かつて“渋谷の北朝鮮”と呼ばれた伝説のマンション…大量の謎ルールで一時、価値は相場の30%減に…ヤバすぎる「管理組合」に苦しめられた住民たちはいかにマンション自治を取り戻したのか?

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新宿駅から2駅、駅から徒歩4分という好立地にもかかわらず、相場に比べて格段に安価なマンションがあった。マンション自治を行なう理事会のメンバーは約25年間ほとんど変わらず、増え続ける謎のルール、彼らの独裁体制は年々強化され、一部では「渋谷の北朝鮮」とも呼ばれ…そんな状況からマンション自治を取り戻すため、立ち上がった住民の4年にわたる闘争を取材しまとめた『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』が刊行された。著者でノンフィクションライターの栗田シメイさんに話を聞いた。
【画像】かつて、マンション敷地内には54台の防犯カメラが…
「東京・渋谷区の一等地にとんでもないマンションがある」
全ては栗田さんが受けた一本の電話から始まった。
“ネタ元”でもある業界の裏事情に詳しい不動産会社の高田(仮名)は「独裁的な管理組合の謎ルールの数々に、住民が困り果てている」「不動産業に関わる者として、この手の話は許せない」と言ってきた。
警察や消防署、都議会議員や弁護士、行政などあらゆる機関に相談してもまともに取り合ってくれない。その状況を打破するために高田はマンションの住人や管理組合に取材した記事を書いてほしいと栗田さんに依頼してきたのだった。
住人から話を聞くと、マンション敷地内には54台の防犯カメラが設置されており、「24時間行動を監視されているようなもの」と語る者もいた。
また「理事長を筆頭とした特定の理事たちが、過半数の委任状を盾に総会での議決を独占してやりたい放題している」とも言われ、実際に管理規約にはない彼らが定めた、以下のような謎ルールがどんどん追加されていた。
・身内や知人を宿泊させると転入出費用として、10,000円を支払わなければならない・平日17時以降、土日は介護事業者やベビーシッターの出入りを禁じる・給湯器はバランス釜のみで、浴室工事は所有者でもさせてもらえない・引越しの際に荷物をチェックされる
これらは謎ルールの一部にすぎないが、他の同ブランドマンションと比べると、その相場は格段に安価だった。これは“何か”あると思い、栗田さんは取材を進めることになる。
そして2020年8月14日発売号の写真週刊誌「FRIDAY(フライデー)」に「渋谷区の一等地マンションで、住民vs.管理組合の信じられないトラブル勃発中」というタイトルがついた記事が出た。
「フライデーで最初に取材したときは訴訟リスクもありましたし、住民と管理組合のどちらかに寄った記事になってしまう可能性が高い。くわえて労力もかなりかかるということもあって、はじめは前のめりではなかったです。
僕自身は極力書き手の色とか意思を消した方がいいと思っていて、取材して書くということは何かを断罪するとかではなくて、事実や起きていることを提示すべきという考え方です。
このレジデンスで起きていたことが常軌を逸していたので、できるだけ素材を活かしながら、会社や組織の中にいる人にも共感しやすいように、普遍性を持たせることを意識しました」(栗田シメイさん、以下同)
同レジデンスの竣工は1974年。地上10階建て、300戸の大型マンション。穏やかだったその様相が一変したのは約30年前だった。管理組合の理事長に吉野(仮名)が就任したことが契機となる。
吉野理事長が就任当時は特にトラブルの声は聞こえてこなかった。しかし、20年ほど前に排水管工事が実施されるというアナウンスがあったが、工事業者はすでに指定されており、見積もりをとったのも1社のみだった。それに意義を唱えた住民たちも多く、不信感が強まっていった。
反・管理組合として「友の会」という団体の活動が始まった。その甲斐もあり、結果的に工事費は当初の予定だった金額から半額以下となったが、吉野理事長のどこか不満そうな表情がそこにはあったという。
大規模修繕の事案が落ち着くと「友の会」の活動は減少していったが、活動に加わった人たちがマンションの中で理事会メンバーに会うと嫌味を言われたり、変な噂を流されるなどのいやがらせを受けるようになっていった。そんな風にして管理組合による独裁体制はゆっくりと進行していった。
実際に取材した栗田さんに理事長はどんな人物なのか聞いてみた。
「管理への執着を除けば、理事長は特別おかしな人とは感じませんでした。例えば、世襲の中小企業のワンマン社長さんや、地方議員さんなどに近い印象です。思い込みが激しく、なかなか話が通じないというような。
ただ、エネルギーはすごくある人ですね。あそこまで厳格に管理をするというのは面倒ですし、普通の人にはなかなかできない。そもそも管理組合とか役員って回ってきたらやりたくない人が多いじゃないですか。そこに関心を持ちました。
じゃあ彼は理事長をやることで、大きな恩恵を受けていたかというと僕はあまりなかったのではないか、と思っています。
本書では、吉野理事長のような人とそれに従う人って、それこそあなたの周りにもいませんか、というメッセージも込めています。どこか日本社会の縮図を感じる取材でもありました」
このレジデンスの歴史において分水嶺となったのは2018年2月21日に開催された総会だった。
例年の総会と違ったのは、管理費が約30年ぶりに増額することが可決され、1.67倍という小さな上昇ではなかったことが大きかった。これまで、数多の謎ルールもマンション生活のためならと我慢していた住人たちだったが、さすがに毎月の持ち出しが大幅に増えることはよしとしなかった。住民たちの怒りは爆発したが、委任状の過半数を持っている管理組合側の主張だけが通った。
総会に出た人たちの会合を重ねていく中で、リーダーとなった手島は理事会打倒の道を模索し始めた。そこで理解したのは、「マンション管理において、過半数の賛同を得ているのは絶対的な効力を持つ」ということだった。
反・理事会メンバーは「有志の会」と名乗るようになり、総会での負けを経験し、コロナパンデミックで活動に制限がかかるなど、分裂の危機を何度か迎えながら、「レジデンスをより良くする会」(通称「より良く会」)へと名称を変える。
そして2021年11月6日、過半数を取らなければならない総会という闘いの幕が開いた。
この1票を巡る闘いは僅差で「より良く会」が過半数を制することになった。長い間取材してきた栗田さんは何が勝因になったと感じていたのか。
「僕の中ではわりと大きなポイントだったのは会を指揮したり、実行部隊的な役割を担って委任状のことで他の住民に電話したり、手紙を直筆で書いて送ったりしていたのがおもに女性たちで、男性の活躍はかなり限定的だったことです。
手島さんという強烈なリーダーがいて、彼女を支える人たちもほとんどが女性でした。でも、彼女たちは市民団体のように主義や思想が根幹にあるわけではなく、ピュアに自分たちの生活を守りたいという人の集まりだった。
彼女たちはマンション自治を取り戻すために過半数の委任状を取ろうと活動していましたが、『女がやってもできるわけない』と時代錯誤的なことを他の住民たちに言われても、みなさん仕事も子育てもしながら諦めずにやり続けたんです。なぜそこまでできるのか、単純にすごいな、と思いました。
その純粋さと継続的な熱量が彼女たちにあったからこそ、理事会の交代に繋がったと思っていますし、その姿に惹かれたから最後まで執筆できました」
彼女たちのレジスタンス(抵抗運動)によって、“渋谷の北朝鮮”と揶揄されたマンション自治は住民たちの手に戻り、謎ルールは廃止された。
しかし、日本各地に建てられているマンションでも「高齢化」が目立つようになり、管理組合を発端とした住民とのトラブルは今も起き続けている。
取材・文/碇本学 写真/毎日新聞出版提供

栗田シメイ

2025年3月5日
1760円(税込)
単行本
ISBN: 978-4620328263

新宿駅からわずか2駅、最寄り駅から徒歩4分。都心の人気のヴィンテージマンションシリーズにもかかわらず、相場に比べて格段に安価なマンションがあった。 その理由は、30年近くにわたる一部の理事たちによる“独裁”管理とそこで強制される大量の謎ルールにあった。 身内や知人を宿泊させると「転入出金」として1万円の支払い、平日17時以降、土日は介護事業者やベビーシッターが出入りできない、ウーバーイーツ禁止、購入の際の管理組合との面接……など。 過去、反対運動が潰された経緯もあり住民たちの間に諦めムードが漂うなか、新たに立ち上がった人たちがいた!! 唯一の闘いのカギは「過半数の委任状集めること」。正攻法で闘うことを決め、少しずつ仲間を増やしていくが、闘いは苦難の連続だった……。 マンションに自治を取り戻すべく立ち上がった住民たちのおよそ4年にわたる闘いをつぶさに描いたルポルタージュ。———————– 目次 ————————–プロローグ 第1章 立ち上がる住民たち 第2章 海辺の町のもう一つの闘い 第3章 有志の会、戦略を練る 第4章 変化を受け入れ再出発 第5章 決裂と再生――そして迎えた運命の日 エピローグ

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