お金なんていらない…〈年金月26万円〉〈資産1.2億円〉60代“勝ち組”夫婦が「ちっとも幸せじゃない」と嘆くワケ【CFPが解説】

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65歳で定年退職を迎え、穏やかなセカンドライフを満喫していた夫婦。ところが“まさかのできごと”により、夫婦は「お金なんていらない」と嘆くハメに……。いったいなにがあったのか、具体的な事例をもとに詳しくみていきましょう。牧野FP事務所の牧野寿和が、解説します。※プライバシー保護のため登場人物等の情報を一部変更しています。
【登場人物】Aさん……65歳男性、35年前に購入した都内近郊の戸建で妻と2人暮らし(住宅ローンは完済)

Bさん……63歳女性、Aさんの妻で専業主婦Cさん……32歳女性、AB夫婦のひとり娘、都内の賃貸マンションで夫と2人の子どもと4人暮らし
【登場人物】
Aさん……65歳男性、35年前に購入した都内近郊の戸建で妻と2人暮らし(住宅ローンは完済)
Bさん……63歳女性、Aさんの妻で専業主婦
Cさん……32歳女性、AB夫婦のひとり娘、都内の賃貸マンションで夫と2人の子どもと4人暮らし
Aさんは先ごろ、長年勤めた会社を定年退職しました。これからは月に約26万円(67歳からは約30万円)の年金生活がはじまります。もし足りない場合には、退職金を含めた約2,000万円の貯蓄を取り崩して生活するつもりです。
現役時代は仕事最優先でこれといった趣味もなかったAさんは、妻のBさんと近くの温泉に旅行へ行ったり、娘家族と一緒に外食へ行ったりと、家族と一緒に穏やかなセカンドライフを満喫していました。
そんなある日、夫婦に1通の手紙が。それは先日亡くなったBさんの伯父からの「遺贈※」の報せでした。
※ 遺贈(いぞう)……遺言によって、遺産を相続人以外の者に贈ること。
実は、Bさんの伯父であるDさんはかなりの資産家でした。しかし、残念ながら子どもには恵まれず、代わりに姪にあたるBさんを実の娘のようにかわいがっていたそうです。
大きくなったBさんがAさんと結婚したあとも、偶然家が近かったこともあり、Bさんは娘のCさんを連れて遊びに行ったり、D夫婦とA家で旅行に行ったりと、家族ぐるみで深い付き合いがありました。
そんなDさんは、老衰のため昨年逝去。その遺言書には、「Bに1億円を渡してほしい」と書かれていました。そのため、Bさんは突如、Dさんから大金を遺贈されることになったのでした。
あまりに突然のできごとに大慌てしたBさんはすぐさま伯母の家へ向かうも不在。急いで電話をかけました。
B「ちょっとおばちゃん! なにあれ! どういうこと!? あんな大金、もらえるわけないじゃない!」
伯母「あれねえ、Dがずっと言っていたのよ。『Bたちのおかげで子どもができなくてもずっと幸せでいられた。なにか恩返しがしたい』って。それに、私はひとりじゃ使い切れないほどのお金をDから遺してもらっているし、私としてもBちゃんやCちゃんたちが喜んでくれるほうが嬉しいんだから。どうか受け取ってちょうだい」
こうして、A家は短期間に、Aさんの退職金2,000万円とBさんが遺贈で受け取った約1億円とで、1億2,000万円もの資産を持つことになったのでした。
突然、予想外の大金を受け取ったAさんとBさん。当初は恐縮しきりで「このお金は使わずCたちに遺そう」と話していました。
しかし、「自分たちには余裕がある」という気持ちから、徐々に生活水準が上がっていきます。そして数ヵ月経つ頃には、「せっかく伯父さんが『Bのために』と遺してくれたんだから、使わないのは逆に失礼」などと強引な理由をこじつけ、贅沢に拍車がかかっていったのでした。
まず、もともと退職金を使って購入予定だった新車の予算が上がり、Aさんが憧れていたセダンタイプの高級ドイツ車を購入。さらに、これまでは近場で楽しんでいた夫婦の旅行先が国内リゾートや海外に。海外旅行の飛行機は当然ビジネスクラスです。
やがて、離れて暮らすCさんも両親の“異変”に気づくようになります。
C「今回もお土産ありがとう~。最近やけに頻繁に旅行するようになったよね。ガレージにある車もあれ、めちゃくちゃ高いやつでしょ? なに、宝くじでも当たったの?」
B「実はね、Dおじちゃんいたでしょ? おじちゃんがね、お母さんにお金を遺してくれていたのよ……使い道に困っちゃうくらい。ああ、もちろんCやお孫ちゃんの分は取っといてあるし、いつかあなたにもちゃんと言おうと思っていたんだけど……」
すると、Cさんの目の色が変わりました。
「あ……そうなんだ。ふ~ん。……いいなぁ、ウチもそろそろ車買い替えたいんだよね……」
A「そうか! もちろんパパたちが買ってあげるよ。どんな車がいい?」
それからというもの、Cさんは実家を訪れるたびに「子どもに新しい習い事をさせたいの」「ママ友たちとごはんに行くときに着るおしゃれな服がほしいな」「賃貸暮らしはもううんざり。私たちもマイホームに住みたい」などと、なにかにつけて金銭援助を要求してきます。
これまでのCさんは、A夫婦が孫(Cさんの子)の欲しがるものを買ってあげようとすると「なんでもかんでも買ってあげなくていいから。甘やかさないで」と注意していました。夫婦は「いやあ、しっかりした娘に育ったもんだ」と感慨深く話したものです。
それが、遺産の存在を知った途端に豹変。両親想いで優しかったはずのCさんは、すっかり“クレクレ娘”になってしまいました。
そんなCさんをみていたA夫婦は、自分たちの浮かれた生活を反省。そして、変わってしまった娘に大きなショックを受けています。
「いまのCは見ていられない。自分たちに非があることは認めるが、いくらなんでも目に余る。こんなことになるのなら、お金なんていらなかったよ……正直、娘のあんな姿をみていると後悔ばかりだ。いまはちっとも幸せじゃない」
A夫婦は、うなだれながら筆者にそう話してくれました。
A夫婦から一連の話を聞いた筆者は、まずA家の家計と資産を確認してみることにしました。すると、今後のリフォーム費用や医療費を考慮したとしても、Bさんが100歳になった時点で3,000万円ほどの預金が残る計算でした。よって、海外旅行など大きな贅沢の頻度が増えない限り、A夫婦が生涯お金に困ることはなさそうです。
むしろ、筆者が危惧していたのはCさんの未来でした。
万が一のことを考慮して、たとえば20年後にCさんへの相続が発生した場合のことを考えてみましょう。その時点での金融資産を4,000万円として、自宅の土地建物7,000万円※をあわせると、合計1億1,000万円の資産をCさんが相続することになります。
※Aさんが複数の不動産業者に自宅の売却価格を聞いたところ、いずれも土地代だけで7,000万円ほどとの回答があった。
Cさんが実際に相続する資産総額はわかりませんが、詳細な相続税課税額の計算は税理士に依頼するとしても、Cさんが相続する遺産額は基礎控除額※の3,600万円を大きく上回りそうです。したがって、このままではCさんが多額の相続税を払うことになるでしょう。
※基礎控除額の算出式=3,000万円+(600万円×法定相続人の数)
こうした事態を防ぐためにも、A夫婦は「生前贈与」を検討する必要がありそうです。
生前贈与は、基礎控除額である110万円の範囲内で毎年贈与を行う「暦年贈与」のほか、下記のような贈与方法が考えられます。
親や祖父母から子や孫へなど、扶養義務のある家族間で、生活費や教材費、結婚式の費用、婚姻後の家具購入費用など、社会通念上適当と認められる範囲内で「必要なときに必要な額だけ」贈与します。
この際、手渡しなどではなく、口座振替で贈与を行い、領収書を必ず取っておくなど「証拠」を残しておくことが大切です。
なお、都度贈与は原則非課税ですが、生活費や教育費の名目でありながら受贈者(受け取った側)がそれを使わずに貯めていた場合、贈与税の対象となります。
相続時精算課税とは、贈与税の申告書を提出する際に「相続時精算課税選択届出書」を提出すると、累計2,500万円までの贈与が非課税になる制度です。
ただし、この制度は贈与税と相続税を“通算”する制度であり、贈与者が亡くなった(=相続が発生した)際、生前贈与額と相続財産額を合算した金額に相続税が課されるため、注意が必要です。
なお、2024年1月からは、別途年間110万円の基礎控除が創設されています。この基礎控除は特別控除(2,500万円)の対象外であり、相続発生時に相続財産に加算されません。なお、この相続時精算課税制度を利用した場合、暦年贈与は利用できなくなります。
A「お金を持つとそれ相応の悩みも出てくるんですね。娘にはいささか感情的になっていましたが、計画的に渡してやらないと将来あの子も困るんだ。もう一度冷静に、今後の生活について考えてみます」
実家に帰ってくるたびに金銭を要求する娘を苦々しく思っていたA夫婦でしたが、資産が十分にあり老後も安泰であることや、逆に適切な生前贈与の必要があることを知り、安堵した様子です。生前贈与を活用しながら節税を心がけ、夫婦は“妥当な金額”でCさん(場合によっては孫)に贈与を行うことにしました。
後日、A夫婦が再び筆者のもとを訪れました。
A「Cに正直に話したんだよ。『頻繁な援助の要求に苦しんでいる』と言ったら、娘は目が覚めたようで、すんなり謝ってくれて。その姿を見ていたら、突然入った大金をできるだけ独占したいと思っていた自分たちの浅ましさに気づいたんです。お金の使い方もどんどん荒くなって、考え方もおかしくなっていたんでしょうね。あのとき相談してよかったです」
たしかに、A夫婦がこれ以上支出額を増やし贅沢を極めていたら、Cさんに贈与するどころか、老後破産の可能性すらありえたかもしれません。
元来まじめなA夫婦とその子どもの幸せを願ってDさんが遺贈したお金ですから、Dさんの意をくみ、定期的に残高を確認しつつ適切に活用したいものです。
代表社員牧野FP事務所合同会社牧野 寿和

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