狎篆3日間…うなぎにビール、ファミレスで無銭飲食の男から見る社会 罪を犯した障害者に必要な支援は

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1年ほど前。ある日の夕方に、30代の男が1人でファミリーレストランを訪れました。男は、ビールやうなぎなど5千円相当のメニューを注文し、平らげました。ところが、会計の段になり、現金などを持っておらず、お金を払えないことが分かりました。「3日間くらい何も食べていなくて、意識がもうろうとしていて……」。そんな趣旨のことを男は話しました。やがて、警察がやってきました。(朝日新聞記者・高橋健次郎)

【漫画】「なんで捕まった…」。「廃棄はもったいない」と狎掬化瓩破引きは止まらず泥沼に「累犯障害者」無銭飲食したとして、男は詐欺容疑で警察に現行犯逮捕されました。その後、実刑判決を受け、現在は服役中です。男には軽度の知的障害がありました。裁判では「無銭飲食するつもりはなかった。お金を持っていると思った」と主張しました。知的障害などの影響で、社会的に孤立し、働けずに困窮する。そうした状況で、万引きや無銭飲食を繰り返したり、オレオレ詐欺の「受け子」のような形で犯罪に巻き込まれたり――。そうした「触法障害者」「累犯障害者」の問題が、これまでも指摘されてきました。2021年の矯正統計年報によると、新規受刑者のうち、知的障害者の目安とされる知能指数69以下の受刑者は、およそ2割を占めました。男は、過去にも複数回、同じような無銭飲食で捕まり、服役していました。今回も、出所後、約1年で再び罪を犯してしまいました。男もまた「触法障害者」「累犯障害者」だったのです。お金の管理が苦手事件の1年前、出所した男は、建設会社の寮に住み込んで働き始めました。「働きぶりは悪くなかった」と、勤務先は評価していたそうです。ただ、男は、お金の管理が苦手。手元にあれば使い切ってしまいがちでした。現行犯逮捕される前、給料を手にした男は、会社の寮を抜け出し、ネットカフェに寝泊まりして飲食店などで散財するようになりました。お金を使い果たし、空腹に耐えかねてファミリーレストランで、罪を犯すことになったのです。社会内での更生「お金の管理が苦手だったり、人間関係が不得手だったりと、障害ゆえの特性が事件と結びついたとも考えられます。これまで何度も服役しながら再犯は防げていません。それならば、服役という形で司法の手にのみ委ねるのではなくて、福祉のサポートも受けつつ、社会内での更生をめざすことも必要ではないでしょうか」そう話すのは、神奈川県茅ケ崎市にある特定非営利活動法人UCHI(うち)の理事長、牧野賢一さん(58)です。牧野さんは、25年ほど、軽度の知的障害や発達障害のある人の地域生活を支えてきました。UCHIは、障害のある人が地域で暮らすため、日常生活の相談に応じ、食事や住居を提供するグループホームを運営。神奈川県茅ケ崎市内のアパートなどに、現在は計25人が生活しています。2、3人の同居のほか、単身や夫婦世帯など、暮らし方はさまざまです。グループホームの運営にあたり、障害と犯罪というテーマとも無縁ではいられませんでした。試行錯誤を続けていますが、再犯を防ぐ視点からも、福祉的アプローチの重要性を実感しています。牧野さんは、男の裁判で、弁護側の立場から、グループホームで男の生活を支える「更生支援計画」を作成。「社会内の更生」の必要性を説きました。「居場所」づくりが原点牧野さんは、社会福祉協議会の職員としてキャリアをスタート。その後、社会福祉法人にうつりました。ここでまず、軽度障害者が地域で暮らすための「居場所」づくりに没頭することになります。「当時は、障害者の暮らす場といえば、主に在宅か施設入所の二択でした。では、働くことができる知的障害者はどうしたらいいのか、と思ったのです」職だけでは生活が成り立たないことを牧野さんは感じていました。コミュニケーションが不得手で職場で孤立したり、感情のコントロールが難しかったり。そうした人たちを支えるためには、「居場所」にもなる生活の場が必要だと思ったのです。そこで始めたのがグループホーム。25年前、1997年のことです。施設を退所した後、障害児はどう暮らすのか、結婚や出産とどう向き合うのか――。グループホームの運営を続けていく中でさまざまな問題に直面しましたが、「触法障害者」の存在もその一つでした。相次ぐ「触法障害者」の入所依頼障害者もまた犯罪と無縁ではありません。ただ、罪を犯した障害者の受け入れを拒むホームがあるのも事実です。牧野さんが罪を犯した障害者を受け入れていることが徐々に知れ渡り、さらに入所依頼が相次ぐようになりました。別法人で勤務していた牧野さんがNPO法人のUCHIを立ち上げた2014年以来、今年10月までに延べ24人の触法障害者を受け入れてきました。窃盗、住居侵入、傷害、覚醒剤使用、刑事施設を出所した、裁判で執行猶予付きの判決が出た――。罪名もタイミングも、さまざまです。社会とのつながりを得る障害によって、家族や社会とうまく関係を築くことができない。そのために、就労や友人など、生きていくための選択肢や支えが失われている。ならば、他者や社会と関係を結ぶことからフォローをすべきではないか――。そう考える牧野さんは、グループホームで「関係支援」と自身が呼ぶ実践を続けています。他人とのつながりを築くきっかけになればと、食事はグループで取るようにしています。その場で利用者が悩みを打ち明けたり、あるいは利用者の変化を職員が読み取ることもあるそうです。同時に、地域社会ともつながろうと、利用者は、地元のお祭りや運動会にも積極的に参加しています。牧野さんはこう説明します。「多くの人が、家族の中で人間関係を学び、学校や地域へと世界を広げています。ただ、罪を犯した人の中には、家族関係でつまずいている人も少なくありません。社会の中でどんな振る舞いが求められるのか、他者が何を嫌がるのか、といった社会性を獲得する機会が極端に少なかったとも言えます。だからこそ、他人や社会とつながっていくための積み重ねが必要だと思うのです」そうした他者への共感、社会性の獲得が、長い目で見れば、再犯を防ぐことにもなると、牧野さんは話します。「根気よく関わっていく」もちろん、「社会内の更生」が万能なわけではありません。牧野さんが受け入れた「触法障害者」のうち、犯歴が少ない人ほど再犯率は低かったものの、罪を重ねるほど、再犯を防ぐことが難しくなっています。「早期に関わっていくことが重要です。一方で、犯罪歴が多い人の再犯も、再犯までの間隔が延びているケースがみられます。根気よく関わっていくことが必要だと思っています」取材を終えて取材をしながら、私は、2006年にJR下関駅で発生した放火事件を思い出していました。2006年にJR下関駅で放火事件が発生。逮捕された男性には、軽い知的障害がありました。「行く場所が無く、刑務所に戻りたかった」と動機を語った男性は、この事件を含め11回の実刑判決を受けていました。逮捕前には、警察や役所などと接点があったとされています。司法と福祉の連携促進は、この事件も一つの契機になっています。今回の記事で無銭飲食した男にも知的障害がありました。逮捕前の足取りをたどると、公的機関を頼ってもいます。社会の網の目から漏れ、罪を繰り返しているという点で、JR下関駅の事件と、今回の無銭飲食事件を重ねました。放火事件から15年以上経ちますが、同じような課題を持つ事件が起きていることの意味を考えさせられます。「社会内の更生」を進める制度は、整備されつつあります。例えば、出所後に福祉的支援につなげる「地域生活定着支援センター」は全国に展開されています。ただ、「器」はできても、「地域、また人によって、関係機関の動きに温度差がある」という声は、罪を犯してしまった障害者を支える立場の人たちからは、たびたび耳にします。もちろん、放火や無銭飲食は犯罪です。それでも、多くの手立てがある方が、結果的には再犯を防ぐことにつながるのだと思います。途上の取り組みが、いっそう進んでいくことを願います。ご意見お寄せくださいメール([email protected])で感想や体験談をお待ちしております。どうぞお寄せください。
1年ほど前。ある日の夕方に、30代の男が1人でファミリーレストランを訪れました。男は、ビールやうなぎなど5千円相当のメニューを注文し、平らげました。ところが、会計の段になり、現金などを持っておらず、お金を払えないことが分かりました。「3日間くらい何も食べていなくて、意識がもうろうとしていて……」。そんな趣旨のことを男は話しました。やがて、警察がやってきました。(朝日新聞記者・高橋健次郎)
【漫画】「なんで捕まった…」。「廃棄はもったいない」と狎掬化瓩破引きは止まらず泥沼に「累犯障害者」無銭飲食したとして、男は詐欺容疑で警察に現行犯逮捕されました。その後、実刑判決を受け、現在は服役中です。男には軽度の知的障害がありました。裁判では「無銭飲食するつもりはなかった。お金を持っていると思った」と主張しました。知的障害などの影響で、社会的に孤立し、働けずに困窮する。そうした状況で、万引きや無銭飲食を繰り返したり、オレオレ詐欺の「受け子」のような形で犯罪に巻き込まれたり――。そうした「触法障害者」「累犯障害者」の問題が、これまでも指摘されてきました。2021年の矯正統計年報によると、新規受刑者のうち、知的障害者の目安とされる知能指数69以下の受刑者は、およそ2割を占めました。男は、過去にも複数回、同じような無銭飲食で捕まり、服役していました。今回も、出所後、約1年で再び罪を犯してしまいました。男もまた「触法障害者」「累犯障害者」だったのです。お金の管理が苦手事件の1年前、出所した男は、建設会社の寮に住み込んで働き始めました。「働きぶりは悪くなかった」と、勤務先は評価していたそうです。ただ、男は、お金の管理が苦手。手元にあれば使い切ってしまいがちでした。現行犯逮捕される前、給料を手にした男は、会社の寮を抜け出し、ネットカフェに寝泊まりして飲食店などで散財するようになりました。お金を使い果たし、空腹に耐えかねてファミリーレストランで、罪を犯すことになったのです。社会内での更生「お金の管理が苦手だったり、人間関係が不得手だったりと、障害ゆえの特性が事件と結びついたとも考えられます。これまで何度も服役しながら再犯は防げていません。それならば、服役という形で司法の手にのみ委ねるのではなくて、福祉のサポートも受けつつ、社会内での更生をめざすことも必要ではないでしょうか」そう話すのは、神奈川県茅ケ崎市にある特定非営利活動法人UCHI(うち)の理事長、牧野賢一さん(58)です。牧野さんは、25年ほど、軽度の知的障害や発達障害のある人の地域生活を支えてきました。UCHIは、障害のある人が地域で暮らすため、日常生活の相談に応じ、食事や住居を提供するグループホームを運営。神奈川県茅ケ崎市内のアパートなどに、現在は計25人が生活しています。2、3人の同居のほか、単身や夫婦世帯など、暮らし方はさまざまです。グループホームの運営にあたり、障害と犯罪というテーマとも無縁ではいられませんでした。試行錯誤を続けていますが、再犯を防ぐ視点からも、福祉的アプローチの重要性を実感しています。牧野さんは、男の裁判で、弁護側の立場から、グループホームで男の生活を支える「更生支援計画」を作成。「社会内の更生」の必要性を説きました。「居場所」づくりが原点牧野さんは、社会福祉協議会の職員としてキャリアをスタート。その後、社会福祉法人にうつりました。ここでまず、軽度障害者が地域で暮らすための「居場所」づくりに没頭することになります。「当時は、障害者の暮らす場といえば、主に在宅か施設入所の二択でした。では、働くことができる知的障害者はどうしたらいいのか、と思ったのです」職だけでは生活が成り立たないことを牧野さんは感じていました。コミュニケーションが不得手で職場で孤立したり、感情のコントロールが難しかったり。そうした人たちを支えるためには、「居場所」にもなる生活の場が必要だと思ったのです。そこで始めたのがグループホーム。25年前、1997年のことです。施設を退所した後、障害児はどう暮らすのか、結婚や出産とどう向き合うのか――。グループホームの運営を続けていく中でさまざまな問題に直面しましたが、「触法障害者」の存在もその一つでした。相次ぐ「触法障害者」の入所依頼障害者もまた犯罪と無縁ではありません。ただ、罪を犯した障害者の受け入れを拒むホームがあるのも事実です。牧野さんが罪を犯した障害者を受け入れていることが徐々に知れ渡り、さらに入所依頼が相次ぐようになりました。別法人で勤務していた牧野さんがNPO法人のUCHIを立ち上げた2014年以来、今年10月までに延べ24人の触法障害者を受け入れてきました。窃盗、住居侵入、傷害、覚醒剤使用、刑事施設を出所した、裁判で執行猶予付きの判決が出た――。罪名もタイミングも、さまざまです。社会とのつながりを得る障害によって、家族や社会とうまく関係を築くことができない。そのために、就労や友人など、生きていくための選択肢や支えが失われている。ならば、他者や社会と関係を結ぶことからフォローをすべきではないか――。そう考える牧野さんは、グループホームで「関係支援」と自身が呼ぶ実践を続けています。他人とのつながりを築くきっかけになればと、食事はグループで取るようにしています。その場で利用者が悩みを打ち明けたり、あるいは利用者の変化を職員が読み取ることもあるそうです。同時に、地域社会ともつながろうと、利用者は、地元のお祭りや運動会にも積極的に参加しています。牧野さんはこう説明します。「多くの人が、家族の中で人間関係を学び、学校や地域へと世界を広げています。ただ、罪を犯した人の中には、家族関係でつまずいている人も少なくありません。社会の中でどんな振る舞いが求められるのか、他者が何を嫌がるのか、といった社会性を獲得する機会が極端に少なかったとも言えます。だからこそ、他人や社会とつながっていくための積み重ねが必要だと思うのです」そうした他者への共感、社会性の獲得が、長い目で見れば、再犯を防ぐことにもなると、牧野さんは話します。「根気よく関わっていく」もちろん、「社会内の更生」が万能なわけではありません。牧野さんが受け入れた「触法障害者」のうち、犯歴が少ない人ほど再犯率は低かったものの、罪を重ねるほど、再犯を防ぐことが難しくなっています。「早期に関わっていくことが重要です。一方で、犯罪歴が多い人の再犯も、再犯までの間隔が延びているケースがみられます。根気よく関わっていくことが必要だと思っています」取材を終えて取材をしながら、私は、2006年にJR下関駅で発生した放火事件を思い出していました。2006年にJR下関駅で放火事件が発生。逮捕された男性には、軽い知的障害がありました。「行く場所が無く、刑務所に戻りたかった」と動機を語った男性は、この事件を含め11回の実刑判決を受けていました。逮捕前には、警察や役所などと接点があったとされています。司法と福祉の連携促進は、この事件も一つの契機になっています。今回の記事で無銭飲食した男にも知的障害がありました。逮捕前の足取りをたどると、公的機関を頼ってもいます。社会の網の目から漏れ、罪を繰り返しているという点で、JR下関駅の事件と、今回の無銭飲食事件を重ねました。放火事件から15年以上経ちますが、同じような課題を持つ事件が起きていることの意味を考えさせられます。「社会内の更生」を進める制度は、整備されつつあります。例えば、出所後に福祉的支援につなげる「地域生活定着支援センター」は全国に展開されています。ただ、「器」はできても、「地域、また人によって、関係機関の動きに温度差がある」という声は、罪を犯してしまった障害者を支える立場の人たちからは、たびたび耳にします。もちろん、放火や無銭飲食は犯罪です。それでも、多くの手立てがある方が、結果的には再犯を防ぐことにつながるのだと思います。途上の取り組みが、いっそう進んでいくことを願います。ご意見お寄せくださいメール([email protected])で感想や体験談をお待ちしております。どうぞお寄せください。
【漫画】「なんで捕まった…」。「廃棄はもったいない」と狎掬化瓩破引きは止まらず泥沼に「累犯障害者」無銭飲食したとして、男は詐欺容疑で警察に現行犯逮捕されました。その後、実刑判決を受け、現在は服役中です。男には軽度の知的障害がありました。裁判では「無銭飲食するつもりはなかった。お金を持っていると思った」と主張しました。知的障害などの影響で、社会的に孤立し、働けずに困窮する。そうした状況で、万引きや無銭飲食を繰り返したり、オレオレ詐欺の「受け子」のような形で犯罪に巻き込まれたり――。そうした「触法障害者」「累犯障害者」の問題が、これまでも指摘されてきました。2021年の矯正統計年報によると、新規受刑者のうち、知的障害者の目安とされる知能指数69以下の受刑者は、およそ2割を占めました。男は、過去にも複数回、同じような無銭飲食で捕まり、服役していました。今回も、出所後、約1年で再び罪を犯してしまいました。男もまた「触法障害者」「累犯障害者」だったのです。お金の管理が苦手事件の1年前、出所した男は、建設会社の寮に住み込んで働き始めました。「働きぶりは悪くなかった」と、勤務先は評価していたそうです。ただ、男は、お金の管理が苦手。手元にあれば使い切ってしまいがちでした。現行犯逮捕される前、給料を手にした男は、会社の寮を抜け出し、ネットカフェに寝泊まりして飲食店などで散財するようになりました。お金を使い果たし、空腹に耐えかねてファミリーレストランで、罪を犯すことになったのです。社会内での更生「お金の管理が苦手だったり、人間関係が不得手だったりと、障害ゆえの特性が事件と結びついたとも考えられます。これまで何度も服役しながら再犯は防げていません。それならば、服役という形で司法の手にのみ委ねるのではなくて、福祉のサポートも受けつつ、社会内での更生をめざすことも必要ではないでしょうか」そう話すのは、神奈川県茅ケ崎市にある特定非営利活動法人UCHI(うち)の理事長、牧野賢一さん(58)です。牧野さんは、25年ほど、軽度の知的障害や発達障害のある人の地域生活を支えてきました。UCHIは、障害のある人が地域で暮らすため、日常生活の相談に応じ、食事や住居を提供するグループホームを運営。神奈川県茅ケ崎市内のアパートなどに、現在は計25人が生活しています。2、3人の同居のほか、単身や夫婦世帯など、暮らし方はさまざまです。グループホームの運営にあたり、障害と犯罪というテーマとも無縁ではいられませんでした。試行錯誤を続けていますが、再犯を防ぐ視点からも、福祉的アプローチの重要性を実感しています。牧野さんは、男の裁判で、弁護側の立場から、グループホームで男の生活を支える「更生支援計画」を作成。「社会内の更生」の必要性を説きました。「居場所」づくりが原点牧野さんは、社会福祉協議会の職員としてキャリアをスタート。その後、社会福祉法人にうつりました。ここでまず、軽度障害者が地域で暮らすための「居場所」づくりに没頭することになります。「当時は、障害者の暮らす場といえば、主に在宅か施設入所の二択でした。では、働くことができる知的障害者はどうしたらいいのか、と思ったのです」職だけでは生活が成り立たないことを牧野さんは感じていました。コミュニケーションが不得手で職場で孤立したり、感情のコントロールが難しかったり。そうした人たちを支えるためには、「居場所」にもなる生活の場が必要だと思ったのです。そこで始めたのがグループホーム。25年前、1997年のことです。施設を退所した後、障害児はどう暮らすのか、結婚や出産とどう向き合うのか――。グループホームの運営を続けていく中でさまざまな問題に直面しましたが、「触法障害者」の存在もその一つでした。相次ぐ「触法障害者」の入所依頼障害者もまた犯罪と無縁ではありません。ただ、罪を犯した障害者の受け入れを拒むホームがあるのも事実です。牧野さんが罪を犯した障害者を受け入れていることが徐々に知れ渡り、さらに入所依頼が相次ぐようになりました。別法人で勤務していた牧野さんがNPO法人のUCHIを立ち上げた2014年以来、今年10月までに延べ24人の触法障害者を受け入れてきました。窃盗、住居侵入、傷害、覚醒剤使用、刑事施設を出所した、裁判で執行猶予付きの判決が出た――。罪名もタイミングも、さまざまです。社会とのつながりを得る障害によって、家族や社会とうまく関係を築くことができない。そのために、就労や友人など、生きていくための選択肢や支えが失われている。ならば、他者や社会と関係を結ぶことからフォローをすべきではないか――。そう考える牧野さんは、グループホームで「関係支援」と自身が呼ぶ実践を続けています。他人とのつながりを築くきっかけになればと、食事はグループで取るようにしています。その場で利用者が悩みを打ち明けたり、あるいは利用者の変化を職員が読み取ることもあるそうです。同時に、地域社会ともつながろうと、利用者は、地元のお祭りや運動会にも積極的に参加しています。牧野さんはこう説明します。「多くの人が、家族の中で人間関係を学び、学校や地域へと世界を広げています。ただ、罪を犯した人の中には、家族関係でつまずいている人も少なくありません。社会の中でどんな振る舞いが求められるのか、他者が何を嫌がるのか、といった社会性を獲得する機会が極端に少なかったとも言えます。だからこそ、他人や社会とつながっていくための積み重ねが必要だと思うのです」そうした他者への共感、社会性の獲得が、長い目で見れば、再犯を防ぐことにもなると、牧野さんは話します。「根気よく関わっていく」もちろん、「社会内の更生」が万能なわけではありません。牧野さんが受け入れた「触法障害者」のうち、犯歴が少ない人ほど再犯率は低かったものの、罪を重ねるほど、再犯を防ぐことが難しくなっています。「早期に関わっていくことが重要です。一方で、犯罪歴が多い人の再犯も、再犯までの間隔が延びているケースがみられます。根気よく関わっていくことが必要だと思っています」取材を終えて取材をしながら、私は、2006年にJR下関駅で発生した放火事件を思い出していました。2006年にJR下関駅で放火事件が発生。逮捕された男性には、軽い知的障害がありました。「行く場所が無く、刑務所に戻りたかった」と動機を語った男性は、この事件を含め11回の実刑判決を受けていました。逮捕前には、警察や役所などと接点があったとされています。司法と福祉の連携促進は、この事件も一つの契機になっています。今回の記事で無銭飲食した男にも知的障害がありました。逮捕前の足取りをたどると、公的機関を頼ってもいます。社会の網の目から漏れ、罪を繰り返しているという点で、JR下関駅の事件と、今回の無銭飲食事件を重ねました。放火事件から15年以上経ちますが、同じような課題を持つ事件が起きていることの意味を考えさせられます。「社会内の更生」を進める制度は、整備されつつあります。例えば、出所後に福祉的支援につなげる「地域生活定着支援センター」は全国に展開されています。ただ、「器」はできても、「地域、また人によって、関係機関の動きに温度差がある」という声は、罪を犯してしまった障害者を支える立場の人たちからは、たびたび耳にします。もちろん、放火や無銭飲食は犯罪です。それでも、多くの手立てがある方が、結果的には再犯を防ぐことにつながるのだと思います。途上の取り組みが、いっそう進んでいくことを願います。ご意見お寄せくださいメール([email protected])で感想や体験談をお待ちしております。どうぞお寄せください。
「累犯障害者」無銭飲食したとして、男は詐欺容疑で警察に現行犯逮捕されました。その後、実刑判決を受け、現在は服役中です。
男には軽度の知的障害がありました。裁判では「無銭飲食するつもりはなかった。お金を持っていると思った」と主張しました。
知的障害などの影響で、社会的に孤立し、働けずに困窮する。そうした状況で、万引きや無銭飲食を繰り返したり、オレオレ詐欺の「受け子」のような形で犯罪に巻き込まれたり――。そうした「触法障害者」「累犯障害者」の問題が、これまでも指摘されてきました。
2021年の矯正統計年報によると、新規受刑者のうち、知的障害者の目安とされる知能指数69以下の受刑者は、およそ2割を占めました。
男は、過去にも複数回、同じような無銭飲食で捕まり、服役していました。今回も、出所後、約1年で再び罪を犯してしまいました。男もまた「触法障害者」「累犯障害者」だったのです。
お金の管理が苦手事件の1年前、出所した男は、建設会社の寮に住み込んで働き始めました。「働きぶりは悪くなかった」と、勤務先は評価していたそうです。
ただ、男は、お金の管理が苦手。手元にあれば使い切ってしまいがちでした。
現行犯逮捕される前、給料を手にした男は、会社の寮を抜け出し、ネットカフェに寝泊まりして飲食店などで散財するようになりました。お金を使い果たし、空腹に耐えかねてファミリーレストランで、罪を犯すことになったのです。
社会内での更生「お金の管理が苦手だったり、人間関係が不得手だったりと、障害ゆえの特性が事件と結びついたとも考えられます。これまで何度も服役しながら再犯は防げていません。それならば、服役という形で司法の手にのみ委ねるのではなくて、福祉のサポートも受けつつ、社会内での更生をめざすことも必要ではないでしょうか」
そう話すのは、神奈川県茅ケ崎市にある特定非営利活動法人UCHI(うち)の理事長、牧野賢一さん(58)です。
牧野さんは、25年ほど、軽度の知的障害や発達障害のある人の地域生活を支えてきました。
UCHIは、障害のある人が地域で暮らすため、日常生活の相談に応じ、食事や住居を提供するグループホームを運営。神奈川県茅ケ崎市内のアパートなどに、現在は計25人が生活しています。2、3人の同居のほか、単身や夫婦世帯など、暮らし方はさまざまです。
グループホームの運営にあたり、障害と犯罪というテーマとも無縁ではいられませんでした。試行錯誤を続けていますが、再犯を防ぐ視点からも、福祉的アプローチの重要性を実感しています。
牧野さんは、男の裁判で、弁護側の立場から、グループホームで男の生活を支える「更生支援計画」を作成。「社会内の更生」の必要性を説きました。
「居場所」づくりが原点牧野さんは、社会福祉協議会の職員としてキャリアをスタート。その後、社会福祉法人にうつりました。ここでまず、軽度障害者が地域で暮らすための「居場所」づくりに没頭することになります。
「当時は、障害者の暮らす場といえば、主に在宅か施設入所の二択でした。では、働くことができる知的障害者はどうしたらいいのか、と思ったのです」
職だけでは生活が成り立たないことを牧野さんは感じていました。コミュニケーションが不得手で職場で孤立したり、感情のコントロールが難しかったり。そうした人たちを支えるためには、「居場所」にもなる生活の場が必要だと思ったのです。そこで始めたのがグループホーム。25年前、1997年のことです。
施設を退所した後、障害児はどう暮らすのか、結婚や出産とどう向き合うのか――。グループホームの運営を続けていく中でさまざまな問題に直面しましたが、「触法障害者」の存在もその一つでした。
相次ぐ「触法障害者」の入所依頼障害者もまた犯罪と無縁ではありません。ただ、罪を犯した障害者の受け入れを拒むホームがあるのも事実です。
牧野さんが罪を犯した障害者を受け入れていることが徐々に知れ渡り、さらに入所依頼が相次ぐようになりました。
別法人で勤務していた牧野さんがNPO法人のUCHIを立ち上げた2014年以来、今年10月までに延べ24人の触法障害者を受け入れてきました。窃盗、住居侵入、傷害、覚醒剤使用、刑事施設を出所した、裁判で執行猶予付きの判決が出た――。罪名もタイミングも、さまざまです。
社会とのつながりを得る障害によって、家族や社会とうまく関係を築くことができない。そのために、就労や友人など、生きていくための選択肢や支えが失われている。ならば、他者や社会と関係を結ぶことからフォローをすべきではないか――。そう考える牧野さんは、グループホームで「関係支援」と自身が呼ぶ実践を続けています。
他人とのつながりを築くきっかけになればと、食事はグループで取るようにしています。その場で利用者が悩みを打ち明けたり、あるいは利用者の変化を職員が読み取ることもあるそうです。
同時に、地域社会ともつながろうと、利用者は、地元のお祭りや運動会にも積極的に参加しています。
牧野さんはこう説明します。
「多くの人が、家族の中で人間関係を学び、学校や地域へと世界を広げています。ただ、罪を犯した人の中には、家族関係でつまずいている人も少なくありません。社会の中でどんな振る舞いが求められるのか、他者が何を嫌がるのか、といった社会性を獲得する機会が極端に少なかったとも言えます。だからこそ、他人や社会とつながっていくための積み重ねが必要だと思うのです」
そうした他者への共感、社会性の獲得が、長い目で見れば、再犯を防ぐことにもなると、牧野さんは話します。
「根気よく関わっていく」もちろん、「社会内の更生」が万能なわけではありません。
牧野さんが受け入れた「触法障害者」のうち、犯歴が少ない人ほど再犯率は低かったものの、罪を重ねるほど、再犯を防ぐことが難しくなっています。
「早期に関わっていくことが重要です。一方で、犯罪歴が多い人の再犯も、再犯までの間隔が延びているケースがみられます。根気よく関わっていくことが必要だと思っています」
取材を終えて取材をしながら、私は、2006年にJR下関駅で発生した放火事件を思い出していました。
2006年にJR下関駅で放火事件が発生。逮捕された男性には、軽い知的障害がありました。「行く場所が無く、刑務所に戻りたかった」と動機を語った男性は、この事件を含め11回の実刑判決を受けていました。逮捕前には、警察や役所などと接点があったとされています。司法と福祉の連携促進は、この事件も一つの契機になっています。
今回の記事で無銭飲食した男にも知的障害がありました。逮捕前の足取りをたどると、公的機関を頼ってもいます。社会の網の目から漏れ、罪を繰り返しているという点で、JR下関駅の事件と、今回の無銭飲食事件を重ねました。放火事件から15年以上経ちますが、同じような課題を持つ事件が起きていることの意味を考えさせられます。
「社会内の更生」を進める制度は、整備されつつあります。例えば、出所後に福祉的支援につなげる「地域生活定着支援センター」は全国に展開されています。
ただ、「器」はできても、「地域、また人によって、関係機関の動きに温度差がある」という声は、罪を犯してしまった障害者を支える立場の人たちからは、たびたび耳にします。
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