現在、大人の発達障害が増えているといいます。厚生労働省が行った調査などでもその傾向は明らかになっており、今後、働きづらさや生きづらさを抱えた大人が増えることも予想されます。大人の発達障害とはどのような症状が見られるのでしょうか? その対処法とは? 渋谷365メンタルクリニックの渡辺先生に教えてもらいました。
監修医師:渡辺 佐知子(渋谷365メンタルクリニック)
金沢医科大学大学院医学研究科修了。同大学の神経科精神科、女性総合医療センター外来を経て、厚生労働省医系技官として医療行政に携わる。精神保健指定医。日本精神神経学会認定専門医・指導医。産業医。医学博士。
編集部
近年、働く大人の発達障害が増えていると聞きました。
渡辺先生
はい、2024年5月末に発表された厚生労働省の「生活のしづらさなどに関する調査」によれば、20歳以上で発達障害と診断された人は2016年の約2倍に増加していることがわかっています。実際、クリニックに来院する患者さんにおいても、大人になってから発達障害に気づいて受診される方が増えています。
編集部
大人の発達障害は、どのような症状が見られるのですか?
渡辺先生
ミスが多く、何度注意しても直らない
マルチタスクが苦手
対面での会話が苦手で「あいづち」をいつ打てばよいのか迷う
お客様との対話がぎこちない会話となってしまう
対面での打ち合わせで意思疎通できていたように感じても、全く違う内容の成果物ができあがり、叱責を受ける
忘れ物・なくし物が多い、大切な用事も忘れてしまう
納期を守れない、段取りが悪い
遅刻が多い
編集部
どういうきっかけで受診する人が多いのですか?
渡辺先生
社会人になってからミスが許されない場面で大きな失敗をしてしまい、自ら病気なのかはっきりさせたいと思って受診する方が増えています。周囲からの勧めで受診する方もいますが、いずれにせよ仕事をする上で辛さを感じたり、生きづらさに悩んだりしていることが多いのです。
編集部
なぜ、大人になってから発達障害を発症するのですか?
渡辺先生
発達障害は大人になってから発症するというものではなく、幼少期から、その特性を持っているというのが事実です。たとえば、保育園に通っているときにほかの子どもと集団行動ができず、かんしゃくも激しい場合は、園側から「病院で検査を受けてみたらどうですか」と勧められるケースもあります。しかし、唐突に言われても「うちの子が病気であるなんて考えられない」といって受診を拒んでしまう保護者の方もいらっしゃいます。小学校でも集団行動の場面で気づく機会は度々あるのですが、保護者さんの理解が乏しいと、詳しい検査を受ける機会を失いそのまま大人になってしまいます。
編集部
子どものときから発達障害だったということなのですね。
渡辺先生
はい。子供の頃からもっているものです。発達障害は10人いれば10通りのタイプがあると言われていて、発症のタイミングや症状などは人によってさまざまです。保護者さんが「うちの子はほかの子とちょっと違う」となんとなく気づいていたり、中学・高校と成長するにつれて、自ら「変わっている」と自覚したりするケースもあります。
編集部
子どもの時に、本人も生きづらさなどを感じていたのでしょうか?
渡辺先生
なにかしらの「違和感」は感じていたのではないかと思います。発達障害の治療で通院している方のなかにも、子どもの時、「学校になじめなかった」「学校でいじめられていた」「通信制に転校した」「不登校気味だった」などと振り返る方が多いのです。
編集部
子どものときに発達障害に気づくチャンスはあったけれど、そのまま社会人になってしまった、ということなのですね。
渡辺先生
そうですね。生きづらさを抱えて、挫折し、成長し、大人になり、せっかく社会人になったのですから、私個人としては「障害」という言葉はあまり使いたくありません。「障害」ではなく「個性」としてポジティブに捉えていただきたいです。現実問題としては、仕事ではミスが続いてしまい、上司に叱られ、周りにも冷たくされることがあります。会社ではいろいろな問題に直面することも多くなりますし、クレームや要求に対処しなければならないこともあります。そのため発達障害の特性が浮き彫りになって、必要以上の叱責を受けたり、場合によっては人格否定されてしまったりするケースもあります。
編集部
それは、本人としてはとても辛いですね。
渡辺先生
本当に辛いと思います。よくがんばって耐えてきたなと感じながら診察をしています。診察はいつからでもできます。決して諦めてしまわずに、不安と迷いが混在していて構いませんので、自ら受診してほしいと思っています。
編集部
自分はもしかして発達障害かもしれないと思ったら、どうすれば良いのでしょうか?
渡辺先生
まずは、セルフチェックをしてみましょう。インターネットで「発達障害 セルフチェック」と検索すれば、自分でスクリーニングできます。
編集部
セルフチェックで発達障害の疑いがあるとわかったら、どうしたら良いのでしょうか?
渡辺先生
発達障害専門の相談窓口や医療機関を訪れてみましょう。実際のところ発達障害を抱えていても、本当に受診してくれる方は氷山の一角なのかもしれません。自力で乗り越えている人もたくさんいらっしゃるとは思います。しかし、医師を頼れば、自力で頑張るよりももっと楽に、スムーズに問題を解決できるかもしれません。治療を受けることで得られるメリットはたくさんあります。
編集部
医療機関を訪ねることで、どのようなメリットがあるのですか?
渡辺先生
たとえば、いま仕事をしていてミスが多いなどの辛さを感じている人は、医学的な判断を会社へ説明することで働きづらい環境を調整できることがあります。部署を異動する、担当を変えてもらう、配置換えをしてもらうなど、主治医が会社に働きかけて環境を調整することができますので、悩みの解決につながるかもしれません。
編集部
ほかにはどんなメリットがありますか?
渡辺先生
医師が治療の必要性があると判断すればお薬を使うこともありますが、そうすることでこれまでの悩みが解消できることもあります。日頃から落ち着きなく、いつもフラフラと席を立つことが多かった方は、治療を開始することで離席することが少なくなるかもしれません。なかには「午前中、ずっと席に座っていることができたんです。集中力が増しました」と嬉しそうに報告してくれる患者さんもいらっしゃいます。あとはミスをする前に、「これをやれば、ミスを防げるかもしれないな」と事前に気づけるようになったことで、ミスが減ったという方もいます。
編集部
それは本人にとって、うれしい変化ですね。
渡辺先生
はい。自分自身が繰り返していたミスが減るという実感が得られたり、「これができた」「あれもできた」という実感が増えたりすれば、生きづらさが少しずつなくなってきます。また、必要があれば医師から会社へアドバイスをすることもあり、医学的な見地から働く環境をきちんと調整してもらえる、というメリットもあります。
編集部
医師が会社と自分の間に入ることで、いろいろ調整しやすくなるのですね。
渡辺先生
はい。医師が間に入ることで、自分で解決するよりも問題解決が早く、スムーズになります。発達障害で通院している患者さんたちは「もっと早く受診すればよかった」という方がほとんどです。一人で問題を解決しようと頑張りすぎず、困ったことがあったらぜひ医療機関を訪れてほしいですね。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
渡辺先生
発達障害に限らず、生きづらさや働きづらさなど、何かに悩んでいる場合は少しでも早く医療機関を受診してほしいと思います。悩んでいる間も自分を取り巻く環境のストレスは雪だるまのように増え続けていき、どんどん問題は大きくなってしまいます。受診したからといって、必ずしも治療が必要なわけではありませんし、問題がなければそのまま帰宅しておしまい、ということもたくさんあります。一人で悩まず、まずは気軽に話をする感覚で、クリニックを受診してみてください。
自分自身に発達障害の可能性があるだけでなく、友人や同僚、上司などに発達障害の人がいるかもしれません。そんな時に大切なのは、問題を一人で抱え込まず、医師など周囲の手助けを借りること。問題はほうっておく時間が長ければ長いほど、解決に時間がかかります。もし困っていることがあれば、早めに医師に相談してみましょう。
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