「この穴はいったいなんなんだ?」房総半島の磯にポツンポツンと点在する“謎の穴”…その意外な正体とは《釣り糸を垂らしてみると“まさかの大物”が!》

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千葉県館山市。房総半島の南に位置する通称「南房」の磯では一風変わった光景を目にすることができる。
【画像でイッキ見】 「見るからに怪しい…」房総半島の磯にポツンポツンと点在する“謎の穴”で“まさかの大物”を釣り上げるまで…!
館山市内から千葉県道257号線を西行し、洲埼灯台方面に降りていくとお台場海浜庭園というキャンプ場に突き当たる。チーバくんのちょうど足の先端にあたるのだが、ここから見る海は開放的で、空気が澄んでいると、相模湾を挟んだ先に富士山を眺望することができる。
夏場は黒潮の海流が波立って潮目としてはっきり見えるほど躍動感に満ちた海域でもある。そんな洲埼の海から少し目線を下げて磯場を見ると広範囲に無数の穴が空いているのが見える。

近くまで寄ってみるとほとんどの穴が整った長方形をしており、明らかに人工的に掘られた穴だということがわかる。これはいったいなんなんだ?

まるで古代ローマの公共浴場テルマエ・ロマエにも見える。まさか露天風呂か? いやいや……。ではこの穴は一体何を目的に掘られた穴なのだろうか?
ここに限らず房総半島の磯で釣りをしているとたびたび目にする謎の穴。季節によってはカタクチイワシが打ち上げられたり、フグやショウジンガニが顔をのぞかせていることもある。

釣り界隈では漁師が魚を活かすための生け簀として掘った穴だと言い伝えられている。しかし一見独立しているように見える穴だが、くまなく見ていると底の方に狭い通路があり隣り合った穴を行き来できるような細工がしてある。

本当に生け簀として掘られた穴なのだろうか……。その謎に迫るべく関係各所に聞き込み調査をしてみることに。
インターネットで検索してもそれらしい文献がヒットしないため、まずは管轄の漁業組合に連絡した。しかし、明確な解答を得ることはできなかった。
続いて千葉県の水産課に連絡してみる。すると、そこで興味深い話を聞くことができた。どうやら、元を辿ると何十年も前にイセエビの追い込み漁で使われていた穴なのだそうだ。それ以上の詳しい話は当時の状況を知る者がいないとのことで、不明ではあるものの、生け簀以外の目的があることがわかっただけでも、一つ謎の穴の真相に迫ることができたといえよう。
これ以上の詳細を得るには当時を知る漁師に直接話を聞くほかない。穴が点在する磯付近の漁港へ赴いた。
港へ到着すると数名の漁師さんが作業をしていたので話を聞いてみると、テングサを採取しているという。テングサはところてんや寒天の原料となる海藻で、黒潮の通る海域の浅瀬で採れるそうだ。

強風後の底荒れした海で釣りをするとよく針に引っかかってくるが、房総半島では漁業権のかかった貴重な水産資源だ。テングサが港のそこらで天日干しされた光景は房総を象徴する風景でもある。
作業の合間、漁師さんに磯にあいた穴について話を伺ったところ、なんと親族の方が穴を掘ってイセエビの追い込み漁をしていたという。

聞き進めていくと、今から50年以上も前からすでに現在の主流であるイセエビの刺し網漁と並行して追い込み漁が行われていたそうだ。さらに当時、生け簀としても利用されており、釣り人に伝わる生け簀説も間違いではなかった。
しかし20年ほど前に(記憶は曖昧とのこと)磯に穴を空ける漁法の是非が問われ、漁業組合から追い込み漁自体の禁止が下り追い込み漁は姿を消したという。つまり謎の穴は半世紀も前に作られた漁場であり、今となっては役目を終えた漁業遺産なのだ。
俯瞰でみた穴の様子
しかし「房州海老」とブランド化されるほど、イセエビの産地としても有名な房総の古き漁を知る者はもう少ないのだろうか。たまたま当事者に会うことができたのは運がよかった。
追い込み漁が禁止になった今でも漁の名残を見ることができる。最も海に近い穴の中に水中カメラを入れてみると海とつながる通路がいくつも開いていた。

通路の仕組みだが、まず海に面した穴へイセエビが侵入し、壁をたどるうちに別の通路に差し当たる。通路を通って隣接する穴へ進み、またさらに奥へと進むうちに引き返せなくなり、翌朝漁師によって回収される仕組みだ。まさに文字通り追い込み漁なわけだ。

場所によっては長い通路もあり、ここをイセエビが歩いていることを想像すると警戒心とかないのだろうかと疑ってしまう。後ろを振り返らない生き方は尊敬に値する。

さらに漁師さんがいうに、穴はツルハシなどの工具であけられたそう。人力で磯に穴をあけるなんて、現実的ではないように思える。ただし、この一帯の磯は砂岩や泥岩で構成されているため地質が脆く簡単に掘れたかもしれない。

実際に、火山岩で構成される伊豆半島の磯に比べ、房総半島の磯は濡れるとつるつると表面が溶けて滑りやすく、フェルトスパイクといったシューズを履かないと危険な磯である。このように加工しやすい地形ゆえに生まれた漁でもあるのだろう。
今回の目的は穴の謎の解明、そして釣り人として、この穴に現在生息する魚を調査してみること。もちろん漁業権のかかったイセエビを釣るわけではなく、あくまで漁業権のない魚に限る。はたして何が釣れるのだろうか?

まずは小物釣り用の延べ竿を用意してお風呂型の穴に仕掛けを投入してみる。虫エサの付いた針を穴底まで落とすとプルプルしたアタリが手元に伝わる。小気味いい引きで上がってきたのは小さなササノハベラ。

小さな魚でも小物専用竿で釣ると面白い。立ち位置をずらして仕掛けを投入すると今度はトロピカルカラーのニシキベラがヒット。

大物を狙うときはエサ取りとして名高いラインナップだが、狙って釣れるとこれが嬉しい。さらなる魚種を求めて穴を移動してみることに。
お風呂型の穴が点在する中でひときわ異質な穴を発見した。

底が見えないまるで地底国へとつづくかのような奇怪な穴……。ドラえもん好きな私はここから始まる大冒険を感じずにはいられなかったが、ここはおとなしく仕掛けを垂らしてみるとしよう。
すると投入して間髪入れずにアタリがでた。先ほどまでのベラ科の魚より力強い引きを見せる。漆黒の穴から上がってきた魚はメジナ。

磯釣りで最も人気の高いメジナ。大型になればベテラン釣り師でも手に負えない強烈な引きをみせる魚だけあって、小型でもパワフルな引きをみせてくれた。続く2投目も投入と同時にヒットするほど活性が高い。もはやメジナの湧きどころのごとく入れ食い状態。

恐らく生け簀に使われていたであろう奇怪な穴はいまや釣り堀と化していた。
続いて大物狙いの仕掛けに変更して穴のヌシを狙ってみることに。竿はダイソーで販売されている700円の穴釣り専用ロッド。

穴の規模をはき違えているが、それでも大物にも耐えることができる仕様だ。大きな針にサバの切り身を付けて潮通しの良い海側の穴へ投入した。

アタリを待っていると、隣接した穴から穴へと黄色い体色をしたウツボが行き来しているのを見つけた。

エサを求めて回遊しているのだろうか。しばらくするとロッドがぐいぐいとしなる。これは……? アワセを入れると穴釣りロッドがありえない曲がりを見せる。巨大な穴から姿を見せたのは先ほど回遊していたウツボ。やりとり中にも2匹のウツボがエサを取り合うかのように後を付けていた。

サバの臭いを感知して海から泳いできたのだろうか。追い込み漁の漁場として作られた穴は、長い時を経て海の生き物の巣窟になっていた。
皮の模様が魚とは異質で敬遠される方も多いウツボだが、実はここ房総半島では「なまだ(ウツボの地方名)」と呼ばれ、食用する文化がある。今回は三枚におろして七輪で蒲焼にしてみた。

見た目とはうらはらに、皮はゼラチン質でぷるんとして柔らかい。身は魚より鳥肉に近く、細胞の隙間にきめ細かなコラーゲンを含むため、噛むほどに肉汁が溢れる。ウナギの蒲焼ダレとの相性は抜群だ。
なお、調理の際は尻尾に近づくにつれて筋肉に埋もれた皮下埋没骨(小骨)が多く、専門の調理師でないと簡単には取り除けない構造をしているので注意が必要。一方で腹身は一般的な魚と違い骨がないため最も食べやすい部位になる。
ウツボは近海においては上位捕食者にあたるため、生態系の維持のために持ち帰る際も最小限の数を心がけてもらいたい。房総半島の漁業の変遷を垣間見た今回の釣行、また謎の穴を発見しだい調査に向かいたい。
同取材の内容をまとめた動画をYouTubeにて公開中です。ぜひご視聴のほど、よろしくお願いします。
写真=ぬこまた釣査団(大西)
(ぬこまた釣査団(大西))

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