【内田 直樹】認知症になった88歳の女性を襲った「意外な病気」…体に異常はないのに食事を取れなくなったワケ

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「認知症だから仕方がない」
この言葉の裏側には、多くの重要な症状が見過ごされているケースがある。食欲不振や体調の変化には、実は治療可能な原因が隠れていることも。特に見落としやすいのが認知症に併存するうつ病だ。
「恐れる」認知症から、「備える」認知症へと変わる「新しい認知症観」について現場を知り尽くす専門医が解説した『早合点認知症』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
長年、かかりつけ医に高血圧と認知症を診てもらっていたA子さん(88歳)。食事がとれなくなり、体重減少が目立ったものの、主治医に相談しても「認知症だから仕方がない」「年だから仕方がない」と言われ、対応してもらえないとのことで、お孫さんとともに私のクリニックの認知症外来を受診しました。
食べられない理由を尋ねても、A子さん自身にその自覚はないようで、「食べているつもりですけど……」と、歯切れがわるい答えです。改訂長谷川式簡易知能評価スケールの結果は11点で、重度の認知症の状態でした。
まず、身体的に食べられない原因がないか調べることを勧め、近くの総合病院を紹介しました。CT検査なども受け、内科的には明らかな異常がなかったとのことでしたが、1カ月後の外来予約日前に「いよいよ食べなくなった。車椅子に移るのも難しくなった」とご家族から電話があり、外来ではなく訪問診療に切り替えました。
ご自宅には90歳を超えるA子さんの夫が同居していたので話を聞くと、とても親しくしていた人が半年ほど前に亡くなり、その後、「自分は重い病気で治らない」と言うようになり、食欲も減っていったことが判明しました。
うつ病に伴う心気妄想が出ていたと考えられ、今回の食欲低下は、中等度のアルツハイマー型認知症にうつ病が重なったものと判断しました。点滴で延命を行いながら、抗うつ薬の内服を開始すると、みるみる活気が出て、食欲が増えました。
そして訪問診療開始から2カ月後にはデイサービスに通えるほど回復しました。
精神疾患の1つ、うつ病は、認知症ととても関係が深い病気です。どのように関係しているか、ポイントを述べると、
● うつ病が認知症の初期症状のことがある
● 高齢者がうつ病になると、一見、認知症の状態のようになることがある(仮性認知症)
● うつ病と認知症が合併する場合もある
● うつ病が治療で改善していても、長い時間を経た後でも、認知症に移行する可能性がある
などがあり、判別が難しいのです。
しかし、うつ病は治療ができる病気です。認知症の症状と早合点してはいけないし、合併した場合は、治せるうつ病の治療を優先します。
そこで、認知症を疑ったり、認知症の症状に悪化が見られたと感じたりしたら、うつの特徴的な症状である「不眠」と「食欲の変化」がないか確かめます。どちらか1つでもあったら、「うつ病のスクリーニング検査」をしてみましょう。
うつ病のスクリーニング検査は、2つの質問に答えるだけで、とても簡単です。
● この1カ月、気分が沈んだり、憂鬱になったりすることが「よくあった」か
● この1カ月、物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じが「よくあった」か
「よくあった」というのは、ほとんど1日中、ほぼ毎日あるということです。
不眠または食欲の変化に加え、2つの質問のどちらかでもYESならば「うつ病」の可能性大と考えて、精神科や心療内科の診察を受けましょう。
ただし、高齢の人のうつ病では気分障害が目立たず、頭痛や息切れ、倦怠感など体の不調を強く訴える場合もありますから、そのような場合、このスクリーニング検査に当てはまらないこともあると考えられます。
スクリーニング検査で陰性でも、不眠または食欲の変化に加え、体調不良の訴えが続くなら、うつ病の可能性を否定できません。内科的な持病などがあれば主治医に、なければ精神科や心療内科に相談しましょう。
さらに、血液検査で発見できる甲状腺機能低下症や、画像診断で見つかる慢性硬膜下血腫などの治療可能な疾患では、抑うつや疲労感、意欲低下といった症状が出ることがあり、これらはうつ病でも出やすい症状ですから、血液検査や画像診断で除外診断を行う必要もあります。
また、抗認知症薬には添付文書に副作用として「うつ」や「うつ病」が明記されているものがあります。副作用でうつ症状が出ている可能性があるときは、まずは副作用を止めるため、うつ症状の治療を優先します。つまり、抗認知症薬の中止です。
抗認知症薬については現在のところどの薬も有効性がかなり限られていて、明らかな治療効果が出ていないならば、服用を中止しても、そのことで認知症の症状が進行するようなことはありません。
ただし、抗認知症薬に限らず、どのような薬でも減薬したり、服用を中止したりするときは、減薬や中止によって別の症状が出るのを防ぐため、慎重に行わなければなりません。
決して患者さん自身やご家族の判断で薬を減らしたり、中止をしたりはせず、必ず薬を処方した主治医と相談し、適切なステップで行うようにしましょう。
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