仕事も子育てもひと段落し、時間や心理的な余裕が生まれる65歳からは、いわば人生のゴールデンタイム。脳を鍛えるのにも絶好のタイミングだと、脳トレの第一人者・川島隆太さんは言います。川島隆太さんの著書『脳を鍛える!人生は65歳からが面白い』より、食事、運動、睡眠、人間関係など、認知症にならずに《上手に老いる》ための習慣を紹介します。
【書影】脳トレ第一人者である川島隆太さん著書『脳を鍛える!人生は65歳からが面白い』
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皆さんは「65歳」という年齢に、どのようなイメージをもっていますか?
まだまだ現役。老人の入り口。立派な老人。
この答えのどれもが正解で、どれもがしっくりなじまない。そんな不思議な年齢が65歳です。
私は長年、脳機能の研究をしてきました。脳の機能と加齢の関係、認知症予防が研究テーマのひとつで、多くの高齢者と接してきました。
人がどのように老いていくのか、脳の機能が低下していくのかを研究し、目の当たりにしてきたのです。
そして、50代の半ばには自分に老いの兆候――それまでのような思考の切れのなさを感じて、脳を鍛え、老いに備えようと心に決めました。
それでも、自分が2024年に65歳になりある日届いた郵便物に、「前期高齢者」という表記がなされていてギクリとしました。自分は老人なのか、という驚きと困惑が胸に広がっていったのです。
人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり
織田信長が謡い、舞ったという「敦盛」という有名な能楽の一節で、人の世の50年は天上界の下天での時の流れに比べたら、短く儚い夢幻のようなものであると謡っています。
かつては「50年」が、多くの人がイメージする一生の長さでした。
しかしそこから数百年の時を経て、ヒトの寿命は飛躍的に延び、日本人の平均寿命は80年ほどになりました。
その通過点である65歳は、価値観や行動が多様化した現代においては、人生のさまざまなステージが交差する年頃となっていて、第一線で働いている人、リタイアしている人、子育て中の人、孫がいる人などさまざまです。
企業や組織に属して働いてきた人たちにとっては、定年を迎えたり、雇用形態が変わったり、区切りを迎える人も60代はこれからの人生を考えるタイミング人はいつから老い、老人になるのでしょうか。
昔は60歳、いわゆる還暦が人生のひと区切り、「老人」のスタートでもありました。さらにそれ以前、例えば私の親世代は、定年が55歳だったことを覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。
1986年に「高齢者雇用安定法」が施行され、60歳定年が努力義務になり、88年からはさらに義務化されました。
2012年には同法が改正され、希望者全員の雇用確保(定年延長、継続雇用など)を65歳までとすることが義務となりました。
公務員は60歳だった定年が、段階的に65歳まで引き上げられることが決まっています。
さらに、2021年の高齢者雇用安定法の改正では、70歳まで雇用を継続することが企業に求められるようになりました。
「還暦を迎える60歳が定年」という社会通念とは異なる状況が10年以上も前に生まれているので、今は65歳を区切りの年としてイメージされている方が多いことでしょう。
そして、家庭をもつ人、独身のまま過ごす人、子どもがいる人、いない人と家族の形態もさまざまで、ひと言で「60代」といっても、健康状態も、気持ちのあり方も、生活パターンも多岐にわたります。
昔よりも皆、見た目や考え方、行動も若く、「現役感」が強い人も多いのではないでしょうか。
加えて「平均寿命」は2023年度のデータによると、男性が81歳、女性が87歳(令和5年厚生労働省「簡易生命表」より)。60歳から20年以上生きるとなると、人生は長い。
こうした面からも、60歳で「老後」をイメージしようとしても、いまひとつピンとこないかもしれません。
ところが、この「平均寿命」を多くの人が誤解しています。平均寿命とは「今現在生まれた人が、いつ頃まで生きられるか」という予測値なのです。
つまり、2023年度の平均寿命は、「現在0歳の赤ちゃんが、男性なら81歳、女性なら87歳くらいまで生きるのではないか」という期待値なのです。
では、現在すでに中高年に差しかかっている人の寿命はどれくらいかというと、厚生労働省は「平均寿命」とともに、その人があとどれくらい生きられるかを予測した「平均余命」という数値も割り出しています。
これによると60歳男性の平均余命は約24年、女性の平均余命は約29年。今0歳の赤ちゃんよりは2~3年多く生きるという計算です。
どうです?ますます「老後」は遠く、イメージしづらいものになったでしょうか。
しかし、ここで大切な視点は「何歳まで生きるか」だけでなく、「どのように生きるか」です。
皆さんの周囲の人は、どのように亡くなられたのでしょうか。多くの場合、病気になって最期は病院で迎えることが多いのではないでしょうか。
俗にいう「ピンピンコロリ」で亡くなる人は少なく、身体の機能が衰えたり、病気になったりして動けなくなってから死に至る場合がほとんどです。
厚生労働省では平均寿命、平均余命とともに日常生活に制限がない状態で動ける年齢を予測した「健康寿命」という数値も割り出しています。
この「健康寿命」はWHOが定義したもので、寝たきりや認知症などの介護が必要な状態になるまでの、健康で過ごせる期間を指します。
2019年度の健康寿命は男性が約73歳、女性が約75歳です(第16回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料)。つまり平均寿命より男性は8年余り、女性は12年も前に自由に日常生活が送れなくなってしまうという現実があるのです。
この現状に鑑みると、60代で一度立ち止まり、「これからをどう生きるか」を考えることが大切ではないでしょうか。
私は、今を生きるミドルエイジがイメージする老人の入り口、65歳がいいタイミングだと思います。65歳から先、残された「健康寿命」は男性で8年あまり、女性でも10年ほどです。
自由に旅したり、食べたいものを食べたり、会いたい人と会い、語らえる時間は残念ながら限られているのです。
「退職後にその先のことは考えよう」「考えるだけで老人になってしまいそうだから、まだ考えない」などと先送りしていると、あっという間に時間が経ってしまいます。
人生を楽しめる時間(写真提供:Photo AC)
極端な超高齢化社会を迎え、年金や介護保険などの破綻といった話も耳にすることが多くなってきました。
破綻のタイミングを少しでも後ろに延ばすために、「定年は75歳にすべきだ」という声も上がっています。
これは経済理論的には正しいのですが、75歳になる前に健康寿命が尽きてしまうのは考えものではないでしょうか。
もちろん75歳まで当たり前に働く社会で暮らせば、健康寿命も少しは延びると想定されますが、健康で人生を楽しめる時間が、75歳定年以降にどれくらい残されるか楽観視はできません。
仕事が人生の唯一の楽しみである方を除き、せっせと働き続けて、ようやく退職となったのに、自由に人生を楽しむ余力がなくなってしまうのは、悲劇だと思います。
退職してからでは遅い。65歳からを輝かせるために、しっかり人生を見つめ直さないと、もったいない。
輝ける時間は短い。そんな意識をもって、ぜひ心身が健康なうちにやりたいことをたくさんやりましょう。
※本稿は『脳を鍛える!人生は65歳からが面白い』(扶桑社)の一部を再編集したものです。