第1回【コメ不足の深刻化で「おしん」の“大根めし”に脚光…いつまで経っても備蓄米が流通しない原因は「人事異動」や「トラック不足」なのか】からの続き──。農業協同組合新聞は「農協新聞」という別称を持つ。JAグループの活動を中心に農業問題を報じる専門紙として知られ、読者もグループの役職員や組合員が少なくない。(全2回の第2回)
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【写真】「日本と全然違う!」韓国のスーパーで実際に売られているコシヒカリの“お値段”とは? 日本人向けにお持ち帰りを呼びかける張り紙も
この農協新聞は現在、「どうするのか? 崩壊寸前 食料安保」というシリーズ企画を連載している。
4月24日、同紙の電子版は「【どうするのか?崩壊寸前 食料安保】米の安定供給は長期的視点で JA松本ハイランド組合長 田中均氏」との記事を配信した。
記事のリードには《米の安定供給に必要な政策とは何か、長期的視点での制度設計を訴える論考を、長野県・JA松本ハイランドの田中均代表理事組合長に寄稿してもらった》と書かれている。
ところが、この田中組合長の原稿がネット上で炎上しているのだ。担当記者が言う。
「寄稿で田中氏が最も訴えたかったのは、コメの需給調整にはバッファ(ゆとり)が必要であり、安定供給のためには税金で農家の所得を補償することも検討すべきということでしょう。それ自体は検討に値する提言だと思います。ところが田中氏はコメの価格が高すぎるという見解には否定的な立場で、《今だけ値段が下がりさえすればいいという消費者目線だけではことは解決しない》と書きました。しかし関東や関西の都市部でコメは消費税込み5キロ5000円台突破が常態化しています。税と社会保障の重い負担に苦しむなか、『コメが高すぎて買えない』という切実な悩みを抱える消費者から異論が殺到したわけです」
特にネット上で炎上したのが、田中氏が「コメは高くない」と主張するために持ち出した「コメ1杯とコンビニのサンドウィッチの価格比較」だ。
「田中氏は寄稿の中で、5キロ4000円のコメは1杯50円。これに対してコンビニのサンドウィッチは300円から350円だと指摘し、《ごはん1杯いくらなのか分かって「高い」といっているのだろうか》と問題提起しました。しかし、そもそも都市圏で5キロ4000円台のコメは見かけません。GW中に都心のスーパーを調べましたが、相変わらず備蓄米は影も形もなく、主流は4600円台。税込だと5000円を超えます。時たま奇跡のように5キロ税込4000円台の、備蓄米ではない複数原料米が店頭に並ぶことがありますが、わずか1日で売り切れてしまいます」(同・記者)
ましてコンビニのサンドウィッチには具材の仕入れ値を筆頭に、様々なコストが上乗せされている。Xでは《自宅で炊くご飯とコンビニ販売のサンドイッチを直接比較する無意味さを解って言っているとしたら詐欺師同然》、《日本の農業が駄目になるのも分かる気がする》、《こんなん火に油で国民から敵視されるだけだよ?》──と批判が相次いでいる。
さらに田中氏が最新の状況を知らないと批判されても仕方がないのは、今では「ごはん1杯の値段はパン1枚より高くなった」ことが明らかになっているからだ。
三菱総合研究所は4月3日、「『おコメが高いから、パンにしました』ってホント? 食料安全保障と農業のキホンの『キ』(8)」との記事を配信した。記者が言う。
「三菱総合研究所は昨年4月、コメと食パンの価格を比較しました。当時、コシヒカリは5キロ2292円で売られていました。そこから《お茶碗1杯=150グラム》のコメは約30円だったそうです。一方、4枚切りの食パンは1枚42円。6枚切りは1枚が28円で、2枚だと56円でした。コメはパンよりリーズナブルだったことが分かります。ところが今年2月の5キロ4363円で計算すると、茶碗1杯は57円。4枚切りパン1枚は48円、6枚切り1枚は32円と、場合によってはパンのほうが安いことが分かったのです」
ひょっとすると田中氏はコメより食パンが安いことを知っていたので、あえてコンビニのサンドウィッチと比較したのではないか──と邪推したくなる。
さらに三菱総合研究所はパスタだと4枚切りパン1枚よりさらに安いことを明らかにしている。
2月のパスタ1袋の価格は278円。この1袋には330グラムから260グラムのパスタが入っており、1食80グラムで計算すると47円。4枚切りパンの48円より1円安い。
「消費者のコメ離れは加速する一方です。全国のスーパーでパスタとパン、それにうどんの売上が伸びています。2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻を開始すると、小麦の価格が高騰しました。日本でもパンの価格は上昇しましたが、国の『小売物価統計調査』を見ると2022年、東京都区におけるコシヒカリ5キロの価格は2288円でした。今とは比較にならない安価な値段だったので、『日本人はコメが主食なので小麦高騰の悪影響が最小限に抑えられている』、『農家の皆さんがコメを作ってくれているので助かる』という世論が大勢を占めていました。もしコメが安定した価格で今も販売されていれば、コメ離れどころかコメの需要は着実に増え、販売量の増加で農家の皆さんの収入もほんの少しは増えたのではないかと思います」(同・記者)
江藤拓・農林水産大臣は4月25日に大臣会見に臨んだが、これほど国民がコメの高騰に苦しんでいるにもかかわらず、
「行政は、価格にコミットするというのは正しくありません。この経済の中において、物の値段は米に限らず、工業製品も含めて、市場で決まるというのは大原則です」
との考えを示した。
確かに市場で価格が決まる工業製品なら日本製が高い場合、相当数の人が安価な外国製を躊躇なく買うだろう。
「しかしコメとなると話は別です。私たち日本人は根本的に『主食のコメを市場原理に委ねてしまっていいのか』という考えを持っていると思います。さらに『コメの高騰で農家の皆さんが儲かるのなら許容する』という意見も少なくありません。今、世論が沸騰しているのは農家も儲かっていないことが明らかになったからです。もし江藤農水相が本気で『コメは市場原理に任せるべき』と主張しているのなら外国米の関税をゼロにして市場を開放し、国産と海外産のコメをフェアに戦わせるべきでしょう。消費者は安いコメを買える一方、日本のコメ農家は廃業が相次ぐはずです。しかし、それこそが市場原理を尊重する自由放任経済の基本です。ところが江藤農水相はコメの自給率を上げる考えも示していますから滅茶苦茶です。国民に向かって発するメッセージとしては完全に論理が破綻していると言わざるを得ません」(同・記者)
ちなみに会見ではTBSの記者が「コメの卸業者の組合を取材したが、コメが不足している」と悲鳴を上げていると質問した。
すると江藤農水相は「我々は、推測に基づいて言っているわけではありません。多分、御社よりもきめ細やかに調査をかけています」とTBSの記者に対してずいぶんと挑発的な態度を示した。
第1回【コメ不足の深刻化で「おしん」の“大根めし”に脚光…いつまで経っても備蓄米が流通しない原因は「人事異動」や「トラック不足」なのか】では、これほどコメの高騰が続いても備蓄米を入札する農水省の問題点や、物価高騰からNHKの人気ドラマ「おしん」のような大根飯を食べている日本人が増えていることについて報じている──。
デイリー新潮編集部