近隣市の議員数人程度に送られただけでありますようにと真剣に祈った。
しかし、その後、「変な手紙が届いた」「妙な文書が送られてきた」と私に教えてくれる人が続出した。私に直接、連絡してくる人だけでこの数だから、送られた先は膨大な数になるだろう。こうしているあいだにも、この手紙が各所に送られ、私にまつわるあらぬ噂が広がっていると思うと、居ても立ってもいられないような焦燥感にとらわれた。
それにしても、やった側としては、名簿の入手や印刷、封入、切手貼りなど相当の手間と費用をかけている。かなりの人員を動員して大掛かりな作業をしたはずだ。私のことをよく思わない人間がたくさんいて、複数名が協力して取り組んだと思うとそのことに怖くなった。
面倒だったのは、大勢の人に配られた怪文書の内容がまわりまわって妻の耳にも届いたことだ。
ある日、娘が寝静まったあと、リビングにいた妻がぼそっと言った。
「ねえ、柏の女って誰なのよ?」
私は瞬時に、怪文書の内容が妻の耳にも入ったのだと悟った。どこから説明しようかと考えていると、
「あなた、よく公用車に乗って夜に外出してたけど、あれ、柏に行ってたの?」
妻はさらに追い打ちをかけてくる。
私は怪文書がばらまかれていること、その内容は事実無根であることを説明した。私も、女性の知り合いがまったくいないわけではない。だが、幸い柏市に懇意にしている女性などおらず、100%の出まかせだと主張した。
一応、私の説明で納得してくれたようだが、そもそもこういう怪文書がばらまかれたこと自体を、妻は恥ずべきことだと感じていたようだ。
「火のないところに煙は立たないっていうでしょ」
妻はそう言ったが、政治の世界では火のないところから出火する(そして大火事になる)ことがあるのだ。
支援者の中には、「名誉棄損の訴えを起こして、身の潔白を証明したほうがいい」とアドバイスしてくれた人がいた。
私は告発も視野に、鎌ケ谷警察署長に相談に行った。
「名誉棄損の訴えは『事実に反することを広められて名誉を棄損された』ことが必要要件なのですが、怪文書に書かれていることのうちの1つでも事実と認められるようなことになれば、政治生命も終わりかねないですよ」
私も叩けばほこりがまったく出ないわけでもない(汗)。とりあえず、名誉毀損の訴えはせず、様子を見ることにした。
紙面を借りて怪文書の内容について弁明しておこう。
まず「女子ロッカーを物色した」という事実はないが、休日に市長室にたびたび出かけていたのは本当だ。職員が起案した決裁文書が市長室の未決裁箱に大量に溜まり、それにハンコを押さないと市の仕事が進まないので、仕方なく夜間や週末に一人で市役所に行っていたのだ。
「鎌ケ谷市の財政状況が良くない」のは事実だが、「市町村合併構想から外された」というのは事実無根だ。合併構想そのものが頓挫したというのが本当のところである。
この怪文書によって、不愉快で恥ずかしい思いもし、「柏の女」が事実だと真に受ける人が少なからずいたのにはまいった。
だが、この怪文書が政治的に影響を及ぼしたか、あるいは選挙に影響を与えたかといえば、答えは「否」である。この怪文書のあとに行なわれた3期目の市長選では、歴代最高得票数を得て私は三選された。
怪文書はインパクトがあり、センセーショナルであったが、有権者からは「面白おかしいもの」としか捉えられなかったのだろう。「信憑性」という点においても、発信人の名前が書かれていなければ、政治的な影響を与えるまでにはならないのだ。
正義は勝つ、のである。
(清水 聖士/Webオリジナル(外部転載))