50歳以降の人なら一度は受けたほうがいい…大学病院の医師が全中高年に勧める”検査の種類”

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※本稿は、近畿大学病院がんセンター広報誌『UmeBoshi』Vol.2の一部を再編集したものです。
近畿大学が南大阪エリアで初となるPET施設、高度先端総合医療センターを設立したのは2005年のことだ。その2年前の2003年、放射線医学教室放射線腫瘍学部門教授の細野眞は近畿大学医学部に入職していた。
「私が着任するのとほぼ同じタイミングでPETを導入するとは言われていました。しかし、本当に実現するとは思っていなかったんです」
PETとは、Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)の略だ。放射性薬剤を体内に投与して、その分布を特殊なカメラでとらえて画像化する技術を指す。
抗がん剤、放射線などの治療前にがんの広がりを調べる、あるいは治療後に効果の判定や再発がないか確認するなどの目的で使われている。
放射線を扱うこともあり、近畿大学が設立した2005年段階で、PET施設は日本におよそ20カ所しかなかった。
「医学部だけではなく、意欲的な事務方の皆さんや近畿大学原子力研究所の協力もあって、難しい計画を実現することができた。近畿大学ってパワーがあるなと驚きました」
細野は1961年に富山県富山市で生まれた。産婦人科の医師だった父親の影響で、子どもの頃から自分も将来は医師になるのだろうと思いながら育った。父親の母校でもある京都大学医学部を卒業後、京都大学の放射線核医学教室に入局した。
「もともと物理や化学などの理系が好きだったので、それを活用できる道を探しました。その頃はちょうど放射線医学が大変な勢いで進歩している時期で、CT(コンピュータ断層診断装置)やMRI(磁気共鳴画像診断装置)が臨床の現場に入ってきて、PETも設置され始めていました。
新しいものがどんどん出てくる雰囲気が盛り上がっていた。父親に反対されると思っていたら、いいじゃないかと言ってくれました。その時に初めて聞いたのですが、父親も昔、放射線治療を研究テーマにしていたそうです」
地元企業、島津製作所が放射線治療装置を製造しているということもあり、京都大学は早くから放射線治療に力を入れていた。細野の父親によると、当時の京大病院産婦人科にも、島津「博愛号」という放射線治療装置が設置されていたという。
「そういう縁があって、私が放射線科に入局すると言っても父親は全然驚かなかったみたいです。もし反対されていたら産婦人科医になっていたかもしれないので、あの時いいねと言ってくれたのは大きかったですね」
ここで「放射線科」について簡単に説明しておこう。
放射線科は、がんに放射線を照射して治療をする「放射線治療」と、X線・CT・MRIなどの画像を使って診断をする「放射線診断」の2つに分かれている。
その中で、細野の専門は「核医学」である。
「核医学には、イメージングと(核医学)治療という2つの側面があります」
イメージングとは体内の薬剤の分布状況を画像化することだ。これは「診断」にあたる。同時に放射性同位元素(ラジオアイソトープ)を含む放射性医薬品を使用した「治療」も行う。RI内用療法とも呼ばれている。
PETには使用する放射性薬剤によって様々な用途がある。現時点では、ブドウ糖代謝の指標となる「18F-FDG」という薬剤を使った「FDG-PET検査」がほとんどである。がんはブドウ糖を取り込む性質がある。「18F-FDG」が集まっていれば、がんの可能性が高い。
2002年、FDG-PET検査が一部のがんに対して保険適用。2010年にすべてのがんに保険適用範囲が広がると、国内のPET施設の数は急速に伸びはじめたのだ。
PET検査に早くから関わった細野は、日本核医学会のPET核医学委員会委員長として、診療のガイドライン作りや改定作業にも携わることになった。
「(FDG-)PET検査は副作用がない安全な診断法。がんで苦しんでいる患者さんにとっては大きなプラスになる。放射線を使うということで副作用を心配される方もいらっしゃいます。しかし使用する薬剤から出る放射線は非常にわずかな量で、時間の経過とともにどんどん減っていく。そのため身体への悪影響はありません。非常に有効で優れた手法なんです」
近大病院がんセンターで「診断」を主に担当しているのが、放射線医学教室放射線診断学部門主任教授の石井一成である。
石井が医師を志したのは中学生のとき、人の役に立つ仕事がしたいと考えたのだ。そして、神戸大学医学部に進学する。
「放射線科を選んだのは、子どもの頃から絵が好きでよく絵画展で入選したりしていたので、画像に興味があったというのが一番の理由。私が入局した1986年当時、放射線科に入院してくる患者さんは、もう手術ができなくて放射線治療しかない末期の方が多かった。早期に診断することが重要だと思い、診断学を選びました」
兵庫県高齢者脳機能研究センター(兵庫脳研)設立のために、兵庫県保険環境部に所属していた1992年に、秋田県秋田市の「秋田県立脳血管研究センター(秋田脳研)」(現・秋田県立循環器・脳脊髄センター)で半年間研修している。
秋田県は脳卒中の発症率が特に多い「脳卒中県」であり、秋田脳研では脳卒中の研究推進のため、全国に先駆けてPET装置を導入していた。兵庫県でも、初めてPET装置が兵庫脳研に導入されることになり、石井が派遣されたのだ。
「秋田脳研にいた頃は、FDGを使って脳の疾患ごとに脳のブドウ糖代謝の状態を研究していました。当時としては、PETに関する技術を学べる数少ない施設でした」
その後、PET装置、及び使用薬剤は長足の進歩を遂げた。
短時間で高画質の撮影ができるようになり、撮影範囲は脳から全身に広がった。アミノ酸を使用する薬剤も検査の質を大きく上げた。
「脳の神経細胞はアミノ酸を消費しません。そのためこの薬剤を投与、PET撮影したとき、脳内のがんの部分だけが黒く映る。他にも、特定のがんに特異的に集まる薬などの開発が進んでいます。まだ国内では保険適用されていませんが、海外では前立腺がんに集まるPSMAという薬剤が広く使われています」
ここで注意しなければならないのは、前述のようにPET検査が「保険適用」となっているのは、がんと診断された後のことだ。がん診断前、「検診」としてのPET検査は保険適用外。自費診療になる。
「特に責任のある役職についておられる方は、50歳を過ぎたら1度はPET検診を受けておいたほうがいいと思います。実際にがんが見つかって助かる方もいますし、逆に見つからなければ、大きな安心感を得ることになりますから」
そもそも「がん」とは何か――。
我々の身体のはじまりは、受精卵という1つの細胞である。この細胞が分裂を繰り返して増殖、身体の組織や臓器を形づくる。身体ができ上がった後も細胞は“必要に応じて”増殖していく。
このコントロールから外れて、必要以上に細胞が増殖し続けることがある。この余分な細胞の「かたまり」を腫瘍と呼ぶ。腫瘍は「良性」と「悪性」に分類できる。後者の悪性腫瘍が、がんである。
悪性腫瘍=がんには2つの特徴がある。それは「自律的増殖」と「浸潤と転移」である。
がん細胞は水が染みこんでいくように、周囲の組織に入り込み腫瘍を拡大していく。これが「自律的増殖」だ。
またがんは「浸潤と転移」により身体を「悪液質」という衰弱した状態に追いやる。良性腫瘍も自律的増殖を行うが、「浸潤と転移」「悪液質」は起こさない。注意が必要なのは、良性腫瘍が増殖を繰り返すうちに悪性に変化することもある。
この「自律的増殖」「浸潤と転移」により、がんはさまざまな臓器に発生する。日本人の2人に1人がかかる国民病であり、早期発見が大切だ。
次は放射線を使用した「治療」に目を向けてみよう。
放射線治療は外科手術や薬物療法と並ぶ「がんの3大療法」の1つであり、日本ではがん患者の約25%に用いられている。
放射線治療の歴史を振り返ってみると、放射線の医療応用自体は、レントゲン博士がX線を発見してから間もない1900年代にはすでに試みられていたという。
ただし、正確にがんの位置を捉えて、狙った部分に放射線を照射できるようになったのは、21世紀に入ってからのことである。
治療は大きく分けて3つ。体の外から、がん病巣に対して放射線を照射する「外部照射」、放射線同位元素を体内に挿入して内部から放射線を照射する「小線源治療」、これ以外に前出の細野が行なっている「内用療法」がある。
これらの治療に共通しているのは低侵襲であること、つまり身体への負担が小さく、体力的に手術に耐えられない患者の治療の選択肢にもなり得る。
細野と同じ京都大学医学部出身の松尾幸憲は、2023年に近畿大学医学部放射線医学教室放射線腫瘍学部門主任教授に就任した、肺がん治療を専門とする放射線治療医である。
高校3年のとき友達に誘われて京都大学の見学に訪れた際に、京都に残る学生街の雰囲気に憧れて進学を決めた。
「身内に医者がいるとか、医療に対して強い志があった訳ではなくて、もともとは理工学系統に興味があったのでそちらの進路も考えていました。ただ、慎重でおだやかな性格が医者に向いているのではないかと家族に勧められて医学部を選びました」
松尾が放射線科を専門に選んだのは、診療に高度な機器を用いていることと、定位放射線治療(SRT)の仕組みに感心したからだ。
定位放射線治療とは、がんに多方向から集中して放射線を照射する治療方法だ。がんだけに大量の放射線を照射するため、周囲の正常組織への影響が限りなく少ない。
「画像誘導放射線治療(IGRT:Image-Guided Radiation Therapy)という、X線やCTの画像から位置情報を正確に把握して、誤差を補正しながら治療する技術を使います。がんは立体的です。どのように放射線を当てるか、事前に検討しなければならない」
放射線治療は、手術や薬物療法などと組み合わせることで効果が発揮されることが多い。がんの特質として転移が多いこともあり、他の診療科との連携が必須となる。
「私の専門である肺がんでは、早期の段階であれば、基本的に手術をお勧めしています。ただし、手術が難しい高齢の患者さんや、肺の他の部分に転移、再発を繰り返している患者さんには放射線治療を行います」
また、放射線治療は、医療機器開発という“工学分野”との連携が必須だ。
「私が京都大学にいた2011年頃、三菱重工と連携して動体追尾照射の機器を開発していました。肺がんの治療では、がんの部位に放射線を当てます。
当然のことながら、肺はそのときも動いており、患部が動く。X線のビームも呼吸の動きに合わせてがんを追尾しなければならない」
不規則な動きに合わせるために、どのように動きの幅を持たせるのかという医師の知見が重要になるのだ。
松尾のような放射線治療医を専門に育成する、放射線腫瘍学講座が設置されている大学は、日本では半数に満たない。国内の放射線治療医や治療施設の数も患者数に対して不足している。
「必要な治療を、必要とする患者さんに素早く提供することが大切。がん患者さんのうち、初回の治療として放射線治療を受けたほうがいい割合は45%と言われています。現状は放射線治療を必要としているすべての患者さんに提供できていない」
このように、放射線科は診断、治療ともに最新の医療機器の使用が一体となる。放射線科の医師は、触診などで患者と直接に関わるような場面が少ない。
医師の中では科学者に近い分野と言えるかもしれない。だからこそ、前出の細野は医師としての人間らしさ、人を思いやることを大事にしている。
近畿大学医学部には、創設以来50年間の歩みをともにしてきた華道部がある。2010年に細野は3代目顧問に就任した。それまで生け花をやったことはなかったと頭を掻く。
「やってみたらこれが面白くって。生け花は、人の心を思うところや、花の命を大事にするところなど、医学に通じる部分がたくさんある。花の個性をしっかりと見極めて、生ける方向をちょっと変えるだけで表情が輝く。患者さんの個性を重んじ、気持ちを思いやることで、医師としてより良い治療ができるというのも同じだと思います」
一緒に生け花を楽しんだ学生たちが、目の前でどんどん成長し、やがて立派な医師となり華道部を巣立って行く。その姿を見るのが本当に感慨深いですと、細野は目を細めた。
(UmeBoshi編集部 撮影=奥田真也 取材・文=西村隆平)

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