警察庁の発表によれば2024年度の痴漢検挙件数は1811件。そのうち駅構内や電車内での検挙が991件と半分以上を占めている。被害者は若年層が多く、被害者の約7割が被害届を出さないのが現状だ。
前編記事〈「お願いだから、もうやめて…」震える女子高生を痴漢が執拗に…現役鉄道マンも血の気が引いた、40代男の「不気味な笑み」〉では、鉄道会社勤務の著者が現場で日々起こる痴漢行為のリアルを紹介している。
一方、恐ろしいのが痴漢の冤罪だ。疑われたら最後、男性の人生は終わるといっても過言ではない。著者が経験した実際のエピソードと男性側が身を守る方法を紹介する。
痴漢冤罪は2000年初頭に社会問題となり、2007年に公開された映画『それでもボクはやっていない』をきっかけに、広く世に知られることになった。痴漢冤罪を生み出す原因としては、被害者による誤認や金銭目的など、実にさまざまなことが考えられる。
ただし現在は、2023年の鉄道運輸規程の改正により、新たに導入する鉄道車両は防犯カメラ設置が義務付けられている。
防犯カメラの映像など客観的な物的証拠が裁判でも重要視されつつあり、埼京線で発生した4人の男性が1人の女性を取り囲んだ集団痴漢事件では、車両に設置されていた防犯カメラ映像のおかげで加害者4人が全員逮捕された。
車内の防犯カメラ設置が、痴漢や冤罪防止、犯人逮捕に大いに役立っているのは間違いない。
ただ、それでも痴漢の冤罪が危うく発生しそうになるケースはゼロではない。これは私が車掌時代に経験した痴漢冤罪疑惑の話だ。
夕方の帰宅ラッシュ時のことだった。駅に到着後、ドアを開扉して前方を確認すると、真ん中あたりの車両に人だかりができていた。何かトラブルでも発生しているのか。そう思っていると駅設置の列車非常停止ボタンが押され、ブザー音が駅構内に鳴り響いた。
「やっぱり、トラブルか……」
ホーム上でのトラブル発生と運輸司令所への無線連絡の必要を運転士に伝え、該当車両に急いで向かう。
現場では、20代くらいのガラの悪いカップルと50代くらいのサラリーマンが揉めていた。
「私はそんなこと絶対にやっていない!命に懸けて誓う」
この時点で私はすこし違和感を覚えていた。サラリーマンがやけに冷静なのだ。一方、カップルの片割れであるツーブロックの男性はまるで納得していない。
「コイツが俺の彼女の尻をM駅からずっと触ってたんだよ。嘘つくんじゃねえ!」
彼女だという金髪の女性も「私、ずっとこの人にお尻を触られていました」と男性に続く。
さらにツーブロックの男性は私にも迫ってきた。
「あなたもこの人が痴漢したって思いますよね? 彼女も触られたって言ってるんですよ」
「わたしはその行為が行われていた現場を確認していないので、恐れ入りますがどちらの味方もできません。取り調べ等は警察を呼んでからになりますので、そのままお待ちいただけますか?」
すると男性が突然、私の肩を強く掴んだ。
「彼女が触られたって言ってるんだから信用しろよ! お前、本当に使えねえな! あと、こいつとは示談でなんとかするから、警察呼ぶとか余計なことしないでくれる?」
女性が本当に被害者だったら申し訳ない。だが、どこか怪しい。被害を受けたというのに、女性は何事もなかったかのような涼しい顔をしている。男性の言動もいささか強引だ。ここまでコトが大きくなっているのになぜ警察を呼びたくないのか。女性が履いているミニスカートまで怪しく見えてきた。
鉄道会社職員に突っかかってくる乗客にまともな人間はいないというのが、私の経験則だ。このカップルに対する疑念がだんだんと強くなっていく。
一方、サラリーマンの男性は終始落ち着いていて、警察を呼ぶことにも納得していた。
「電車内に防犯カメラがあればぜひ確認してほしい。それと警察を呼ぶ際は繊維鑑定をしてもらえませんか?」
「繊維鑑定」とは被害者の衣服に接触したかを明らかにするため、被疑者の手などに被害者の衣服の繊維が付着していないか確認する分析鑑定のことを言う。
痴漢行為の加害者は基本的に無理矢理逃げようとするか、何かと理由をつけて警察を呼ばないように言ってくることが多い。
「まさか、これは冤罪なのでは……」
私はそう思い始めた。というか、痴漢をでっちあげて金銭を巻き上げる一種のビジネスの可能性が高いのではないか――。実際、そんなケースを先輩から聞いたことがある。
そのうち駅係員が到着したので双方の主張内容を引き継ぎ、私は乗務員室に戻ることになった。運転士にも事情を手短に話した後、運輸司令所に無線連絡をしてから列車の運転を再開した。
結局、真相はわからずじまいだった。
そもそも、鉄道会社職員は痴漢行為が行われている現場を見ていないので、痴漢行為の有無や真偽の判断は一切できない。私たちができるのは、あくまでも関係部署への取次のみだ。
それでも、このケースはカップルのほうがクロだったのではないかと今でも思っている。
ちなみに、繊維鑑定の話が出てきたが、たとえその結果がシロでも安心はできない。
被疑者の手から被害者の衣類の繊維が検出されなかったケースでも、有罪認定された判例はあるからだ。そのため、そもそも痴漢冤罪の被疑者にならないような対策が必要ではないかと思う。
私からアドバイスをするとすれば、「両手でつり輪に掴まる」「可能な限り、女性に近づかない」「満員電車にそもそも乗車しない」の3つは意識してもらいたい。
「こんなこと、いちいち気にしていられない」と一蹴するかもしれない。だが、一度でも痴漢行為の被疑者になってしまうと、社会的信用は地に落ちてしまう。リスクを考えたら、少なくともどれか1つは絶対にやっておいたほうがいい。
なお、万が一痴漢行為の被疑者になってしまった場合、絶対にやるべきなのは「目撃者を複数人確保すること」だ。
痴漢行為が発生した際、多くは警察を呼ぶことになり、彼らは必ず目撃証言の有無を確認してくる。ここで「両手でつり輪を掴んでいた」などと証言してもらえれば、疑いは一気に晴れる。実際にこれを実践して助かった男性は、私が対応したケースだけでも複数いる。
時間が経つにつれて目撃者を確保することは困難になるため、痴漢行為を疑われた際はすぐに周囲の乗客に声をかけて、自分の手の位置や挙動を目撃した人がいないか確認してほしい。
仮に駅係員や警察に同行を求められた際は、目撃者にも同行を依頼して証言してもらうのがベストだ。ただし、これも簡単ではない。その場合は相手の連絡先を聞いた上で、証言を録音しておく。これだけでも冤罪が晴れる可能性は高まるので覚えておいてほしい。
—-
【さらに読む】〈「胸をあらわ」にして電車を降りようとする母親の姿も…「大正時代」の路面電車の「今では考えられない光景」〉もあわせてお読みください。
【さらに読む】「胸をあらわ」にして電車を降りようとする母親の姿も…「大正時代」の路面電車の「今では考えられない光景」