警察官になりすました詐欺電話が横行し、実際に被害に遭うケースが後を絶たない。
「末尾が0110番からの着信だった」「警察手帳やバッジを見せてきた」。警察庁のホームページをはじめ、ネット上ではその手口が詳しく紹介されている。そんな詐欺電話で相手とのやりとり、たいていの人は「怪しい」と思ったらすぐ切るだろうが、のらりくらりと続けていくと、いったい何が起きるのか……?
とあるNPO法人の代表から提供された録音には、犯人側からの耳を疑うような?自白?が記録されていた。
今年3月下旬の昼下がり、東京都内のNPO法人代表を務める石原とし子さん(仮名、50代)のもとに「+」で始まり「0110」で終わる番号から電話がかかってきた。「警察から…?何の用だろう」といぶかしがりながらも応答すると、男は警視庁捜査2課の刑事を名乗り、紳士的な口調で話し始めた。
「資金洗浄、いわゆるマネーロンダリングと呼ばれる事件の捜査を進めています」「フジイという主犯格を逮捕し、犯行拠点や自宅を家宅捜索したところ、他人名義のキャッシュカードや通帳4000点以上を押収しました。その中の一つが石原さん名義のカードだったので、お電話を差し上げました。何か心当たりはございませんか?」
石原さんは「ちょっと記憶がないです」と応じたが、男は口座に紐づく住所情報を確認したいと告げると、石原さんが実際に住んでいたマンション名や部屋番号まで読み上げたのだ。
さらに、石原さん名義の口座に犯罪収益とみられる入金や送金があったとして、「現在石原さんは重要参考人という立場ですが、犯罪収益隠匿罪に問われる可能性があります」と警告した。もし資金洗浄に加担していないのであれば、この事件を捜査している大阪府警に電話を転送するので説明してほしいと促すのだ。
不気味だなと思いながらも待っていると、保留音の後、「大阪府警刑事部のキタジマ」が登場した。キタジマも丁寧な語り口で、先ほどの男と同様の説明を繰り返し、重要参考人として事情聴取を行うために、周囲に人がいないことを念押ししてきた。
ところが、キタジマが「大阪府警に足を運んでほしい」と言うので、石原さんが「ちょっと難しいです。最近こういう変な電話がかかってくるってニュースでやっているので、本当かどうかわからないと思っています」と答えた直後、流れが一変する。
キタジマの声のトーンが一段低くなったのだ。
「なるほど。石原さんの情報なんですが、当然ながら私どもの手元にあるんですね。で、なんでご連絡したかわかりますか?」
「重要参考人だからですか?」と応じる石原さんに対し、「違いますね。ご自身の情報をもとにですね、私どもこういった組織になりますので、資産状況が手元にあるわけです。石原さんがご対応いただけないのであれば、物件などについて情報提供をするわけなんですね。情報提供とかご理解できますか?」
警察であれば個人情報を把握できるのは当然だ。だが、冒頭の男は「石原さんが重要参考人だから電話をした」と説明していたのに、キタジマは違うと言う。また、警察がどこに情報提供するというのだろうか。不明瞭な点が多く、石原さんは困惑しながら答えた。「よく分からないです」
ここからキタジマの発言は不可思議な方向へと向かう。やりとりはこう続いた。
キタジマ「いわゆるですね、強盗がどうやってターゲットを決めているか分かりますか?」
石原さん「分からないです」
キタジマ「あ、そうですか。ここまで情報が流れているのが分からないんですね。じゃあ電話を切られても結構ですよ」
石原さん「切ってもいいんですか?」
キタジマ「うーん。もう情報流すわ。おまえの情報を流しておくんで大丈夫です。おまえが資産あることは分かってるんで切ってもいいですよ」
石原さん「本当に警察の人ですか?」
キタジマ「違いますよ。だから言ってるじゃないですか。資産を持っていることは分かっていますし、お住まいも分かっているんですよ。どういうことか分かりますか?強盗団がどうやってターゲットを決めているか分かりますか?私どもとしては、強盗に行くか、ご自身が振り込むのか、対応いただきたいわけです」
なんと、キタジマは自ら「振り込め詐欺犯行グループ」の一味であると明かしたのだ。詐欺電話の手口が広く知られるようになったいま、もはや隠すつもりもないということだろうか。「こっちはお前の情報をつかんでいる。強盗されたくなければ、お前の方から振り込め」というのだ。
恐怖に襲われながらも、石原さんが「警察の電話だと思って対応していたんですけど、家が知られているからって強盗に来るんですか?」と尋ねたが、数秒の沈黙の後、電話は切られた――。
石原さんはすぐに最寄りの警察署に通報したが、返ってきた答えはあっけないものだった。
「そういう番号は海外からだから出なくていいですよ。情報提供でいっぱいいっぱいなので」
実は男らが読み上げた住所は、石原さんがNPO法人を設立した際に、代表者の住所として登録した場所だった。法人登記を取るなどの方法で誰でも知ることができるもので、犯罪組織は公開情報をもとに、手間ひまかけて個人情報をかき集めている可能性があるということだ。
法人登記には代表取締役らの住所を記載しなければならないが、2024年10月からは、市区町村より先の詳細を非公開にすることができるようになった。住所を公開することへの抵抗感から起業をためらったり、ストーカー被害や過度な営業行為の誘発につながったりすることへの懸念が経済界から示され、法務省がルールを変更したのだ。
法務省に、マネロン集団に悪用されることを防ぐ狙いがあったかどうかはさておき、非公開の申請をしていない法人代表者は、こうした被害に遭う可能性があることに注意が必要だろう。
電話が海外からだとしても、国内に実動部隊がいる可能性は否定できない。それどころか、つい最近では「ルフィ」グループなど、犯罪組織が海外拠点から架空請求の詐欺電話をかけていた実態も判明したばかりだ。石原さんはすでに男らが告げた住所から引っ越しているが、おそらくその住所には別の人間が住んでいる。
「もし怒り狂った犯行グループが、本当にそこを襲撃したら……?」
石原さんの不安は募るばかりだ。
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