高齢者向けの「新NISA」なんて、「とんでもない」…荻原博子が政府に憤慨するワケ

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トランプショックで株安、円高が進行する中で、「新NISA」で元本割れする人が大勢出ています。先の見えない状況に不安を抱えている人も多いでしょう。私は〈【新NISA】だから「おやめなさい」と言ったのに…トランプ相場「塩漬けか、撤退か」の最適解〉で記しているように、以前から新NISAの問題点について追及してきました。
そんな中、とんでもない話が飛び出してきました。
岸田文雄前総理が会長をつとめる自民党の資産運用立国議員連盟が、高齢者や未成年向けに「新NISA」を拡充することを提言。高齢者向けの「新NISA」を「プラチナNISA」と銘打ち、これを2026年度の税制改正要望に盛り込む方向で調整を進めるというのです。
まずは「プラチナNISA」の概要を説明しましょう。利益に対する課税がないなど、基本的な仕組みは今の「新NISA」と共通ですが、最も大きな違いは65歳以上向けであることと、現在の「新NISA」では買えない「毎月分配型」の投資信託を買えるようになることです。
なぜ、65歳以上だけに「毎月分配型」の投資信託を販売するのでしょうか。先の提言に寄れば、高齢者が投資で資産を増やしたいだけでなく、その一方で投資信託から分配金をもらい、公的年金に上乗せして豊かな暮らしをしたいと強く持っているからなのだそうです。
けれどそれはあくまで表向きのことだと私は思っています。
日本では家計の金融資産総額の6割にあたる約2100兆円を60歳以上が占めていると言われています。このお金をどうやって引き出すか、政府および金融機関は知恵を絞ってきました。
その結果、「目減りしていく公的年金の補填になる」という宣伝文句が使える「毎月分売型」の投資信託は、願ってもないものと思われたのでしょう。
しかも、分配金を受け取れば、消費喚起にもなりそうです。低金利によって収益が増えずに喘いできた金融機関にとっては、投資信託を買ってもらえば多額の手数料収入になりそうだという皮算用もあるでしょう。高齢者の金融資産を投資信託に吸い上げることで、政府、金融機関の思惑が合致しているために、金融庁も前向きな検討を始めたようなのです。
ただ、高齢者にターゲットに、大々的に「新NISA」で「毎月分配型」の投資信託を売り出すことに対し私は、大きな違和感があります。
「毎月分配型」の投資信託の元祖として有名なのが、一世を風靡した「グーバル・ソブリン・オープン(毎月決済型)」。通称「グロソブ」と呼ばれる投資信託です。
主要先進国の政府および政府機関が発行して元本が保証されたソブリン債を主な投資対象とした投資信託です。投資先は信用格付けが高いものですから安心できる上に、そこで得られた配当を、毎月分配金として受け取れるとあって大人気となりました。
分配金は変動しますが、1000万円分投資信託を買うと、毎月4万円の分配金が得られる時期もありました。年間に受け取れる分配金は48万円です。これが老後の生活費の足しになると言われ、多くの人がこの投資信託を買い、なんとピーク時には、約6兆円の資金を集める異例のヒット商品となりました。
購入者には、年金に不安を抱く高齢者が多く、たとえば2007年ごろですが、人口3万人程度の愛媛県の小豆島で、なんと100億円ものグロソブが売れたと言われたほどです。
なぜ、こんな小島でそれほどのグロソブが売れたのかと言えば、オリーブ畑ブームで小金持ちになった投資初心者の高齢者がいることに目を付けた証券会社などが殺到し、盛んにセミナーなどを開いて大キャンペーンを展開したからです。
こうしたことが各地で起きて、結果、「グロソブ」はピーク時には先程も述べたように約6兆円を集める、お化けファンドに成長したわけです。
グロソブが運用をスタートしたのは、1997年12月。スタート時点で1万円だった基準価格が98年10月には1万2000円近辺まで値上がりしましたが、急激に進んだ円高で2000年9月には、約半値の6485円まで基準価格が下落しました。投資する債権自体は信用力の高いものですが、海外の債券ですから為替が円高になったために為替差損が拡大してしまいました。
その後、世界の景気が上がったり下がったりしてきましたが、直近の2025年4月17日現在の基準価格は5077円。売り出し当時に買った方は、約30年で買った額の半値になってしまったのです。
さらに最盛期の2008年に5兆7685億円あった残高は、23年1月末時点では約2400億円まで激減しています。この投資信託に対する不信感から、解約が殺到したからでしょう。このままでは、ファンドそのものも先細り状態で、存続が危うくなりつつあるということ。
これが、長期で資産運用するために生まれた「新NISA」向きの商品と言えるでしょうか。大きな疑問です。
ではなぜ、こんなに基準価格が下落して、資産残高が減少したのでしょうか。
投資商品なので景気に左右されたということもありますが、それよりも大きいのは、「グロソブ」そのものが当初から大きな欠陥を抱えた商品だったことにあると思います。
最初からわかっていた、タコ足にならざるを得ない構造。
1000万円買うと毎月4万円の分配金がもらえるということは、年の利回りにすれば4.8%。さらに、ここに金融機関が取る運用手数料が1.25%加わるので、「グロソブ」は手数料と配当を足して6.05%以上の運用利回りを上げないと、成り立たない(元本割れする)はずの商品でした。
ところが、組み込まれている債券を見ると、安全性を重視したものばかりなので、そのぶん利回りも低く、高利回りのものでも4%前後の収益しか上がらない。しかも、その後の世界的な低金利の中で、その利回りはどんどん低下していきました。
もちろん、為替がそれ以上に円安になっていけば、為替ヘッジがついていない「グロソブ」は為替の影響が運用結果にダイレクトに反映されますが、円安になるどころか逆にどんどん円高になってしまいました。対ドルで言えば2011年には1ドル80円を割る円高になっていました。98年当時は1ドル150円程度でしたから半値に近い下落です。
こうした中で、年率6.05%もの利回りが稼げないことは、最初からわかっていたことでしょう。
いっぽうで、毎月投資家が期待する高い分配金を支払わなくてはならない。そこで何が起きたかと言えば、足りない分を元本から取り崩していく、俗にいう「タコ足配当」です。そのため、買った投資信託はどんどん痩せ細っていきました。
しかし、この商品を買った人のどれだけがそのことを理解していたでしょう。多くの購入者は、金融知識に乏しい高齢者でしたから、まさか自分が買った投資信託からお金が取り崩されているとは思いません。気がついたら、買った1000万円の投資信託がなんと500万円になっていたと知り、驚いたことでしょう。
「グロソブ」の全盛期には、「1000万円分この投信を買えば月々4万円の配当がもらえて老後生活が楽になる」という宣伝文句に釣られて、多くの高齢者が、銀行や信用金庫の帯封のついた札束を持って証券会社の店頭に来ました。証券業界は、まさに「グロソブ特需」に沸き立ったのです。
けれどその後、無知な投資初心者を騙すこの手口が広く知られるようになり、グロソブ離れが起きて、このファンドは衰退していきました。
投資初心者でなければ、分配金をもらうよりもそのぶんを再投資に回したほうが複利の効果もあって投資効率が良いことを知っているでしょう。しかし、充分な説明がなかったので、多くの人は、買った「グロソブ」が、毎月分売金を稼いでくれているものとばかり思い込んでいたのです。いや、思い込まされていたと言う方が正しいかもしれません。
2019年、ゆうちょ銀行が70歳以上の高齢者への投資信託の販売で、社内ルール違反が18年度だけでなんと約2万件も発覚しました。
事前にしっかりと元本割れなどのリスクを説明せずに理解度の確認を怠る違反が直営店と委託先の郵便局で多発し、苦情が殺到したのがことの発端です。この時の販売金額トップ5本の投資信託のうち、3本が「毎月分配型」の投資信託でした。
そこで、金融庁はこうした金融機関の販売姿勢は「顧客本位ではない」と問題を重要視しました。その結果、多くの金融機関が同種の投資信託の販売を手控えたという経緯があります。
それなのに、ここにきて金融庁が、高齢者向けの「プラチナNISA」の主力商品として、「毎月分配型」の投資信託を解禁するというのは、理解に苦しみます。
こうした動きから透けて見えるのは、到底「顧客本位」とはいえない、金融行政の体質ではないでしょうか。
政府にとっては、今まで投資もしたことのないような老人に「老後の年金を増やしましょう」と言って投資させれば、先細りになりつつある公的年金を補う商品として有効だし、高齢者がため込んでいる現金を引き出し、分配金をわたすことで、お金が使いやすくなり景気浮揚の効果が期待できるでしょう。
低金利であえいできた金融機関も、高齢者が「プラチナNISA」に殺到すれば、「グロソブ」の夢よ再びということになるかもしれません。
しかも、金融機関としては、「プラチナNISA」をきっかけに、「大金を、そのまま銀行に置いておくのはもったいない。そのお金で投資すれば、毎月安定した収入が得られ、豊かな老後が送れますよ」と新たなタネをまけるわけです。
これはすべて金融機関の都合、顧客本位どころか金融機関本位です。
投資信託は、元本保証の商品ではありません。投資する人は儲けることもあれば、損をすることもあります。しかし、金融機関にとっては売れば売っただけ確実に手数料が入ってくる。また、購入者が手放さない限りは信託報酬も確実に入ってくる、ノーリスクで儲けられるお宝商品なのです。
ただ、今回の件で忘れ去られているのは、金融知識に乏しい高齢者の存在ではないでしょうか。
金融広報中央委員会が行った「金融リテラシー調査(2022年)」によれば、金融教育を学校などで受けた日本人の割合はわずか7%ですが、たぶんこの中の高齢者の割合は、限りなくゼロに近いのではないでしょうか。
しかも、60代、70代の約8割は、「損をしたくないから投資しない」という損失回避傾向が強い人たち。この壁を崩すのに、「年金代わりになりますよ」と迫っていく図が、ありありと見えるようです。
岸田前首相は、日本を「資産運用立国にする」と胸を張りますが、「プラチナNISA」で毎月分配型の投資信託を扱い始めた途端にし、多くの高齢者が金融機関の餌食になるのではないかと危惧するのは、私だけでしょうか。
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