被相続人の財産に関する最終の意思表示である「遺言書」。遺言書の内容によっては、相続人が思わぬ事態へ陥ることも……。世の中を舐める長女への制裁とは? 本記事では、木島さん(仮名)の事例とともに、親の財産を巡るトラブルについてFP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。
木島典子さん(仮名/67歳)は実家の居間で、ソファに腰掛けていました。窓の外には、春の兆しを感じさせる陽光が降り注いでいますが、典子さんの目には映らないようで、かじりつくようにテレビをみています。
40歳で離婚して実家に戻った典子さんは、働くこともなく母である和子さん(仮名)の年金や資産を頼りに生活してきました。典子さんは「お母さんのため」という言葉を口実に家計を管理し、母の年金を自由に使い込む日々。
出戻ってきた当初は「家計を助けるため」という建前で、月3万円程度、わずかながら生活費を和子さんに渡していました。しかし長くは続かず、仕事を転々とするたび、その生活費さえも滞るように。数年後には仕事を探すことすら完全に辞め、いつしか母の預貯金にまで手を出していたのです。
「どうせ私が相続するのだから」
典子さんは罪悪感もなく、好き勝手に母のお金を引き出します。母の年金は、彼女の推し活のための資金となり、贅沢な食事や旅行の費用へと姿を変えていきました。デパ地下の惣菜を毎日買い(デパート内の店は全制覇)、推し活のための遠征や、美容と韓流ドラマロケ地巡りのための月1韓国旅行にはお金を惜しみません。
和子さんは、娘の行動に薄々気づいてはいました。それでも「典子も生活が大変なのだろう」と、娘を庇う気持ちから、見て見ぬふりを続けてきたのです。しかしある日、銀行の通帳記帳をした際、和子さんは愕然とします。そこには、娘の浪費によってみるみるうちに減っていく預金残高が記されていたのでした。
「限度というものがあるでしょう!」帰宅後に娘を強い言葉で叱責しましたが、反省の色がみえません。和子さんの心は、深い悲しみと怒りで満たされました。
それから数年後、和子さんは心筋梗塞で急逝。89歳でした。葬儀を終えて遺言書の存在を知った典子さんは、弟とともに開封します。その内容に言葉を失いました。そこには、和子さんのどす黒い怒りと、娘への失望が綴られていたのです。
遺言書に記されていた内容は、遺産のすべて(自宅建物含む)を弟に相続させるというものでした。典子さんが生前、和子さんの年金や預貯金を使い込んだ総額は800万円以上。本来であればこういった場合でも「遺留分」が発生し、弟に自分の法定相続分の1/2を請求する権利があります。しかし、800万円を勝手に使い込んでいた分を考慮すると典子さんはすでに相応の財産を受け取っていることになり、遺留分もないどころか実家に住み続けることも許されずにいたのでした。
「まさかこんなことになるなんて……」
母は亡くなる前、典子さんの身勝手ぶりに堪忍袋の緒が切れ、弁護士に相談し、こんな対策を講じていたのでした。結果、弟の計らいによって実家だけは姉に渡す形で決着。住まいだけは確保できているものの、母に寄生するように生きてきた典子さんは、自身の年金月6万円程度では到底生活することが難しく、贅沢で自由な生き方から一転、単発のアルバイトで生活することに……。
一般的に相続財産は被相続人(今回の場合は和子さん)が亡くなった時点での財産となりますが、今回の典子さんのように親の財産を勝手に使った場合には「特別受益」として扱われます。相続財産に持ち戻して遺産分割の協議を行うこともあり、相続の公平性を保つため、長女の相続分から減額されます。
きょうだいのどちらか片方だけが親から車を買い与えてもらったなど、生前にもらった資産なども特別受益となり遺産分割の際に持ち戻しされて考えられる場合があります。
また当然ながら、母のお金は本来長女が勝手に使い込む権利はありません。不当に得た利益(年金の使い込み)を返還する義務が発生する可能性もあり、今回のような遺言の内容であれば生前に使い込んだ分を遺産を全額受け取るはずの弟に返済する義務が発生する場合も。家族間だからといって親の財産を無断で使った場合には相続財産を失ってしまうという可能性もあることを知っておきましょう。
老後も母の財産をアテにしていた典子さんでしたが、もし財産をアテにするのであれば生前にこのような無駄遣いをせず、自立した生活を営んでいれば公平に弟と財産をわけ合うこともできたかもしれません。
今回は母に寄生するように財産を使い、死後に相続財産を失ってしまった木島さんの事例をご紹介しました。
木島さんのように働く意思がなく寄生するように生きていることも多く、親の財産をアテにしていることもあるでしょうが、今回のような問題が起きるなど両親亡き後に生活できなくなってしまうリスクがあります。
近年、高齢者の単身世帯は増加傾向にあり、2020年の国勢調査では65歳以上の単身世帯は約893万世帯に達しています。核家族化が進む現代社会において、親の介護や財産管理を担う子どもたちの負担は増加しており、このような家族間のトラブルは決して珍しいものではありません。
しかし、親の財産を自分のものと錯覚し、無計画に使い込んでしまうことは、法的な問題だけでなく、家族間の信頼関係を崩壊させる大きな要因となります。相続においては、遺留分などの権利も存在しますが、生前の行いによってはそれさえも失ってしまう可能性があることを忘れてはなりません。
もし、あなたが親の財産を管理する立場にあるならば、透明性を保ち、家族間で十分なコミュニケーションを取る必要があります。また、働き方が多様化している現在では在宅で人と会わずにできる仕事もあり、人間関係に苦手意識がある人でも働いて収入を得ることも可能です。まずは無理のない範囲で自立に向かって行動を起こしてみることが重要でしょう。
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー