【平野 国美】50代で若年性認知症になった「最愛の女性」が変わり果てた姿に…!内縁の75歳夫が後悔している「とんでもない裏切り行為」【看取り医のリポート】

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若年性認知症とは、65歳未満で発症する認知症である。40代や50代で発症することも多く、思い描いていた人生設計が大きく変わることも多い。
患者数は全国で4万人近くいるとされるが、その家族である配偶者や子供を含めれば、より多くの方たちが不安の中にいる。
結婚を夢見た最愛の女性が若年性認知症になったとき、男性は「彼女を2度も裏切った」と後悔を口にした。しかし看取り医の平野国美氏は、「それでもこの男性が悪いとは思えない」と話す。『70歳からの正しいわがまま』の著者でもある平野氏が、認知症の介護現場のリアルをリポートする。
患者は裕子さん(仮名)だった。70歳の誕生日を迎えたばかりだが、認知症がかなり進行しており、連れ合いの名前も、自分の娘の名前も思い出せない。私は2022年初夏、彼女が高齢者施設を退去し、自宅療養をはじめるにあたり、訪問診療を受け持つことになった。
身の回りの世話をしているのは橘和夫さん(仮名・75歳)。2人は正式な夫婦ではない。いわゆる内縁の関係である。
近年、患者と介護者の関係は多様化しており、正式な夫婦ではない間柄が、以前より目立っている。内縁といっても2人の間に愛が介在していることは明白で、むしろ正式な夫婦より幸せそうな場合も多い。
ただ、和夫さんは幸せには程遠い顔をしていた。診察時、患者女性のベッドサイドで寄り添っている和夫さんの目はどこか虚ろで、最初の頃は私とも目をあわせようとしなかった。事情はケアマネが教えてくれた。要約するとこうなる。
同棲を続けていた2019年春、和夫さんは、認知症を患う裕子さんの自宅での介護に限界を感じ、ケアマネに紹介された比較的新しい特別養護老人ホームに入所させた。施設長の「最後まで看させていただきたい。安心して欲しい」という言葉が決め手になったそうだ。
施設には和夫さんも週数回のペースで通っていたが、2020年から始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、面会が叶わなくなった。和夫さんは長期間、裕子さんに会えずにいたが、施設から特に連絡がなかったため「何とか無事に過ごしているのだろう」と考えていたという。
ところが2022年初夏、施設から呼び出しが入る。
会いに行ったところ、裕子さんの認知症が劇的に進行していた。パンデミック時、外部からの接触が断たれた結果、認知症が急激に進行してしまった事例が全国各地で発生していたが、彼女も廃用性委縮が進んだ結果、寝たきりになっていた。和夫さんは彼女の状態にひどく狼狽したというが、そこに追い打ちをかけたのが施設長の一言だ。
「食事もとれず、水も飲めない重症です。ここでは、もう見られません。家に引き取ってください」
和夫さんが「最期まで看てくれるといったじゃないか!」と食い下がったものの事態は変わらず。施設長からは「介護がそれほど長期になることはないだろう」と諭され、自宅に連れて帰ることとなった。
残念ながら施設に預ければ看取りまでしてくれると思わせる口ぶりで患者を預かったものの、最後の最後で「これ以上は無理」と、看取りを拒否する施設はある。私も言葉の使い方には気をつけてるが、入居する前には、契約書にある退去要件をしっかり確認したほうがいい。
さて、裕子さんの自宅療養が決まった後、ケアマネが和夫さんに、訪問診療や訪問介護を受けられること、自宅で看取る医者が地域にいることを伝えたところ、「なんで施設を紹介する前に、そっちを教えてくれなかったんだ」と怒りをぶつけられたと私は聞かされていた。
それゆえ初診時に私と目をあわせようとしなかった態度も、医療従事者全体への不信感からくるものだと思ったが、実際は違った。余命は1週間ほどだと見立てた私がそれを伝えると、和夫さんは彼女に懺悔するように、その理由を話し出したのである。
「施設側が約束を破ったこと、ケアマネが訪問診療や看取りの医者がいることを教えてくれなかったことに私は怒りましたが、本当に腹立たしかったのは私自身です。
私たちは『どちらが先に倒れても相手の面倒を看よう』って約束をしていました。でも、施設に預ける前、私はひとりで裕子の世話をすることに限界を感じていました。彼女は眠る時間も多くなっていて、私のつくる食事もあまり食べなくなっていたのです。
2人しかいないこの家で、籍を入れていない裕子がこのまま死んでしまったら警察沙汰になると思いました。それを想像したらとても怖かった。それで私は我が身可愛さに彼女を施設に預けてしまった。これは彼女へのとんでもない裏切り行為です」
言うまでもないが、認知症患者の自宅介護は想像以上に大変である。ましてや和夫さんは、ヘルパーも入れず、ほぼ一人で、食事、着替え、排便、排尿が上手にできない裕子さんを長年、介助してきた。施設に預けたからといって、これを「裏切り行為」だと誰が非難できようか――。
ただ、和夫さんは、「裏切ったのはこれが初めてではない。私には前科がある。私は彼女を2度も見捨てた」のだと私に話しており、1度ならず、2度も裏切った過去が、和夫さん自身を追いつめる原因になっていた。
和夫さんは、ほとんど意識のない裕子さんの手を握り、涙を流して、まるで懺悔するように、私に「罪の告白」をしはじめた。
つづく後編記事『「そして私は、若年性認知症になった“最愛の女性”を捨てた」…!75歳男性が涙ながらに明かした「罪の告白」』では、15年前、一緒に訪れた温泉街での《ある出来事》とその後の日々について、詳述します。
【つづきを読む】「そして私は、若年性認知症になった“最愛の女性”を捨てた」…!75歳男性が涙ながらに明かした「罪の告白」【看取り医のリポート】

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