「結果的に他人の作品に類似している」という理由だけで公益財団法人「日本美術院」から1年間の出品停止処分などを受けた画家が、550万円の損害賠償などを求めた訴訟で、4月23日、東京地裁は原告側の訴えを認め、日本美術院に220万円の賠償命令を出した。納得できない理由で“盗作作家”のレッテルを貼られたばかりでなく、裁判を起こしたことで“村八分”状態にされてきたという画家に思いを聞いた。
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【写真】問題となった2作品の「全容」を見比べてみる。構図はよく似ているが細部や全体のタッチ・表現を見ていくと違いも感じる
原告は梅原幸雄氏(74)。日本画最高峰の展覧会として知られる「院展」(日本美術院展)で40年以上活動し、日本美術院に所属する会員の中でも最高ランクの「同人」に名を連ねる日本画家だ。だがその栄誉は、23年3月、「第78回春の院展」に出品した一枚の絵によって失墜してしまった。
きっかけは出品した作品に対し、後輩の女性画家が「20年前に自分が描いた絵に酷似している」と騒ぎ出したことだった。日本美術院理事会は後輩画家の訴えを聞き入れ、梅原氏に理事解任を相当とする処分と1年間の出品停止処分を下した。
梅原氏は処分を不服として、23年6月、日本美術院に損害賠償を求めて東京地裁に提訴。4月23日、東京地裁は、処分が「違法かつ無効」であり、不法行為を構成するとして、日本美術院に220万円の賠償を命じる判決を出した。
下記は判決文からの抜粋である。
〈他人の作品を基にしなかったにもかかわらず結果的に同作品に類似する作品を制作したこと自体は、法令や被告定款に何ら違反するとは解されないところ、それにもかかわらず、本件各措置のうち本件解任提案は理事の地位の喪失という重大な影響を及ぼす可能性のあるものであり、また、本件出品停止は、自由な表現活動の一定期間の制約という重大な不利益を与えるものである〉
この通り、「偶然似ているだけで処分するのはおかしい」との判断が下されたのである。
梅原氏は「2年近くにも及んだ長い戦いを終えてホッとしているところです」と語る。
「本当は長らくお世話になってきた組織を相手に裁判など起こしたくはありませんでした。けれど、黙っていれば身に覚えのない誹りを受け入れることになってしまう。実際、私は後輩画家が描いた絵のことは全く覚えていなかったし、偶然構図が似てしまっただけなのです」(梅原氏、以下同)
処分がホームページ上に公表されたことで、活動には甚大な被害が生じたという。
「瞬く間に『盗作作家』という不名誉な評価が広まり、私が40年かけて築き上げてきたキャリアは崩壊しました。予定していた展覧会は中止され、誰も絵を買ってくれなくなり、依頼されることも無くなった。何より私自身が絵を描く気力を失ってしまいました」
さらに、日本美術院の関係者からは「なんで裁判を起こしたんだ」と批判され続け、うつ病まで発症してしまったという。昨年12月、「デイリー新潮」のインタビューに答えた記事が世に出ると、さらに状況は悪化した。
「昨年の『秋の院展』には気力を振り絞って出品することができたのですが、記事が出た後、『あれだけ長年世話になってきた組織や仲間を批判するなんて』といった批判が強まった。『組織に盾付きながら出品し続けるのはおかしい』という声も聞こえてくるようになり、事実上、今年の春の院展には出品できなくなってしまいました。最近は“もう梅原は破門になった”と言われていると聞いています」
だが、記事についたコメントには勇気づけられたという。ほとんどの人が2枚の絵を見比べた上で、「これを盗作と言うのはおかしい」と日本美術院側を批判したからだ。
「嬉しかったです。とても励まされましたので、コメントしていただいたみなさんには感謝でいっぱいです。ただ、やはり判決が出るまでは不安で仕方なかった。もし敗訴してしまったらこの先どうなってしまうんだ、やっぱり裁判なんて起こすべきじゃなかったと考えてしまう自分がいました」
法廷でも主張の正当性が認められ大手を振って歩けるようになったが、日本美術院という“ムラ社会”の中で名誉が回復されるかどうかについては不安は残るという。
「日本美術院にはどうかこの判決を受け入れてほしい気持ちです。同じような対象を描く場合、構図が似通ってしまうことはよくあること。富士山を描けば似通った絵が出てくるのと同じで、今回は偶然にも、2人ともフレアスカートを履いて座っている平凡なポーズの女性を対象にしてしまっただけの話なのです。似ているだけで問題視されてしまうならば、もう誰も自由に絵を描けなくなってしまう。後進のためにもどうか自分たちが誤った判断を下してしまったことを認めてほしい」
判決を受けて「再び絵を描く気力が蘇ってきた」とのことで、昨晩は久しぶりにアトリエに篭ったという。
日本美術院側にも取材を申し込んだが、「まだ判決について検討している最中で、コメントできません」との回答だった。
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デイリー新潮編集部