〈ドアが開いたらババアをボコして大丈夫です〉闇バイト・狛江強盗致死事件実行犯が裁判で語った指示役の「リアルタイム遠隔指示」

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「ホワイト案件」「即日即金」……そんなワードでSNSを検索して辿り着く「闇バイト」の実態が違法行為であることは今や周知の事実であるが、それでも募集は絶えることがない。いまもSNSを検索すれば簡単に「UD」(特殊詐欺の受け子・出し子)、「運び」(犯罪収益や人の運搬)などをはじめとする“案件”に辿り着ける。ただ数年前と違うのは、“案件”の検索結果に、各地の警察が注意を呼びかける投稿が並ぶようになったことであろう。
【写真】フィリピンの指示役とされた「ルフィ」たちの顔
捜査機関が警戒を強めるきっかけとなったのは、2023年1月に東京都狛江市で発生した強盗致死事件。「闇バイト」を介して集められた実行役たちが、フィリピンの指示役らと繋がり、秘匿性の高いアプリ「テレグラム」を介してリアルタイムで指示を受けながら強盗に及び、住宅にいた90歳女性をバールで殴って死亡させた。
SNSで集められた即席の実行役メンバーによって列島各地で実行される「広域強盗」で、指示役は文字通り、空き巣よりも強盗を推奨していた。留守宅から闇雲に金を探し出すよりも、在宅している家人に暴力を振るい脅し、金のありかを聞き出すほうが“効率が良い”とされるからだ。しかし暴力をともなう強盗におよべば、家人の命も危険にさらされる。そして当然ながら、実行した「闇バイト」メンバーらを指示役が助けてくれるわけもなく、待っているのは刑務所である。
この事件で逮捕された実行役にもそれぞれ、厳しい判決が言い渡された。【前後編の前編 後編を読む】
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フィリピンの「ルフィ」「キム」らを指示役とする広域強盗のうち、2023年1月に東京都狛江市で発生した強盗致死事件において実行役として関わった野村広之被告(54)の裁判員裁判が東京地裁立川支部で開かれ、2月18日の判決公判で菅原暁裁判長は求刑通りの無期懲役を言い渡した。
この事件に関与した実行役は野村被告を含め4人。他の3人には昨年すでに一審判決が言い渡されており、いずれも控訴している。当時19歳の大学生で、本事件ほか1件に関与した中西一晟被告(21)には懲役23年。中西被告の友人であり、本事件ほか2件に関与した加藤臣吾被告(26)には無期懲役、本事件ほか5件に実行役リーダーとして関与した永田陸人被告(23)にも同様に無期懲役。対して、野村被告が関わった事件は、この1件のみ。にもかかわらず共犯と変わらぬ厳しい判断がなされたのには理由がある。
被害者の死に直結する“バールでの殴打”を行なったのが他ならぬ野村被告だったからだ。ところが法廷で被告はそれを認めず、バールでの殴打行為はおろか、事件での重要な行動は全て他の実行役によるものだと主張し、被告よりも二回りほど若い3人に全てをなすりつける姿勢を見せた。
なすりつけるだけではなく、1月22日の初公判罪状認否では“現場にいた”ことすら、認めることに時間がかかった。白髪混じりの坊主頭に紺色のジャージ姿の被告は証言台の前に立ち、マスクの奥から「公訴事実に関して、解釈できないのもありますが……解釈できない内容、ありますが、参加したことは認知として、存在するのであります。ですから、厳格な審理を願います!」と、こもった大声で述べ、うつむく。「事件に参加したことはあるということか」と裁判長に問われ、しぶしぶ答えた。
「人間なんで、記憶薄れてますけど、参加……認知として残ってますので、記憶があること述べていきたい」
だが野村被告の“記憶”は、他の3人の実行役とは全く異なっていた。
2023年1月19日の昼時、狛江市内の住宅に押し込み強盗し、90歳女性Aさんを死亡させた事件において、犯行グループは大きく「指示役」、「実行役」、車などを調達する「サポート役」などに分かれており、野村被告は「実行役」として事件に関わった。被告が全てを否認していたため、他の実行役3名をはじめ、捜査に関わった警察官が多数証人出廷して証言したほか、復元されたテレグラムの送受信データ、関係者の乗る車の位置情報や防犯カメラ映像など、あらゆる証拠が取り調べられ、被告が事件に関わったことがおのずと証明されていった。
冒頭陳述や証拠によれば、事件の「指示役」はテレグラムで「キム」「ミツハシ(旧ルフィ)」「シュガー」と名乗る3名。2023年に入り、指示役らが強盗の実行犯を募集すると、まず同年1月12日、永田・中西被告が参加を表明。16日には加藤・野村被告も参加を表明する。指示役「キム」はテレグラム上にグループトーク「水曜日ババア案件」を立ち上げ、4人の実行役を加えたうえで〈一軒家の地下室に数千万円の現金がある。宅配業者を装って入り、女性に暴力を振るって金を奪い逃げる〉案件である旨、送信する。ここで野村被告は「相手の悲鳴など関係なくいきますね」と送信し、やる気を見せた。
本来の決行日である1月18日の朝、野村被告は川口市の自宅から自身の愛車で合流場所の登戸へ向かう。昼過ぎ、4人は永田被告が運転する“逃走車”で移動。途中で“突撃車”に乗り換えたのち、下見を繰り返したが、状況的に突入困難であると判断し、断念した。
そして翌19日朝、野村被告は前日同様、自宅から登戸へ向かい、実行役らと合流してAさん宅へ。宅配業者役の中西・野村被告が段ボール箱を持ってインターフォンを鳴らし、応対のために玄関ドアを開けたAさんを野村被告がいきなり抱きかかえ、そのまま中へ突入。3人もそれに続きAさん宅に突入した。
〈ピンポンして「宅配です、印鑑かサインお願いします」で玄関に呼んで、ドアを完全に開けさせます。チェーンをこじ開けるのはやめてください。ドアが開いたらババアをボコして大丈夫です〉(指示役「キム」送信のテレグラムメッセージ)
実行役らは結束バンドでAさんを緊縛したのち、地下にあるという現金のありかを聞き出しながらAさんをバールで殴打し続けたが、聞き出すことができなかった。闇雲に現金を探すも、ついに発見できないまま、腕時計3つを奪って一旦住宅を離れる。ほどなくして現金を探し出すための“再突入”を目論み見張りを始めたが、野村被告はその途中で逃走した。
すでに判決が言い渡されている実行役3名の公判では「永田被告に命じられ、野村被告がバールでAさんを多数回殴った」と、Aさんの死に直結する暴行を加えたのが野村被告であると認定されているが、当の野村被告は法廷でこれを否認し「他の実行役がやった」と繰り返した。
「永田が『ババア、金どこにあるんだ』と、ついでにバールで一発叩いて、僕が目撃したんだけど……そういう状況下で、脅しじゃないんだけど、拷問みたいな形で永田が来たわけ……それから2~3人、地下から飛んできて、婆さんを3発叩いたんだけど……同調圧力、狂ってんなと、身の危険感じたんで……永田は3回殴ってんですよ。3回目は婆さんが、これはびっくりしたっていうか、三度目に殴った時、加藤が婆さんを押さえつけるんだけど、Aさんが加藤の左手か右手についてて、加藤が何度も婆さん叩いて意識失わせた」(被告人質問での証言)
Aさんをたびたび「婆さん」と呼ぶうえに証言そのものが分かりづらい。なぜか上半身がどんどんと右側に倒れてゆくため、口元がマイクから離れ、声が聞こえなくなる。休廷中に裁判長が「聞き取りづらいのでマスクを外してもらうことはできないか」と頼んだが、被告は「マスコミの方とかがいたりするんでぇ」と応じるそぶりはなく、小さい声でのモゴモゴとした証言は続いた。
「共犯者は僕が参加したというが、僕は一瞬加わっとこうと、暴力とか加えてないし、何にも盗ってないし、もらってないし、利益的なものもない」
という彼の分かりづらい証言を要約すれば“バールで殴ったのは永田被告”であり、“加藤・中西被告も暴行を加えた”のだという。「加藤と永田が家に侵入したとき、永田がAさんの頭、ドスンと踏みつけるように行って、地下行った。『ババア見てろ』と怒鳴られた」、「僕がソファに座ってると、中西とか『おー!』って言ってたり、金探してトイレの天井見たりしてた。加藤も2階に行ってウロチョロしてる。永田もバール持ってうろうろ……こいつら狂ってんな、ヤバいなと思った」などと放送禁止用語を交えながら、自分は何もしていないと述べるのだが、これは3人の実行役の証言とは全く食い違っていた。
(後編に続く)
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)
【プロフィール】高橋ユキ(たかはし・ゆき)/1974年、福岡県生まれ。ノンフィクションライター。2005年、女性4人の傍聴集団「霞っ子クラブ」を結成しブログを開設。以後、フリーライターに。主に刑事裁判を傍聴し、さまざまな媒体に記事を執筆している。『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)など、事件取材や傍聴取材を元にした著作がある。

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