年老いた親を思いやる気持ちと、自分自身の生活とのはざまで揺れ動く子世代。年金だけでは暮らしが立ち行かず、繰り返される「金の無心」……そのとき、最も大切なことは?
「いい加減にして! もう、二度と関わらないで!」
内藤美智子さん(55歳、仮名)は、実家の父・一郎さん(80歳、仮名)に向かって、生まれて初めてと言ってもいいほど大きな声で叫びました。溜め込んできた不満が、ついに限界を超えて噴出した瞬間でした。きっかけは、一郎さんの信じられないお金の使い道。娘の善意を踏みにじるような行為に、美智子さんの堪忍袋の緒は、ぷつりと切れてしまったのです。
夫と2人暮らしの美智子さん。子どもたちは社会人となり、教育費の大きな負担からはようやく解放されたものの、まだ住宅ローンは残っているため、少しでも家計の足しにと週に数回、近所のスーパーでパートとして働いています。年齢的に今後を見据えて資産形成を加速させないと……少し、焦りを感じています。
一方、実家でひとり暮らしをする父・一郎さん。病気知らずの健康体でしたが、年齢にあらがうことはできず、最近は年齢相応に足腰は弱っており、日々の生活には何かと気遣いが必要です。美智子さんは、そんな父親のことが気がかりで、忙しい日々のなか、合間を縫っては電車を乗り継ぎ、頻繁に実家を訪れていました。
「美智子か、よく来たな。悪いんだが、今月も少しばかり用立ててくれないか」
数年前から、お金を無心することが多くなった一郎さん。ちょうど世間で物価高と騒がれるようになったタイミングからで、美智子さんは自分のパート代からいくらかを父に渡すようになりました。
元々自営業だった一郎さん。最終的に事業が傾き店をたたむことになったうえ、亡くなった妻の治療費がかさみ、今はほとんど貯金が残っていないといいます。受け取っている年金は月8万円ほど。物価高のなか、生活費が足りなくなっても仕方がない――そんな思いからお金を渡していましたが、最近はその金額も少しずつ増え、一郎さんの要求も当たり前のようになっていました。
今後を考えると親を支援するほどの余裕はない。親孝行と割り切るも、感謝の言葉もなければ使い道すら不透明……美智子さんは言いようのないモヤモヤを感じていました。そして美智子さんが一郎さんの金の使い道を知ることになります。
ある日、一郎さんが懇意にしているという近所の人から、「一郎さん、最近羽振りがいいみたいだけど、何かあったの? よくパチンコ屋で見かけるし、若い女の子のいる店にもよく行ってみるみたいだし」と耳打ちされたのです。美智子さんは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けました。一郎さんを問い詰めると、最初はしらを切ろうとした一郎さんも、気迫に押され、ついに白状したのです。
「たまの息抜きくらいいいだろう!」と言い訳を繰り返す父の姿に、美智子さんの怒りは頂点に達し、冒頭のシーンとなったわけです。
厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、親にお金を渡している(仕送りをしている)世帯はわずか2.0%。50代世帯では少し増えて3.8%。平均月5.4万円を渡しています。介護費や医療費と、何かと出費がかさんでいくからでしょう。自身の年齢=親の年齢があがるにつれて仕送り額は増えていく傾向にあります。
【年齢別・親に仕送りをしている世帯の割合と平均仕送り額】20代…2.75%、3.9万円30代…2.69%、5.2万円40代…3.19%、4.9万円50代…3.84%、5.4万円60代…2.62%、6.7万円70代以上…0.34%、8.7万円
【年齢別・親に仕送りをしている世帯の割合と平均仕送り額】
20代…2.75%、3.9万円
30代…2.69%、5.2万円
40代…3.19%、4.9万円
50代…3.84%、5.4万円
60代…2.62%、6.7万円
70代以上…0.34%、8.7万円
民法によると、扶養義務者は両親、祖父母、子どもなどの直系尊属と兄弟姉妹、配偶者が該当します(民法第877条 第1項)。親が生活できないなら、子が何とかしなければならないのが現状です。ただし、自分の生活を犠牲にしてまで親の面倒を見る必要はありません。完全放棄は認められませんが、民法上も、親への扶養の程度は、扶養者の収入に応じた程度で足りるとされています。
美智子さん、この1件以来、一郎さんとは一度距離を置き、実家には行かなくなりました。「一度、よく頭を冷やしてもらわないと、私の気が収まりません」。何度も何度も許しを請う一郎さん。それは3ヵ月ほど続いたといいます。最終的にお金の管理はすべて美智子さんがすることを条件に、一郎さんの謝罪は受け入れました。
「多少の息抜きはもちろん大事よ。でも、無限にというわけにはいきませんから」
娘にすっかり財布を握られ、一郎さん、意気消沈気味だとか。とはいえ、親が生活に困窮していたら、無条件の支援の前に、まずは親の貯蓄や収入、生活費を把握。ムダがないか確認をしたうえで、ともに納得の範囲で援助することが大切です。
[参考資料]
厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』
e-Gov 法令検索『民法第877条 第1項』(扶養義務者)